ショウは、レンツォらとともに役所の書庫を訪ねていた。
トヌンプェ族の文明は、呼吸を忘れるものがある。彼らがどれだけ理解し難い種族でも、科学を齧っている人間なら、一度は関心を向けるほどには。
書庫は、二人の期待を上回った。
レンツォは既に夢中になって、違法な行為に及んでいる。気に入った本から特に彼に響いたページを、シェリーがスマートフォンもどきと呼ぶ通信機のカメラを使って記録している。かくいうショウも、どのみちここが敵地と思えば、多少の無作法も通そうというつもりになってきた。
案内係のサジドらは、こんな場所でも無駄話が絶えない。
彼らの話の輪に入らず、退屈そうにモモカの護衛を務めていた輝真の通信機が鳴ったのは、その時だ。
モモカを連れてきて欲しい。
シェリーのただ一言に、輝真が二つ返事で頷く。
よほど退屈だったのだろう、いつになく積極的な足取りで、彼がモモカと書庫を出た。
「オレ達も行きましょうか?」
レンツォが本から顔を上げた。
賑やかだった四人も話を中断して、ショウ達に顔を向けている。
「いや、必要なら呼んでくれるだろう」
ショウは、首を横に振った。
シェリーには世話になっている。頼れる彼女だからこそ、頼まれてもいない時まで駆けつけるのは、却って不躾ではないか。
彼女が墓参りを優先したのは、意外だった。確かに彼女はかつて両親を世界の中心のように捉えていが、それにしても、さっきの村長の提案は、移民プログラムの実態を掴める好機だったはずだ。
おそらく原因は翡翠だ。
このところ、以前の両親くらいには、シェリーは彼女をよく見ている。会食の席で、まともでない顔色だった彼女を気にかけたのだろう。
「なぁ」
ショウは、サジドに呼びかけた。
他の三人ほど、自分達はトヌンプェ族に遺恨がない。財宝を手に入れるという任務がなければ、西へも来なかっただろう。
その財宝を、彼女達が不在の間に、探し出しておけないものか。
「訊きてぇことがある。いいか?」
一日にいくつもの質疑を受けてきたサジドが、そろそろ辟易した顔を見せた。
* * * * * *
青年が何か命じると、ロボット達が凶暴化した。
音声によるシステム操作だ。
トヌンプェ族らがよく手首に埋め込んでいる機器を刺激しなくても、本人の意思で、ロボットらは主人が危機に陥った時と同じ本領を発揮する。
シェリーは翡翠と背中を合わせて、無数の個体を迎撃する。
二人に対して、あまりに多勢だ。引も切らず放つ光線、弾丸をかわして、二人に接近した個体は、間一髪でよけるしかない。
カチャ。
とうとう翡翠の弾が切れた。
彼女が予備を出す間にも、ロボット達が刃物にも似た腕を構える。
「翡翠っ」
バキュッ……バキューーン!バンッ!!
翡翠に覆い被さって、シェリーは伏せた格好で、レーザガンの引き金を引く。
カチャッ……カチャ、カチャ……。
冷たい背中にはっとして、汗の感じを覚えて翡翠の手元を見下ろすと、彼女が震えていた。焦りが彼女を手間取らせて、思うように指が動かないようだ。
大丈夫だと言って励ましながら、シェリーはロボット達に銃口を向ける。
だが、光線はまともに通じない。
顔を上げると、ぎりぎり十代と見られる青年の顔に、薄ら笑いが浮かんでいた。
一族の危機を救った功労者、家族の一員の鑑。
そう言って、よそ者の良からぬ思惑に気付いた自身に酔いしれている。
もうしばらくの辛抱だ。じきにモモカ達が来る。
シェリーが今また起き上がったロボット達を狙撃した時、孔雀の羽に似た盾が、それらと二人を隔離した。
着地と同時に、鋳鉄色の群れを打ち返した輝真が銃を構える。
バンッ!バキュッ!バンッ!バンッ!!
「シェリー、待たせたのです!」
発光したピンク色の壁が、シェリー達を覆った。
モモカの展開した簡易バリアに、複数のロボット達が衝突して、捕虫器にかかった虫のように崩れ落ちていく。
シェリーが経緯を伝える間、彼女が何度か相槌を打った。そして、空中プロジェクターを展開する彼女。
「モモカは、メインコンピューターと同期しているです。ハッキングくらい、跳ね返してやるです」
勇み立つようにして、彼女の人工知能がコンピューターに働きかけた。内蔵、それから音声によるシステム操作が、移動基地に設置している本体コンピューターに指令を送る。
それから数分ほど経った──…。
シェリーは、嫌な違和感を覚えた。
彼女にしては手間取っている。
モモカが、コンピューターに皮膜がかかっていると言い出した。
「ロックってことか?そんなモン、外せばいいじゃねぇか」
獲物に取り込みあったところで、ロボット達は待たない。
容赦なく地面を滑ってきた一体を、モモカを焦ったそうに見ていた輝真が撃つ。
キッ、と翡翠が青年に鋭い目を向けた。
「ズルくて卑劣で……あんた達の来たことが、地上最悪の不幸だわ!」
もはや本音を隠すのをやめた彼女に続いて、シェリーも彼に呼びかける。
「私達、争わずに済む方法はないの?!」
「本音かよ、それ」
冷たい声が、シェリーの言葉を撥ねつけた。
「いくらでも言えるよな。けど、お前は何体潰してきた?トヌンプェ族は?」
「っ……」
彼の指摘が、鈍くなった刃物のように、シェリーの胸の深い部分をじわじわ抉る。
抵抗は、必要だった。トヌンプェ族に、とどめを刺したこともある。ルコレト村への二度目の道中、そして櫂・ミーチェの宿で、動かなくなったロボット同然になった彼らを慰霊した。あの頃は、彼らの思いを聞くことも、感情的な面を知るきっかけもなかった。
なるべく殺生は避けてきた。だが、避けてばかりでは生きも守れもしなかっただろう。
シェリーが言葉を失くしていると、青年が鼻を鳴らした。
近くに銃声が響く。金属を貫く音に被さって、また別の銃の音。…………
「自分が一番、大事だろ」
青年が眉をしかめて笑った。
「殺し合えばいいじゃん。こういう場合の綺麗事って、その場しのぎでしかねぇんだよ」
多分、彼の主張が正しい。
武器を構えた時点で、彼らもシェリーも潔白とは言えなくなる。この世の正義や博愛は、視点が変われば真逆になることもある。シェリーが翡翠やモモカを守りたいと決めたのも、彼女達を必要としただけだからだ。そうでなければ、誰かれ構わず、身を挺して尽すだろう。人間だから、トヌンプェだから──…そうした分け隔てもなかったはずだ。