遥か彼方の故郷から卓越した文明を持ち込んだ、宇宙飛行者達。
この屋敷には、彼らの遺した偉業の軌跡が、数多く所蔵されている。
ここに住む一家こそ、千年前、彼らの新たな歴史を踏み出した、トヌンプェ族らの末裔だからだ。
酔いの回った村長は、自身の優位性をひけらかしたい欲望にでも駆られたのか。
彼は、シェリー達に邸内を案内したいと言い出した。
願ってもみなかった好機だ。
だがシェリーは、彼の厚意を辞退した。翡翠がいよいよ見ていられる状態ではなくなったからだ。
会食中、彼女だけは冗談も口にしなかった。悪感に耐えるような顔色は、種族を超えた彼らをどうあっても受け入れ難い、彼女の生理的現れだろう。シェリーには、彼女に重くのしかかった何かが、今に正気をおびやかすのではないかと取れた。
「外の風に当たってきて構いませんか?先に、両親の眠っている場所を訪ねたいんです」
シェリーの希望は、家族思いのトヌンプェ族らを納得させた。
彼らに建前の謝意を表して、シェリーは翡翠を連れて屋敷を出た。
移動基地の脇に戻ると、翡翠が辺りを見回して、耐えかねた顔で口を開いた。
路地にひとけはなかった。彼女なりに言葉は選んでいるようだが、その本音は、彼女が余儀なくされてきた悲惨な日々を裏付けている。
「私達、あいつらにとって家畜も同じなんだ。何よ、移民プログラムって!そんなわけの分からないもののために、地球は二度も滅ぼされかけている……!」
移民プログラム。
それが、悪魔と呼ばれているものの正体だった。
先史時代、この地に漂着したトヌンプェ族らは、移民プログラムと名付けた装置で資源を集めた。宇宙船に搭載したそれは、当時の地球環境に適応しなかったが、千年前、目覚めた彼らはその悪魔を再起動した。かつての問題箇所に修正を加えて、今度こそ星を生かしながら、徐々に収集することに成功したのだ。
エネルギー資源をかき集めているロボット達は、移民プログラムの補助役だ。あれらの得た戦利品が、この村のどこかにある本体に回収されて、トヌンプェ族らの肥やしになる。
彼らは、故郷の代替も、既に宇宙のどこかに確保している。彼らが地球に居着いているのは、大半が資源調達のためで、新天地にも戦利品を輸送している。
「新たな星に移り住んでいたなんて、盲点だった……。過剰な進歩で自滅を経験した彼らは、今度滅びても捨てるつもりで、懲りずに科学を極めてきたのね」
移民プログラムさえ持ち運べば、星から星へ、彼らは移住を繰り返せる。先住民らが残滓ほどになった資源を巡って争おうと、知ったことではないのだろう。
震える翡翠を宥めながら、シェリーは会席での会話を振り返る。
村長達の話の中に、手がかりはなかっただろうか。移民プログラムが今どこにあるか。永久に再起動しないよう、止めるための手段はあるか。
「ショウとレンツォの探している財宝。……もしかして、それが悪魔?」
「移民プログラムが、財宝だったってこと?」
可能性としてあり得る。
ここにいるトヌンプェ族達にとって、移民プログラムこそ、消失すれば全て終わる。
「翡翠。墓地から戻ったら、村長の厚意を利用するわ。本人に案内させて、ハッキングを仕掛ける」
「……!そっか。ハッキングプログラムがあれば……!」
扱いこなせばあらゆるコンピューターに干渉出来るとされているそれは、トヌンプェ族らが、何かしらの危機に備えて用意したのだろう。それこそ移民プログラムを持ち込んだ星が、かつての地球の二の舞を踏みかけたとして、急遽、暴走の阻止も可能だ。
「やはりな、腹に一物あったわけだ」
青年の高い声がした。
心臓の飛び出る思いがしながら、シェリーは声の出どころを探る。
皮肉な顔つきの青年が、移動基地に片手をついて立っていた。
またぞろセキュリティシステムが作動していない。トヌンプェ族らが内蔵している精密機器によるバリアの無効化は、西に入る前、対処しておいたのにだ。
青年は、さっきの昼食の席で、寡黙に箸を進めていたトヌンプェ族だ。
彼の声を、シェリーは初めてはっきり聞いた。
「人間さんよぉ。サジドの友達っていうのも、嘘だろ?」
釈明が思いつかない。
移民プログラムの実態が掴めるまで、彼らと敵対するわけにいかない。だが、翡翠との会話は彼の耳に入ってしまった。
バキューーン!!
「あだっ!」
翡翠の放った銃弾が、青年の肩を掠めた。破れた肩口に滲む鮮やかな赤に片手を覆って、彼が何かぶつぶつ呟く。
どこからかロボット達が集ってきた。中部まではよく見かけた光景だ。彼が何か指示すると、鋳鉄色のそれらが地面を滑って、シェリー達に近付いてきた。
「翡翠っ!」
シェリーは、翡翠の腕を引いて移動基地に駆け出す。扉に手を伸ばした瞬間、指先が電流に悲鳴を上げた。
取っ手付近に、翡翠が銃口を近付ける。
ビリリッ……
「っ……?!」
移動基地のセキュリティシステムが、どこからか変更指示を受けている。本来、除外者のシェリー達が電気バリアの発動対象となっていて、トヌンプェ族の彼が触れても、さっき何も起きなかった。
シェリーは、耳の尖った青年に振り向く。
高みの見物でもしている様子で、彼がひょいと塀に飛び乗る。
「ハッキングプログラムは、こうやって使うものなんですよ、人間さん。巧く細工していたつもりだろうが、所詮、お前達の科学は僕らの模倣。書き換えられて、当然だ」
「っ……」
翡翠がシェリーに腕を絡めて、青年に二度目の発砲をした。
彼女に迫ったロボット達に、シェリーはレーザーガンを放つ。
ズシュンッ!バンッ!……バンッバンッ!!
翡翠のケアや、墓参りは後回しだ。
シェリーは、通信機に呼びかける。
「モモカっ!!」
輝真かショウ達に繋がれば、彼女に声は届くだろう。彼女が呼べれば、遠隔で移動基地を元に戻せる。