01
ゲームがどんどん進化している。
多くのユーザーはもはや傍観者でいることに満足できない。
よりリアルな体験を求め、正真正銘の参加者になることを望んでいる。
ゲーム機やサーバーでしか存在しないコンテンツは仮想の世界から飛び出し、リアル世界で実体化する傾向が目で見らえる速さで強くなっている。
その日々拡大の需要を見込んで、一人の男はオリジナルリアル脱出ゲームの開発に没頭している。
パソコンのチャット窓で、その男は最新企画について、とある制作会社の人と交渉している。
これまでいくつの会社に売り込みをしたが、いつも
「発想は独特だが、オリジナルもののリスクが高すぎる。展開はヒットワードの裏をかくようなもので、ヒットワードを目当てに来たユーザーの反感を買いやすい。なにより、シナリオがドライすぎる、短時間でおもしろさを伝わらない」
など理由でリジェクトを喰らうか、想定よりはるか低い値段にたたかれる。
今交渉している会社の担当者・企画の小林くんが男の発想を認め、彼の作品を一所懸命推している。アイデアについてああのこうの言うことは一度もなかった。
それでも、「シナリオ」ときたら、話は別だ。
【RRR密室企画·小林】
「さすが反町先生!今回も先生の発想と演出アイデアに驚きました!このテーマなら、今後2年以内にほかの誰も企画しないと思います!こんな奇想天外の物語を合理的につなげるのは先生だけですから!」
いつものように、小林は男・反町大介を褒めたたえた。
でも、大介は自慢しなかった。彼は知っている。肝心なのは続きだ。
「今回こそ十分な予算を取るから、先生のほうでシナリオまわりを練り上げていだだけますでしょうか?先生の発想はどれも爆売れの可能性があるもの、前のようにシナリオでケチを付けられたら、本当に宝の持ち腐れです!」
「前」と言ったのは2年前に大介が作ったとある「VR×ループ密室」の企画だ。
当時、熱血新人小林のゴリ押しで、制作会社はその企画を買い取って作り上げたが、上層部がシナリオの展開に疑問を持つ故に、十分な予算を出さなかった。その結果、密室のできも、宣伝も、売上もしょぼいままで営業終了。大介も売れない新人デザインナーにタグ入り。
しかし、今年となったら、VRやループテーマの密室が爆発的な人気を博して、どんな凡作も、それなりの売上を取れた。
小林は泣きながら、「先生の予想は正しかった、あの時うちがもっと予算があれば……」と、大介に悔しさを訴えた。
「またここか」と心の中で嘆きながら、大介は小林に返信をする。
【D.T.】
「分かりました。こちらでもっと工夫してみます。よいシナリオライターがいれば、ぜひ紹介してください。」
小林とのチャットを終わらせて、大介はため息をついた。
発想は美人だったら、シナリオは衣裳と見せ方。
自分が作った独特な世界観、構成のロジックを正しく理解し、
ボリューム制限のある状態で物語の合理性を説明し、
さらに、発想の魅力を引き出せるようなシナリオライターは本当に見つけられるのだろうか。
ゲームときたら――どんなゲームだって、ビジュアルや音声や技術があれば、シナリオなんて淡泊でも行ける。さらにヒットIPとコラボすれば、どんなクソ作でもそれなりの売り上げを上げられる。
と思い込んでる人が多いが、大介はその意見の反対者だ。
物語のロジックも感情もシナリオで伝わるものだ。文章が分かりやすかったら褒められるとは限らないが、手抜きしたら絶対に人の心を刺されない。
かっこいいものばかり積み上げも、きれいなピースに過ぎない。大介が望んでいる「世界」に繋がらない。
コンテンツ作りに関して、スクリプトの扱いはただでさえ難しいのに、
大介のアイデアはいつも流行っているものとズレがある。
彼は制作の期間を計算し、1年~3年後のトレンドを予想して作っているから。
だから、何故こんな「期待ハズレ」の展開になるのか、こんな「不人気」なものでどうやってユーザーを引き寄せるのかなど、細かく説明しないとなかなか理解されない。
あいにく、多くの制作会社は未来のトレンドより、現在流行っているものの実績だけを見て予算を作っている。無名なクリエイターの説明だけで経営方針を変えない。
大介のほうも、企画一つを売り出すために研究論文を書く訳にはいかない。書いたところで信じられるとは思えない。
リアルゲームはスマホゲームやアニメより更に難しい。実物のできの問題があり、ボリュームの制限もさらに厳しいところ。淡々と説明台詞を並べる暇がなく、一時も早くユーザーを仮想世界に引きずらさなければならない。
ユーザーの気持ちがその世界に入らないと、「リアル」で作る意味がなくなると、大介はいつも思っている。
学生時代に、彼は一人ですべての仕事をやっていた。
どんな短い作品のシナリオでも、少なくとも三回を修正する。
そのこだわりのおかげで、いくつかの作品が売れて、フリーランスデザインナーとして一人会社を立ち上げた。
しかし、本番のビジネスが開始してから、納期や営業などに追い詰められ、一部の創作の仕事を他人に依頼することが必須になった。
