シェリー達は、邸内中に避難を呼びかけた。
ロボットらの敵意が混迷した今、誰の制御下にも置けなくなった。ショウ達のロボットを使って各個体の解析を試みているが、一掃までには、まだ時間がかかる。
職員らや村人達に、シェリーは時間稼ぎを頼んだ。解決への糸口を探るためだと説明すると、渋々、敵味方入り混じった彼らが頷いた。
シェリーと翡翠、モモカ、そして鈴と彼女の両親が、移動基地に身を隠した。
再会した親子の気まずい空気を翡翠とモモカがなごませて、シェリーは分解システムの準備を進める。
「小さい頃の、家族旅行を思い出す」
唐突に、鈴が呟いた。
思いのほか、一家はしおらしかった。顔を合わせれば睨み合うくらいだった彼らは、よそよそしさこそあっても、互いにどこか気遣って、顔色を伺い合っている。そうした中での今の鈴の発言は、夫婦の緊張を一気に解いたのではないか。
「私が物心ついた頃、二人は既に喧嘩ばかりだったけど、あの旅行は楽しかった。幼い私に、少しでも見聞を広げさけてあげたいって。二人が計画してくれた」
鈴にも、彼らを親と認識出来るだけの思い出があった。距離を置いて、記憶が美化されたのか。いくら喧嘩別れした親でも、思い出す度、辛い気持ちになるのはごめんだ。そうした本能から感謝も芽生えたのかも知れない、と自身を客観視しながら、彼女が旅行の話を続ける。
「あの三日間は、わがまま聞いて、やりたいこと全部させてくれたよね。今になって、はっきり思い出すよ。二人と一緒にいて、あんなに笑った日もあったんだって」
だが、束の間の一家の団欒を、恐怖が襲った。
当時はまだ捕虜の脱走も頻発していた。旅先で、鈴もその現場を見た。
移動のバスの中だったという。逃走した数多の捕虜達が、観光地で無差別攻撃を始めた。警備隊が駆けつけて、安全のため、鈴ら乗客に降車を禁じたらしい。
人々の悲鳴や銃声、警笛は、幼い彼女の記憶に強くこびりついた。
「酷い旅行だったわね。だけど、何故、……私達、何のせいにしたかしら?」
「お前の計画がいけなかった、行き先を別に選んでいれば、巻き込まれないで済んだものを……おかしいなぁ、絶対に言うべきだったことを、お前に言った記憶がない」
首を傾げた夫婦が互いを見つめる。
争わなかったはずはないのに、どんな風に対立したか思い出せない。
彼らが顔をしかめていると、鈴が助け舟を出した。
「鈴を怖がらせるから、睨み合うのはやめよう。そう言って、二人はお互いを怒ったんだよ」
彼女の顔は嬉しげだ。辛い思い出のはずなのに、彼女の望みが叶っていた数少ない記憶でもあるからか。
鈴は孤独だ。ヤナは彼女をそう見ていた。いがみ合うばかりの両親は、娘の話に耳を貸さない。彼女にとって、それが実家での苦痛になった。
彼女が孤独に塞いだのは、温もりも知っていたからだろう。彼らの愛を感じていた時期もあった分、遠のけば敏感にもなる。
「外はあんなに怖いのに、家族一緒にいると、心強いよ。何でだろう。大喧嘩したお父さん、お母さんとの楽しい思い出しか、出てこない。最初から私を押さえつけてくれれば良かったのに。話も聞かないで、嫌な親でいてくれたら、未練なんかなくなったのに」
外は、激戦が続いている。
いつ火花が飛んでくるかも油断出来ない状況下、家族で一ヶ所に寄り添っていて、鈴は昔を思い出したのか。
「鈴……」
彼女の父親が娘を呼んだ。彼とはすれ違ってばかりいる母親も、同じ目を彼女に向けている。
「あなたと話し合いたくて、来たの。私達の娘は必ず幸せにする、他の何を後回しにしても……って、あなたが生まれた時、誓ったわ。それなのに、側にいてくれる日々が当たり前になって、一人の人間として接することを忘れていた」
話なら明日にでも出来る。子供より経験値の高い分、親が正しいに決まっている。……
あらゆる固定概念が、鈴と夫婦の溝を深めた。彼らは娘を支配しようとして、彼女は彼らへの期待をやめた。
「だけどお父さん、お母さんは、サジドがこの星の人でない限り──…サジド!!」
鈴が中継モニターに飛びついた。
外を映していたそこに、傷だらけの青年が転がり込んできたのだ。
満身創痍でロボット達に銃を向ける青年は、サジドだった。
「サジドっ!!」
鈴を追って、シェリーと翡翠もモモカを連れて、外に飛び出す。
「戻れ、鈴!」
バンバンッ!!バンッ!
ピギーーー……クォォォーーン…………
サジドの慣れない銃声と、機械音とも咆哮ともつかない雑音が、シェリー達の前を飛び交う。
トヌンプェ族の青年が人間の少女を庇いながら、ロボット達を迎撃する。
シュッ……
彼らの前に翡翠が立ちはだかって、簡易バリアを出現させた。
「二人とも中へ!」
いくらトヌンプェ族でも、適正の有無がある。
翡翠の咄嗟の判断だ。
だがサジドは、翡翠の催促を拒んだ。
トヌンプェ族は、移民プログラムに準ずる精密機械を体内に埋め込んでいる。ヤナ達と同じ根拠で、移動基地に乗り込むことにリスクを感じたのである。
「鈴!サジドくん!」
シェリーは、聞き馴染みのある声に振り向く。
スーツ姿の富豪が、震える両手に銃を構えて、四人の前に飛び出してきた。
簡易バリアの持続時間が切れた。
「お父さん!」
ズドーーーン!!バンッ!バキュンッ!!
紳士が銃を連射する。
サジド以上に、扱い慣れていないようだ。滅茶苦茶だ。だが無我夢中の彼の銃は、至近のロボット達を打ちのめした。
「っ……」
バキューーン!!
翡翠が銃弾を放つ。
衰弱したロボット達は、彼女の爆薬入りの数発で、シェリー達に身を隠すだけの猶予を与えた。