シェリーと翡翠、モモカ、鈴達は、移動基地に戻った。
例のハッキングの暗号で、シェリーはサジドが内蔵している精密機器にアクセスすると、通信機能を除くシステムを停めた。星の資源を奪うという機器の特性を封じた彼は、鈴ら一家と身を寄せ合っている。
「お前は、本当に異星人の息子かね?銃もまともに扱えんとは……」
「鈴さんをしっかりお守り出来ず、申し訳ありません」
「サジドが謝らないで。私は無傷で戻れたじゃない」
彼女達のお陰でな、と、紳士がシェリー達を視線で指す。彼のサジドへ向かう目つきが、皮肉げでも、家族へのそれに近付いていた。
彼らは、歩み寄ろうとしている。互いにぎこちなさは残りながらも、それは他人のシェリーからでも分かるほどだ。
分解システムの発動まで、あと一歩だ。
ロボット達の解析に伴って、村に備わる比較的セキュリティの薄いコンピューターを調査する内、シェリーは、例の暗号とここら一帯の電子機器の関係性を掴みかけていた。
トヌンプェ族らの遠い祖先が、存在を無に帰そうとした暗号は、移民プログラムを無効化するためのものだったのではないか。何の代償もなく、ただシステムを停めるだけのハッキング──…いたずらに用いられることを恐れて、彼らが葬ったのだとすれば?
「準備、出来たわ」
「やったぁ!シェリー、お疲れ様!」
飛び跳ねる勢いで、翡翠が中継モニターに顔を向けた。
彼女なりに、胸を痛めていたようだ。
シェリーが分解システムを稼働して、数分後、辺りがしんと静かになった。ありとあらゆるロボット達が砂塵化して、人々、そしてトヌンプェ族達が、力尽きて膝をつく。
夫婦が蒼白な顔を見せていた。
一難去ってまた一難、彼らは報復を恐れているのだ。娘を想うあまり村を攻めて、惨事を招いた。相手がトヌンプェ族でなくても、罪に問われる行動だった。
「私達……何てこと……」
「鈴。わしはこの男を認めん。だが、武力に訴えたのは……すまない、お父さん達は、罪を償わなければいけなくなりそうだ……」
猛省する夫婦に逃げ場はない。
ここは、ただでさえ生きて戻った者のいない、悪魔の土地だ。
ただし、頭に血が上るほど娘を愛した二人の姿が、同じ彼女を愛するサジドに響いたようだ。彼が村長への弁明を申し出た。
「ご両親と話し合うよう、僕からも、鈴に勧めるべきでした。彼女が寂しそうだったので、一日でも早く、連れ出してあげたいと思ってしまって……」
鈴と一緒にいたいばかりに、彼女の見えざる本心を確かめようとしなかった。ひょっとすると、彼女は相談相手が欲しかっただけかも知れない。サジドと同じくらい、両親とも理解し合いたかったかも知れない。だのに彼女と、ただ逃げた。
自分にも償う責任がある、とサジドが続けた。
「ですから、叔父さんの前で、鈴に泣いてもらいましょう」
神妙ともおどけてもとれる顔のサジドが、夫婦に提案した。
「僕の叔父……村長は、鈴をとても可愛がっています。叔父だって、地球の皆さんに酷いことをしているのですし……彼女が、お父さんとお母さん、そして僕を咎めないで欲しいと望んでくれれば、叔父は寛大な判断を下すかと思います」
サジドの弁論を黙って聞いていた鈴が、わざとらしくぶっきらぼうな顔を見せた。
気持ちは前向きになったとは言え、今日の件はすぐに許せないのだろう。だが、彼女なりに、両親とも向き合うつもりでいるようだ。
「彼の頼みなら、仕方ないじゃない。……大昔なら、刑務所ってとこに入らないといけないことをしたんだからね。二人は」
それから、鈴が続ける。
「お父さん、お母さんに、そこまで愛してもらっていた私にも……否はあるよね。私が勝手に出てこなければ、二人だって、こんな酷いことしに来なかっただろうし。一緒に怒られてあげる」
四人で仲良く罰を受けよう。
そうした鈴の諧謔に、翡翠が顔をしかめた。あの村長が寛大な判断を下すようには思えない、笑いごとでなくなるのが目に見える。そう言って、彼女が身震いの素振りを見せた。
不器用な親子と家族想いのトヌンプェ族が謝罪へ向かうと、シェリーは輝真達を出迎えて、彼らの怪我の手当てをした。それから通信機を繋いできたヤナと話して、シェリーは翡翠を外に誘った。
月光が、壊れた屋敷をぼんやり浮かび上がらせている。早い内に職員達を避難させた甲斐あって、住むのに不自由しない程度には、損傷も最低限で済んでいる。壁に空いた風穴も、この程度なら数日あれば修復出来るだろう。
サジドの読み通り、村長は彼らを許容した。
鈴とサジドは修復作業の無償手伝い、そしてあの夫婦は、トヌンプェ族らとの一週間の共同生活。それが彼らへの罰則だ。おそらくその期間を通して、夫婦に一族への理解を深めさせる算段だ。村長が鈴を気に入っているのはサジドの思い過ごしではなく、彼らは、心から家族になろうと望んでいるのか。
「両者の溝は、そんなに簡単に塞がらない。けど、水を差すようなことは言わないよ。言っても仕方ないだろうから」
トヌンプェ族らが関わると、翡翠は人が変わったように辛辣だ。
その辛辣さを、シェリーは見過ごしてはいけないと思う。
「ハッキングの暗号を掌握すれば。犠牲を出さず、移民プログラムを停止出来るわ」
仇は討てない。だが、彼らの野望は止められる。
翡翠は、どちらを望むのか。トヌンプェ族の一掃か、それとも未来を守れば彼らの命は見逃すか。
「もう良いよ、シェリー」
たった今まで難しげな顔を見せていた彼女が、急ににこやかにシェリーを見上げた。
「悪魔の正体を突き止めた。末世の理由も、ロボット達が何かも」
「翡翠……」
「大収穫だよ。ドキュメンタリー番組を生で体験出来ちゃった。初めての旅、付き合ってくれて有り難う。十分、満足したよ」
だから移民プログラムはそのままにしておく。戦いの日々が終わらなくても。
暗に、翡翠がシェリーにそう伝えてきた。
それが彼女の本心か。見えない反面、シェリーも同感はする。英雄を目指していたわけではない。いや、たとえ輝真でも、悪魔の正体が村全体と分かった以上、彼でも思いとどまるだろう。ここには人間もいる。禁忌の暗号が不完全な今、悪魔だけを止めることは不可能だ。
「私も、翡翠と同じ気持ちだわ」
悪魔は、科学で証明出来る存在だった。人智を超えた何かが、星を陥れたのではない。
謎がはっきり解けた分、実りある旅をした。両親の眠る場所を優しいままにしておくためにも、悪魔に手を出すべきではない。