募集すればシナリオライターがたくさん見つけれるが、彼と脳電波の合っている人にいまだ会ったことがない。
いままでも、書き下ろしてもらったものを直すのに大変苦労をした。
そろそろ晩御飯だと思って、大介は外に出た。
個人のスタジオの10階から降りて、1階のロビーで一度足を止めた。
ピンクと金色に光る「B2 QUEEN’S PALACE」のイルミ看板に目を捉えられた。
地下2階にあるホストクラブは看板を新調したようだ。
大介の個人スタジオは以前バーを経営していた叔父から譲ってもらったもの。内装がおしゃれで、交通も便利。
唯一微妙なところは、まわりの「隣人たち」だ。
職業偏見の意味ではなく、大介が困っているのは別のことだ。
ビルの外に足を踏み入れた途端に、女子の高い叫びが耳に入った。
「大介、大介くんですね!」
その声の方向に目を向けてたら、何人かの女子が騒いでいる。
「182センチ、ワイン色の髪、左耳に十字架のピアス、コートにキヅタの刺繍……そっくりだわ!」
「かっこいい!さすが本物!」
「俺に何か用……?」
女子たちの過激反応に大介は戸惑った。
深く考える余裕も与えなく、女子たちは大介を囲んだ。
「大介くん!今夜、あなたを指名するわ!」
「順番だよ順番!あたしが先にきたの!」
「大介、彼女たちに構わないで!今夜私に付き合って!シャンパンもワインもなんでも注文していいよ!」
「ちょっと待って、これは、一体……どうなってるんだ!?」
女子たちの行動に全くついていけない大介は、ただ必死に脱出しようとした。
女子に囲まれるのはたくさんの男性の夢かも知れないが、大介にとって迷惑でしかない。
なぜなら、大介は、「おしゃれ女子アレルギー」という奇妙なアレルギーを持っているからだ。
女子たちの包囲の外で、困っている大介を眺めている「美女」がいる。
その人は長い金髪を一度振り払って、満足そうな笑顔でその場を去った。
02
薄暗いマンションの一部屋。
先ほど大介を眺めていた「美女」は金色のウィッグと深紅色のワンピースをおろし、緩いルームウェアに着替えて、本来の姿をに戻った。
その人はパソコンで、「薔薇色人生」という大人の女性向けの人気小説サイトを開けた。
サイトの一番目立つところに、彼の作品がお勧め枠を取っている。
その作品の表紙イラストのキャラは、明らかに反町大介という人物の二次元化だった。
【作品詳細】
【タイトル:とある外国留学生が日本のホストクラブでの
【作者:悠子2035】
【ブックマーク:258230】
【85話まで更新】
【最新話:初デートでクラスメイトに遭遇!どうしよう!?】
【見出し:……慌ててて隠そうとしたら、いきなり大介に腕を掴まれて、車の後ろに「ドン」された。クラスメイトたちが遠く行ったのを見て、ほっとした。その瞬間、ほっぺが羽のような柔らかい触感に触れた。大介の囁か耳もとで響いた。「ほっとするのはまだ早いだろ?世間知らずのお嬢様」……】
作品コメント欄で、好評が多数。
【ぎゃあ!大介すてき!絶対トップのホストになる!】
【作者さんはお金持ちのお嬢様ですね、羨ましいわTAT私も一度、あのように大介と遊びたい……】
【本当かどうかわからないけど、続きが気になる!】
【本気になったらだめだと知ってるけど、大介は特別!!】
【みんな!あのQueen's Palaceを見つけたよ!】
【本当!?本当に大介がいるの?見に行きたい!】
【この週末に行くつもり!一緒に行きたい方はDMでお願いします!】
「よし、コメント誘導もうまく行っている」
作者「悠子2035」こと、有川悠治は陰険な笑みを浮かべた。
「もうすぐだ。お前は天国から地獄へ落ちる気分を味わう」
「俺の大事な妹を傷付けたクズ男、お前だけは、絶対許さない……」
03
半年前に遡る。
その時の悠治はただの売れない引きこもりオタク
ある日、いつものようにベッドでごろ寝しながら文句を付けている。
「おかしいな……転生、魔王、勇者、ハーレム、グルメ……人気要素を全部突き込んだのに、なんで人気が出ないんだ。人気になりたいならゴミでも流行っているもんを書けっていうのは、やっぱり嘘だよな……派手なプロモーションがないと……」
前向きな考えが現れたのは一瞬だけ。
悠治はごろっと寝方向を変えて、ぱっとその考えを打ち消した。
「まあ、いいか。プロモーションはエネルギーを使うし、宣伝をかけるほどのものじゃない……」
もうひと眠りをしようとしたら、扉が壁にぶつかる「ドン」の轟音と共に、ある美少女は部屋に飛び込んできた。
「お兄ちゃん!!」
「雪枝!?」
さっきまで死んだ魚の目をしていた悠治は少女=妹の雪枝を目にしたら、さっそくベッドから飛び上がった。
「ど、どうした?」
雪枝は悠治の胸元に飛び込んで、大泣きした。
「彼…彼はずっと私騙していた!学校の、先輩じゃないの……本当は、ホスト……全部、全部嘘なの……!」
「彼って誰だ!?どこのホスト!?話して、怖がらないで!お兄ちゃんがいるから!」
雪枝は携帯を出して、とある写真を悠治に見せた。
その写真に映した男は、大介だった。