移動基地の乗っ取りは、おそらく目前の青年による。彼に埋め込まれた機器を調べれば、メインコンピューターのロックも解除出来そうだ。
「シェリーさん!」
輝真の背中がシェリーの視界を遮った。
トヌンプェ族の青年に身体を向けて、彼がシェリーに振り向く。
「ガキは俺が相手する。シェリーさんは、翡翠と先に行ってくれ!」
輝真の気迫にのまれかけて、踏みとどまる。
彼は、シェリーが両親に馳せていた思いを知っている。だからこそ、盾を買って出てくれたのだろうが、一人で応じられる状況ではない。
「行くです、シェリー。翡翠!」
モモカがシェリーの背中を押した。彼女らしからぬ判断だ。
いや、シェリーを主人とする彼女にとっては、最適解ということか。
誰かを守りたいという願いも、青年の理屈に紐づけるなら、独善だ。薄情者になりたくない、罪悪感から自分自身を守るため。
ぬるま湯のような時代にいた頃は、こんなことで悩まなかった。向き合う必要もなかった。
だが千年という時代差は、言い訳にならない。現在の価値観に適応しきれていないというのは、自身の甘さに理由を付けて、問題から逃れようとしているだけ。
輝真の厚意を受けるべきだ。
正しくありたいだけで躊躇うなら、そんなものは切り捨てなければ──…
「シェリー」
誰かがシェリーの腕を掴んだ。
強引なリードに促されて、シェリーは駆け出す。
「たまには甘えて欲しいって、言ったでしょ!」
振り返ってきた翡翠に、勝ち気な顔が浮かんでいた。
彼女はいつもそうだった、とシェリーは思う。いざという時、まっすぐ進む。
病を諦めかけた時、友人との死別を経験した時、彼女の強さに救われた。輝真達もだ。彼らは、シェリーが初めて弱音も吐けた相手だ。彼は隙を見せて良いと言った。それが仲間だ、とも。たまは頼ろうかと諧謔したシェリーに、翡翠も笑って、いやな顔は見せなかった。
「翡翠って、やっぱり頼もしい」
そろそろ息が切れ出すのを自覚しながら、シェリーは笑った。
「そう?」
逆光に見る翡翠の存在感は、純粋だ。
眩しさのあまり目を細めた時、シェリー達の前方に、小川の通った森が続いていた。
ヤナの話していた通りだ。この先に、曰く付きの墓地がある。
「翡翠にも、お父さんお母さんに、娘さんを下さいって頼んでもらわなくちゃね?」
速度をゆるめて、シェリーは東で彼女と交わした約束を思い出す。
同じようにねだってみると、彼女が頬を赤らめた。
その時──…。
ガチャン。ガシャン……
クォオォーーーン…………
ぞっとする気配が背後に迫った。
バキューン!
間髪入れず、翡翠がシェリーの後方に向けて引き金を引く。
ロボット達の軍団が、逃走した獲物に追いついたのだ。
* * * * * *
『輝真さんが取り逃したです!でも、トヌンプェの青年は捕獲したです……今からモモカ達も追いかけるです!』
モモカからの通信を切ったあと、彼女らの到着は早かった。
翡翠と輝真がロボット達を牽制する傍らで、今一度、シェリーはモモカに空中プロジェクターを展開させた。
「メインコンピューターに搭載していた、緊急強制起動のプログラムを思い出したの。開ければ、トキさんに伝えられたハッキングの暗号で、さっきの彼もロボット達も止められるはず」
千年前、移動基地のコンピューターを調整していた頃のことだ。ウィルスや不正アクセスに狙われた場合を想定して、シェリーは保険をかけていた。モモカのコンピューターを除く外部による全ての干渉を切断して、どんな場合も指示する通りに作動するよう、手を加えたのだ。
うろ覚えの言語を打ち込んでいく。ロボット達に銃が通じない以上、コンピューターが乗っ取られたままではどうしようもない。
ピピーーー。
「開いた」
「やったです!」
祈るような思いが通じた。
これでメインコンピューターは使える。あとは、トヌンプェ族らも恐れて禁忌とした暗号で、目前のロボット達に干渉するだけだ。
シェリーは、ロボットから飛んできた破片を拾う。そこから、なるべく仔細なデータを読み取る。
「モモカ、ここ、拡大出来る?」
「分かったです!」
モニター上の拡大鏡が、破片の細部を映し出す。
すると、やはりトヌンプェ族らに普及している精密機器に同期している場合の多い特徴が、ロボットの断片から検出出来た。
シェリーは、そこで閃く。
つまり、このロボット達を通して主人である青年の体内に侵入すれば、彼らがどのようにして移動基地のセキュリティシステムを突破してきたか、解けるかも知れない。
「モモカ……分かった、かも……」
驚くほど、頭が澄み渡っている。
翡翠を信頼している。輝真の友情に感謝している。この気持ちに迷いはないと自覚した途端、さっきまでのもやつきが、シェリーの中で晴れたからか。
「キャァアアアッッ!!」
あと少しというところで、絹を裂くような悲鳴がした。
またしても銃弾の切れた翡翠に、ロボット達が飛びかかろうとしていた。頭を庇うようにして、彼女が腕を上げている。
「翡翠っ!」
輝真の盾では間に合わない。
バキューーン!
シェリーはレーザーガンを放ちながら、翡翠に駆け寄る。
…──倒れて!倒れて!
気持ちばかりが先走る。
強化状態にあるロボット達は、光線だけでは弱りもしない。
タタッ。
「シェリー!」
翡翠を庇って、シェリーは彼女の簡易バリアを発動させる。
間一髪、光の壁が二人を覆った。
モモカに安堵の様子が見えた。それから、空中プロジェクターを見上げた彼女が、あっ、と声を上げた。
「シェリー、間違っているです!」
その時だ。
ロボット達が、静止した。シェリー達のバリアが解ければ今にでも接触していただろう数体も、輝真が照準を合わせていた個体もだ。
モモカが状況を確認する。
すると、今しがたのロボット達への干渉は、青年の精密機器にも影響していた。所有物に合わせて、彼のそれもOSごと末期状態だという。
「暗号の打ちミスが、大正解だったみたいです……。トヌンプェ族の精密機器は、搭載されたプログラムのソースまで、まる見えです!」
移動基地のメインコンピューターを開くと、さっきの皮膜も外れていた。