01
「どうして、ここに……!?」
悠治が化け物でも見た表情で声を漏らした瞬間、大介は正しいところに来たと確信した。
「お前は、あの留学生ホスト小説の作者か?」
「な、何が留学生ホストだ!知らないぞ!」
悠治は扉を閉めようとしたが、大介が一歩早く体で扉を塞いだ。
「知らんぷりをしても無駄だ。警察を呼ぶ」
「け、警察を呼んでどうするんだ!」
向こうが不法侵入なのに、怯んだのは悠治のほうだ。
(ちくしょう、しっかりしろ俺!雪枝を騙したクズ男が目の前にいるのに、なんでなにもできないんだ!殴りくらいしろ!)
悠治が戸惑った隙に、大介は部屋に侵入した。
「失礼」
「おい!待って!」
大介はゴミだらけの部屋を見まわして、机で光っているパソコンにロックオンした。
さっそくパソコンの前まで歩いて、モニターに映している文章を読んだ。
【大介は顎を私の鎖骨に貼り付けて、息を吹くような声で囁いた……「俺のことが嫌いだったら、いつでも押しのけてくれ……でも、すこしでも俺にその気があるのなら、俺は待つよ……俺を完全に信じる前に、ずっと待っているから……」】
「!!?」
【……これから何が待っているのか、もう覚悟している。でも、今の私にとって、大介よりも大事なものはない!目を閉じて、初めての欲情が含まれたキスを受け入れた……】
「!!??!!」
年齢制限のレベルがどんどん上がる文字に、大介の怒りもどんどん上がっている。
もう見てられない!とちょっと目を逸らしたら、机に置いてある乱れた文字で書かれたノートが目に入った。
【あの夜から、大介の態度が変わった……】
【ほしいのは私じゃない、私のお金だと、大介が開き直した……】
【久しぶりに経験のない子とやってみたいと大介が……】
【大介は私の名義で、高額な謝金を……】
【送られたのは、大介がほかの女子とのラブラブ写真、その中に、私の親友もいる……】
「!!!」
頭の上で噴火した大介は右手でパソコンのデータを削除して、左手でノートをごちゃごちゃにした。
「な、なんてことをした!!」
悠治は前に出てノートを救おうとした。
「それはこっちのセリフだろ!!オレになんの恨みがあるんだ!なぜオレを無知の少女を騙すクズ男に書いたんだ!」
大介は身長を利用して、ノートを悠治の届かない高さに上げた。
「それはお前の本性だろ!本当のことを書いて何が悪いんだ!?」
(し、しまった!)
反論を口にした悠治はたちまち失言に気づいた。
「とういうことは、やっぱり、オレをモデルにしたな……」
大介が黒いオーラを身に纏い、人を殺せるような目で悠治に迫る。
(負けるな、雪枝のためにやったんだ!男だったら、堂々と責任を取れ!)
追い詰められた悠治は必死の決心で、胸を張って大介に宣言した。
「ああ、そうだ!俺がやったんだ。だがな、全てはお前の自業自得だ!」
「バカなこと、オレの何を知っているんだ!っていうか、お前は誰だ!」
「俺は、お前に散々弄ばれた雪枝の兄だ!」
「雪枝?誰?」
「!!遊び捨てた女の名前を覚えないというのか!!」
「はぁ?!!」
大介の素朴な質問をてっきりクズ男発言だと思い込んだ悠治は拳を握りつぶした。
すると、床に散乱した物からペンと紙一枚を見つけて、サクサクと文字を書き始めた。
「もう一度、もう一度でいい、大介とちゃんと話したい。そうすれば、もう思い残すことがない……なにの、大介は私のことを『知らない』って……」
「パッ!」
リアル大介は悠治のペンと紙を叩き落とした。
「名誉棄損で訴えられたくなかったら、すぐその小説を削除して、オレの名誉を回復しろ」
「ふん、クズ男に名誉というものがあるもんか」
悠治は大介の要求に構わず、またゴミからペンと紙を拾って、続きを書こうとした。
「デタラメをやめろと言っただろ!」
「聞く耳を持たない~~」
「おかしいじゃないか!」
大介はペンと紙を奪おうと悠治の両手を掴んだ。
悠治は諦めるつもりはなく、必死にものを握りしめたが、力と身長で負けているせいで、すぐ大介のほうに引っ張られた。
足で足掻いたら、床の雑物を踏んでしまい、仰向きで倒れた。
手放しが間に合わなかった大介もその動きに連れられて、一緒に床に倒れ込んだ。
