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あなた達にもらったものを……


 モモカの可動範囲を慮って、先に彼女を輝真に連れ帰らせた。


 それから今度こそ、シェリーは翡翠と森に入った。


 村にはなかった雰囲気が、濃度を増した。見えない何かが、森を守護している感じがある。訪ねる者まで、内側から洗浄されていく。そして、優しい気持ちになる。


 夢にまで見た両親との再会は、いざ目の前にすると、気持ちに余裕を失くしていく。自分は、今も彼らの愛する娘でいられているか。


 十数年の別れのはずが、永遠になった。口約束をたがえたシェリーを、彼らはどう思っているだろう。彼らに誇れるだけの半生を、自分は歩んでこられたか。


 翡翠と過ごして、最近、シェリーは自覚した。大切な相手を想うほど、自信を失くすことがある。

 相手の気持ちを確かめたいのに、望んだ通り返ってくるか、不安になる自分もいる。



「シェリーの緊張気味な横顔、貴重だなぁ」



 翡翠の悪戯な視線がシェリーをからかう。


 彼女の洞察力にはっとして、却って張りつめた気持ちがほぐれた気がした。



「そんなに分かりやすかった?」



 翡翠は、どこまで自分を見透かすのか。


 シェリーは困ったような思いに陥る。


 これなら日常、彼女には、ほとんど取り繕えなくなるではないか。実際、さっきもシェリーは救われた。


 輝真の厚意を受けるか、彼とともに残るか。


 翡翠の判断がなければ、シェリーはあの青年に、更に言い負かされていた。彼の理屈に打ちのめされて、自分を憎んで。



「経験者だから」



 さっきの問いに対する答えか、翡翠が何でもない口調で呟いた。



「先にお父さん達に会ってもらっただけあって、今のシェリーの気持ちは分かるよ。私も経験したことだもん」



 言われてみると、その通りだ。


 シェリーが翡翠の両親の眠る場所を訪ねた時、彼女も緊張していた。一歩、一歩を躊躇って、そのくせ逸る気持ちを抑えたような顔で、墓地への道を進んでいた。


 伊達に経験していないと言わんばかりに、翡翠が続ける。



「大丈夫だよ、シェリー。離れていたって、親は娘を見てくれてるもの」



 彼女の言葉は、無条件に信頼出来る。


 こうして彼女はいつでもシェリーを肯定して、生きることを許して、望んでくれる。


 目覚めてから、シェリーをこの地に繋いでいたのは、きっと彼女だ。



「シェリーは、いつだってしっかり考えて、一番と思う道を選んできた。妥協したことなんてない。精一杯、頑張ってきたよね」


「翡翠……」



 うん、と、シェリーは頷く。



「私も不安だった。シェリーとは違う意味で。一人じゃ怯えてばかりいて、憎まれることも多くて……。こんな私じゃ、って。でも、最近、ちょっと自信がついてきたの。戦えるようになって、大切にしてくれる人にも出逢えて」


「…………」


「あなた達が娘にしてくれた私は、こんなに広い世界を見てるよ、って、今なら言える。シェリーも、大丈夫」



 翡翠が続ける。


 親からの、最大級の贈り物。それは、命という財産だ。希望を持って、悔いを残さないことが、何よりもの恩返しになるかも知れない。



「ショウ達、どうしてるかな。私達みたいにやんちゃして、騒ぎになっていないといいけれど……」



 昼下がりの木漏れ日が、シェリー達に注いでいた。


 屋敷に残してきた仲間達を案じながら、他愛のない話題で沈黙を潰して、シェリー達は更に奥へ進んでいく。


* * * * * *


 輝真とモモカが戻った時、ショウ達はサジドらの案内で、村長室へ向かっていた。またしても大人数になると言いながら、二人は彼らと合流して、屋敷の主人を訪ねることにした。



「財宝?」



 デスクから顔を上げた村長が、訝しげに目を細めた。


 シェリー達の件がある。彼女達の密談は、早くも邸内に知れ渡ったようだ。

 案の定、書庫からの回廊ですれ違ってきたトヌンプェ族らも、ショウ達に厳しい目を向けていた。礼を欠いた客達に、目前の彼も用心しているだろう。


 屋敷の外で何が起きたか、ショウにはおおよそ想像がつく。



「その、金銀や宝石、そういうのっす!姉御達みてぇな、弱点を狙おうとかじゃなくて、トヌンプェ族って偉大じゃないっすか。もしあったら、宝もスゲーだろうなって」



 自身の語彙力を呪いながら、ショウは潔白を主張する。

 村長の警戒を解かなければいけない。シェリー達を貶めるようで胸は痛むが、金目の物を持ち帰って、今度こそ盗賊から足を洗う。思春期からの夢を叶える。そして、父親の病を治す。



「先ほど……」



 レンツォが前に進み出た。そして、彼が書庫を見てきたという話を始める。


 苦楽をともにしてきた友人に、ショウは目を瞠るものを感じる。世渡りは、彼の方が一枚うわてだったようだ。


 書庫の感想を見事に伝えきった彼が、村長の機嫌を回復させた。そればかりか、強敵を涙ぐませまでした。



「おぉ、おぉ……こうも見識の高い若者が、人間にもいるのだのう。レンツォくんと言ったかね?わしの書庫で、短時間によくそこまで学んでくれた」


「畏れ多いお言葉です」


「ショウくんも、勉強熱心なのか。それで珍しい物が見たいのだな?」



 すっかり気を良くした村長が、腰を上げて二人の肩に腕を回した。


 目尻の皺をこれ以上にないほど深めた彼に、ショウ達は無邪気な勉強家を気取る。輝真とモモカ、サジド達も、無言を貫いてくれている。


 これで組織を抜けられる。



 だが、ショウの期待は、このあと音を立てて崩れていくことになる。


 村長に付いて向かった先に、蔵や金庫は見当たらなかった。隠し扉を抜けた別館、そこは、少し前に父親の治療薬を求めて訪ねた中部の村の、トヌンプェ族らが切り盛りしていた研究室に似ていた。


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