移民プログラムの本体は、村全体だ。
ショウ達がシェリーに伝えてきたのは、早い話がそうした事実だ。
通信機から、彼の苛立ちが伝わってきた。
ここに、彼らのいた組織の上層部達が期待していたようなものがなかったからだ。さっきシェリーもまさかと頭によぎらせた通り、トヌンプェ族らの宝は彼らの文明で、人間の欲の対象になる類ではない。
戦利品を持ち帰らなければ、ショウとレンツォは、逃亡の日々に逆戻りする。彼らの焦りは無理もない。
村長が財産だと言って披露したのは、彼らの屋敷の別館だった。そこは研究施設のようだったという。彼の自慢したがっていたトヌンプェ族の研究資料や発明品が、確かに展示されていた。そして厳重なセキュリティのかかった個室に、それはあった。
「ブレーカー……」
移民プログラム、つまりトヌンプェ族らが重宝してきた星の資源を奪う機能は、特定の条件が整った時、停止する。その一つに関わるのが、ショウ達の見た個室に保管されている、ブレーカーだ。
ただし、移民プログラムの停止は、村の危機に直通する。ブレーカーを落とせば村中に有毒ガスが広がるよう仕掛けてあって、運良く他の拍子に電源が落ちるなりしても、それは西全体が滅亡の危機に陥る場合に限るらしい。
ショウとの通信を切ったシェリーは、呆然としていた。
翡翠も顔色が悪い。
二人とも、肩透かしを食らったショウ以上に、暗い顔をしているのではないか。
「自動でも手動でも、村の犠牲が付加するなんて……。やつらは自滅するつもりでいるってこと?」
もっと別に理由はある、とシェリーは思った。
移民プログラムの稼働が困難になったくらいで自滅するほど、トヌンプェ族は消極的ではない。おそらく、過去のシステム暴走から学んで、手のつけようのない事態に直面した際、被害を最小限に抑えようと対策した結果がこれだ。
彼らが最初に経験した終末は、地上の資源の払底が原因だった。今後、彼らの生命線とも言える移民プログラムが制御出来なくなるほどの不具合が生じた際は、何よりその払底を避けるつもりなのだろう。
「だとしてもブレーカーを落とせば毒が回るなんて、やりすぎじゃない?」
「ブレーカーは、落とすつもりないんだわ」
「じゃあ、何のために──…あっ」
翡翠がはっとした顔を見せた。
彼女も何か思い当たったのだろう。
どんな勇者や旅人も、西の悪魔を止められなかった。彼らは止めなかったのだ。西の村人達の人間らしさを目の当たりにして、悪魔の正体が移民プログラムだと知った彼らは、おそらく罪悪感に慄いた。村を滅ぼしてまで、末世に抗えなかったのだ。
小川を越えて村が見えてくると、神聖な空気も幾分薄れた。
足が重い。行きは清々しい気さえしていたのに、帰り道は最悪だ。
翡翠の無念を晴らすと決めた。ルコレト村で、ミサ達の思いを預かってきた。シェリー自身も、戦争を司るという悪魔に報復したかった。…………
だが、ブレーカーを落とせば、略奪の首謀者達だけが制裁を受けるのではない。鈴やヤナ、何も知らないでこの村に生まれ育った無実の混血種や人間まで、毒を吸う。
* * * * * *
シェリー達が屋敷に戻ると、モモカやショウらが出迎えに来た。
昼間の過ちを繰り返さないよう、念入りに人目がないのを確かめてから、一同は本題に入る。
「姉御でも、止められそうにないっすか……?」
いっそのこと移民プログラムをOSから書き換えられないか、或いは有毒ガスを無効にする薬を見付けられないか、ショウ達が各自の提案を出す。
プログラムの書き換えは、シェリーも考えた。だが作業を進める間、トヌンプェ族らも異変に気付いて、何かしらの対策を練るだろう。有毒ガスに関しては、まずサンプルを入手する必要がある。村人達の数に応じた薬剤も、調達出来る保証がない。
「いっそ俺がブレーカー落とすか……」
思いつめた顔の輝真に、ショウが咎めるような目つきを向けた。
「お前、そこまでして英雄になりたかったっけな?」
「ミラノさんと約束してるんだ。悪魔を倒して帰るって」
「そのために手を汚したら、あなたの恋人がどんな顔をすると思います?」
ショウと輝真、そしてレンツォが睨み合う。
村人達の命だけではない。長い歳月、安らかに眠ってきた死者達も、悪魔の道連れになる。あの墓地も、西の土が広がっていた。
「腹いせだったのに、全く晴れねぇぜ」
ショウが参ったと言わんばかりに伸びをした。
彼の情報共有は、八つ当たりも含んでいたようだ。トヌンプェ族らの不利を狙って、真っ先にシェリーに報告した。取らぬ狸の皮算用をさせられた恨みは深そうだ。
「ショウはああ言っていますが」
レンツォがシェリーに耳打ちしてきた。
「ビッグな情報を手に入れて、姉さんに、仕事の出来る人間アピールもしたかったようです」
褒めてやって下さい、と笑うレンツォ。
ショウが唇を尖らせて、彼の肘を小突いた。