先に上半身を起こした大介はさっそくペンと紙を投げ出す。
負けを認めない悠治は身を翻して、取り戻そうとしたが、大介に腕をつかまれて、うつ伏せで床に押しつけられた。
混乱の中で、玄関のほうから女性の声がした。
「お兄ちゃん、いる?」
「!?」
突然に到来した雪枝の目に映したのは、服が乱れ、荒い息で床で絡まっている二人の男の姿だ。
「ご、ごめんなさい!」
いい子の雪枝だが、大人の事情くらい分かる。
サッと頭を下げた。
「出直しますから!」
「雪枝、どうしたの?なにかあった?」
雪枝は部屋を去ろうとしたら、後ろから若い男性が入ってきた。
「は、入っちゃだめ!邪魔になるから!」
雪枝は男性の視線を防ぐように、両手を広げる。
「違う!雪枝!お前が思ってることじゃないんだ!」
悠治は大介の襟を掴んで、必死に叫んだ。
「こいつだろ!お前を騙した男!!」
「えっ?」
異様に気付いて、雪枝はゆっくりと振り返った。
そして、小首を傾げた。
「誰?」
「お前の元カレだろ!?」
雪枝は後ろ若い男性を前に出して、小さい声で紹介した。
「彼氏の正樹、だけど…?」
02
「雪枝を傷付けたことに、深くお詫びを申し上げます!」
正樹という男性は悠治に向けて土下座した。
「すべては、俺の弱さのせいです!雪枝のことが本当に好きです。好きすぎで、軽蔑されるのが怖くて……付き合いが長ければ長いほど、本当のことを言えなくなったんです」
「本来なら、今年いっぱいで現在の仕事をやめて、花屋を開くつもりでした……」
憎しみの標的がまだ大介から正樹に転移できていない。
悠治は半分浮いている状態で続きを催促した。
「で、開いたら?」
「開いたら、いままでのことを雪枝に謝罪して、そして、プロポーズ……」
「プロっ、ポーズ――!?」
その単語で、悠治の魂はやっと完全に体に戻った。
「あんな酷いことをあっさりとやり過ごして、その上に、恥知らずにプロポーズするつもりか!」
悠治は正樹の胸倉を掴んだ。今でもその顔を殴ろうと拳を上げた。
「やめてくださいお兄ちゃん!正樹はもう十分反省してるの!」
雪枝が慌てて二人の間に入って、悠治の理解不能な目線の中で正樹を庇った。
「……」
傍観者の大介はもう事情を理解した。
雪枝と正樹の間の問題はもう解決済み。
二人は兄に認めてもらうために来たんだ。
こんなつまらない恋人喧嘩のために、自分が巻き込まれて、クズ男としてネットにさらされたとは……馬鹿馬鹿しい。
「あの日以来、Jellyが会社で私の悪口を広めていて…とても辛かった……正樹は私のために、わざわざ私の上司に会いに行って、みんなの前で私を庇ってくれたの。花屋のことも本当よ。去年の春に、私の大好きなクチナシの畑を買ってくれたの!だから、私、正樹のことを信じる!」
正樹も顔を引き締めて、真摯な態度で悠治に語る。
「悠治さん、信じてくれないかもしれないけど、俺、初恋の彼女に六股されたことがあります」
(すごいな!)
と大介は思わず感心した。
(「暴け!六股彼女の秘密」というコメディー風の謎解きゲームを作ったら、斬新かもな……そんなことを考える場合じゃないか……)
「あの子はホスト遊びが大好きでした。だから俺は、ホストになれば、ああいう女に復讐できると思って、大好きなバレーボールを諦めて、ホストになりました」
(なるほど、その6股がバレーボール主力6人全員ってことか……)
(ちょっと待って、バレーボール選手だったのに、なんでスポーツ屋じゃなく、花屋を……そんなことを考える場合じゃないか……)
大介は一度雑念を振り払った。
「でも、雪枝は俺を変えてくれた……」
「正樹……」
「……」
やっと思考を落ち着かせたのに、向こうは恋人の見つめ合いモードに入った。
大介は糖質過剰な感動話コーナーに興味がない。
早くこの二人を送り出して、悠治に名誉回復の件を再要求したい。
しかし、その肝心な当事者の悠治は、もう失神状態に落ちた。
(こいつ、恐らく、とんでもないシスコンだな。)
(可哀そうだけど、ある意味自業自得だろう。)
と大介はほんのちょっとだけ、悠治に哀れな眼差しを送った。