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彼らの欲望が招いたもの


 翌朝。


 シェリー達は、昨夜の家の軒先で、ヤナや鈴らと落ち合った。


 移動基地に戻った時、空は白みかけていた。シェリー達がシャワーを浴びるのも億劫だったのに引き替え、旧知の四人はほとんど寝ないで昔話に花を咲かせていたらしい。そうしたことも聞かなければ分からないほど、彼らの顔はすっきりしている。



 明るい空の覆った土地は、豊かな自然と鉄筋コンクリートの建物が混在している。


 シェリー達は、サジドに村役場への案内を頼んだ。


 そこに、彼の叔父──…つまりトヌンプェを統べる人物が暮らしている。

 翡翠の叔父に襲撃の後処理にかかる費用の支援を約束したヤナと、恋人の親族らに久し振りに会いたいという鈴も、同行したいと言い出した。


 西の村には、地球人も暮らしている。ただし彼らのここでの立場はまだ危うく、シェリー達も気をゆるめないよう、サジドが注意を促してきた。



 シェリー達は移動基地に戻って、四人を乗せた車のあとに続く。


 初めての土地を巡視しながら、彼らとは通信機を繋ぐ。



 そうして当たり障りのない世間話を交わしていた一同は、これまでにも幾度となく議論してきた問題に、今また向き合う。


 人間とトヌンプェ族に、共存の未来は望めないのか。


 そのことについて、サジドも彼なりの見解を持っていた。



『星には許容量があって、行き過ぎた文明の発展、人口増加は、過剰負担を招きます。快適な生活の追求のあまり、自然を蔑ろにすれば、水や大気の汚染が進む。住人が数を増すほど、秩序は乱れやすくなる。人口が著しく減少したこの千年、トヌンプェ族も人間も、実は死因の三割が事故やアレルギーでした』



 史上最長の戦争を経て、トヌンプェ族らは、いっそう人間との共存を避ける方針を固めた。

 あの戦争自体、彼らによる資源の収集が起因する。リナ・ミーチェの覚醒させたトヌンプェ族らは、遥か昔に滅んだ故郷に代わる新天地を必要とした。そうして、知らないところで生きるために必要なものを奪われていた地球人らは、手を取り合うどころか、地域と地域、国と国で、互いに略奪するようになった。


 これが、オーバーフローした星の末路か──…。


 トヌンプェ族らは、既視感を覚えた。先祖達の放り出してきた彼らの故郷が、地球の惨状に重なったのだ。


 だからと言って、正面衝突は避けた。彼らには地球人らに優る文明があった。消耗戦に持ち込むより、時間をかけて、この星を手に入れようと目論んだのだ。



「…………」



 サジドの話は、シェリーにも心当たりがある。


 かつて暮らした時代も、地球人だけで溢れていた。もちろん過疎地域もあったが、町は何となくごちゃごちゃして、過密になるほど、人々の気も立ちやすかった。情報社会への過渡期でもあった。順応出来なければ生きにくくなり、インターネット上で第三者の目に過敏になる若者達も増えていた。利便性の向上は、息苦しさを伴ってもいた。



『口外は禁じられています。それに、あまり僕らに深入りされては、本当に西を出られなくなります。しかし先祖達は、科学で神をも超えようとしました。彼らの過ち、受けた報いを、僕達はいずれ繰り返すんじゃないかと……』



 シェリーは、言葉を失くしていた。


 科学が、彼らの星を死に追い込んだ。滅びへの抵抗が、却って彼らの首を絞めた。そして彼らは、偶然にも目についた青い星から、資源を調達しようとした。


 彼らは、まず隕石衝突を自演して、密かにこの地に漂着した。その痕跡が、リナ・ミーチェ達の調査していたインパクト・クレーターだ。ある程度の資源が集まれば、故郷に持ち帰る算段だった。ところが、宇宙船は地球の気圧に耐えられなかった。トヌンプェとの気温差もあって、システムは暴走、彼らは意図せず地球上のエネルギー資源を根こそぎ奪う羽目になった。



「もしかして、それが……」


『ビッグバンの発端です』



 そうして星ひとつ滅ぼした彼らは、最後の力を振り絞って、生命維持装置を完成させた。宇宙船は修復出来たが、地球を出られるだけの燃料が、そこには残っていなかった。やむなく彼らは長い眠りに就いて、助けを待つことにした。



 シェリーは、信じてきたものが目の前で崩れ去る感覚に目眩を覚える。


 科学が人々の未来を照らすという考えは、間違っていたのか。目先の状況に囚われて、何か見失ってきたのではないか。


 神の定めた運命を、科学は捻じ曲げてきたのではないか。



「悪いことばかりじゃないっすよ、姉御」



 ショウの声が、シェリーを我に返らせた。


 あまり考え込みすぎるな、と言う彼の隣で、レンツォとモモカが頷いている。



「分かってるわ、……」



 化学に精通してきたシェリーには、守れたものもあった。積み重ねてきたものまで否定すれば、生きた意味を今度こそ失う。この志のために、両親との時間を蔑ろにした時期さえあったのに。



「そうだ、近くに墓地はある?」



 つと思い立って、シェリーは通信機に話しかけた。


 ヤナの声が応答してきた。



『役場近くの、森の小川の先のこと?戦争中、ある徳の高い僧侶が、爆撃を受けた全国のお墓から納骨されていた魂を集めてきて、弔ったとか。以後、その墓地は戦禍に巻き込まれないで、西じゃ聖地になってるよ』



 東部にいた両親が、どんな事情で西に眠るに至ったか。


 ようやく得られた納得のいく回答に、シェリーは鼻の奥がつんとしみた。


 不思議なこともあるものだ。人智を超えたものなど信じないとさんざん言っておきながら、ヤナの話が事実なら、両親はシェリーの目覚めを待ってくれていたのではないかという気さえする。あの世で、いつまでも訪ねてこない娘に痺れを切らせて、翡翠という旅の提案者を引き合わせてまで。…………



 よくある村の風景が、連綿と続いている。


 シェリー達は初めての土地を中継モニターから眺めて、都度、サジドやヤナに疑問を向けた。



 やがて前方を走っていた車が停まった。石造りの塀が囲った城とも呼べる建物の脇で、シェリー達も移動基地を降りる。


 サジドら四人の門番達との打ち解けようから、ここに、彼らの頂点に立つトヌンプェ族がいるのだろう。



 無言の緊張感が、シェリー達の表情を引き締める。この向こうで、和気藹々と、彼らと親交を深める光景は目に浮かばない。


 西の悪魔がこの先にいる。


 ロボット達をばら撒いて、資源だけでなく、時に人命までもてあそんできた、西の悪魔が。


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