各々の思惑が宙に浮いたまま、日が傾いた。
書庫での感動を大袈裟に披露するショウ達に、シェリーも関心を装うが、全員が心ここに在らずだと、互いに察し合っている。
昼間の食事が、シェリー達の胃に未だ負荷をかけていた。食欲も湧かず、食堂へ向かった鈴やヤナ達とは分かれて、シェリー達も移動基地に戻った。
外が、やけに騒々しかった。
シェリーは、西でも見かけなかったくらい立派な車に目を留める。
出てきたのは、一人の婦人だ。
高いヒールが、見ている者をひやりとさせる。
本人は転ぶ危惧もないのだろう、必死の顔でシェリー達に駆けてきた。
「鈴はいたの?!」
世界の終わりに立ち会ってでもきた顔だ。
婦人の肩越しに、続いてシェリーは、数台の車の到着を見た。彼女の出てきた車には、夫である紳士も乗っていた。
鈴の両親だ。背に腹は代えられなくなったのか、日頃の不満は保留して、同じ旅路を来たようだ。
シェリーと翡翠が彼らに鈴の現状を伝えると、僅かな安堵が二人に覗いた。
だが、それも束の間だ。未成年の娘を得体の知れない村にたぶらかされたままでは納得いかないと言い出して、夫婦揃って、近くにいた門番に手を上げかけた。
「お母さん、お父さん、落ち着いて下さい!」
「わしらは鈴の親だ、悠長に構えていられるか!」
シェリーは、夫婦と門番の間に割り込む。
翡翠や輝真が、彼らに従ってきた使用人らに、主人達の心変わりの経緯を聞いている。
「お前達では、鈴に親身になることは出来ん!」
信じていなかったわけじゃないけれど、と婦人が夫をフォローして、シェリー達に眉を下げた。
紳士が後方の車に向かって指示したのは、その時だ。
彼の合図で使用人達が荷台を開けると、ロボット達が一斉に降りた。
* * * * * *
夫婦の放ったロボット達は、かつて人間同士が血で血を洗った時代の遺物だ。トヌンプェ族らの管轄下にいないそれらは、まず門番に怪我を負わせて、屋敷を囲う塀を壊した。
食事を中断させられた一家が、残っていた職員達を召集した。彼らも西のロボットを呼んで、奇襲に応じる。騒ぎに気付いた近隣住民達が集って、自身も武器を持ち出したり、避難したりを始めた。
「今まで鈴を放っておいて、いきなりどういうつもりです?!」
夫婦に多少の引け目も感じていたヤナも、車に戻った二人に目を吊り上げた。
かつて兵器だったロボットは、稀に粗雑なプログラムも搭載されているようだ。それらは敵味方の区別もつけ難いのか、無差別に攻撃を仕掛けている。一方で、そうした個体の殺傷力は突出している。千年続いた戦争も、従来の兵器はほとんど用いられなかったという。あの威力を目の当たりにすれば、ロボットらが主戦力になったのにも納得がいく。
「親子を和解させるしかねぇ」
流れ弾を盾で防いで、輝真が屋敷を睨みつけた。
「あれを止めても、鈴の親は次の手に出る。下手したら、やつらとの全面衝突になるだろう」
輝真の懸念は、一笑に付せない。
対立は、些細なきっかけで肥大する。初めは憎悪もないだろう。一つの目的への道のりが、次第に勝敗の問題になって、負の感情が伴い出す。
「その通りですよ、シェリーさん」
火花を散らすロボット達に目を向けていた村長が、振り返ってきた。
「あの戦争も、鈴ちゃんの親御さん達と同じです。あなた方は、いつでも遺恨を向ける相手を間違えますね。我々に殺意はありませんでした。人間が、勝手に終末へ向かったのです」
「何だとゴラァ──…」
「ショウ」
シェリーは、老いたトヌンプェ族に腕を伸ばした仲間を制す。
話の続きを促すと、村長が口を開いた。
トヌンプェ族は、移民プログラムを稼働しただけだ。そして資源の不足に耐えられなくなった人間は、自ら奪い合うようになった。食い繋ぐために血眼になって、真の敵が手を下そうとするまでもなく、ついに休戦を余儀なくされるまで消耗した。
「我々は、争いを仕向けたりもしていません。終末の危機は、あなた達が招いたことです。我々と何が変わらないのです?生死を賭けて、自ら滅びの道を歩んだ……それでも、我々だけが短絡的と言えますか?」
唇を噛む翡翠に並んで、ショウ達も俯いてしまった。
戦いは、守るための代償だ。人間もトヌンプェ族も、生きるために切り捨ててきたものがある。…………
「わぁァァアアッ!!」
シェリーの耳が、ひときわ悲痛な声に打たれた。
顔を向けると、トヌンプェ族達、そして人間が、ロボット達になぶられていた。
「おかしくない……です……?」
モモカの呟きに、シェリーはぞっとした感じを覚えた。
ロボット達は、何に操られているのだろう。
嫌な予感が増した時、ショウ達の視察中のロボットから、新たなデータが送られてきた。
シェリーは、通信機の液晶画面に出た文字を追う。
異なるプログラムの衝突による、システムバグだ。
「つまり、暴走……?」
ズドーーーン!!
至近の車が火に呑まれた。
夫婦に従っていたロボット達が、自身を運んできた移動手段を爆破したのだ。あの爆弾も、屋敷のどこかに保管されていたのだろう。