数分遅れて、トヌンプェ族の二人組がオートバイを降りてきた。
鋳鉄色の群れを照らしたヘッドライトが、夜闇に紛れた一軒家を明確にする。
間違いなかったようだ。ここが、目指してきた到着地──…。
ケタケタケタケタ。
行く手を阻んだロボット達が、歯を鳴らす。
整列した無数の機体は、さしずめ番犬だ。侵入者を威嚇して、役目に忠実であろうと努める姿に重なる。いや、それらは、ただプログラムに従っているだけ。獣ならある生気もない。
群れを外れた一体が、シェリー達に向かってきた。
輝真の盾が打ち払う。
別の個体が、仲間に倣って滑走し出す。
バキューーン!!
ズドン!!バンッ、バキュン!!
各自の銃がロボット達を迎え撃つ。
鋳鉄色の守備隊は、呆気ない。凶暴性も感じなければ、二、三発の命中で、動かなくなる。道中にいた野生の方が、ひと癖も二癖もあった。
「ったく、しかし数だけは一人前だ!」
「シェリー、資源の無駄だよ!ハッキング出来ない?!」
手を休めず舌打ちしたショウに並んで、ロボットを狙いながら翡翠がシェリーに振り向いた。
全くもって同感だ。
悪魔の手下をガラクタにする度、シェリーは胸を痛めてきた。当初は資源の激減と聞いてもピンとこなかったところもあるが、旅を通して、ロスがどれだけ惜しむべきかを痛感するようになった。
もっとも、躊躇って隙を突かれては、元も子もない。
今また至近に迫った二体に盾を向けて、レーザーガンで射撃しながら、シェリーはモモカに分解システムの稼働を指示した。
「ハッキングは機体の損傷を抑えられる!けれど時間がないわ、お願い!」
「はいなのです!」
パンダのおもちゃが、ステップを踏んで移動基地へ向かう。彼女の背中が早くも勝利を確信している。
彼女がエントランスの扉に消えてまもなく、周囲一帯のロボット達が、フレーク状に崩れていった。
オートバイのヘッドライトが鉄の薄片に反射して、夜空の星を掴み取ってきたように、足元を彩る。
ややあって、予備の銃を友人に返却したヤナが、一軒家に駆け出した。
東や中部では絶滅しかけていた、基盤のしっかりした家だ。夜闇に目が慣れてくると、ここでは珍しくないと分かった。あちこちに見られる。
ヤナがインターホンを押すと、少女が顔を覗かせた。彼女と同世代と思しき少女は、友人の肩越しに外を見ると一瞬気まずそうにしたが、計らずも溢れ出たような笑顔になった。
「長旅お疲れ様、ヤナ!本当に来てくれたのね?お友達の皆さんも……!」
トヌンプェ族の少女の両手を強く握ってはしゃぐ彼女は、人間だ。
ひと目で彼女が行方不明の令嬢だと分かったのは、シェリー達が、それだけヤナ達から彼女の情報を仕入れていたからか。
親友と再会した鈴は、連絡を受けてから、寝ないで彼女を待っていたらしい。大勢で押しかけるから、驚かないでくれ。そうとも伝えていたヤナのお陰で、シェリー達もすみやかに招き入れられた。
「ロボットが面倒をおかけして、すみません。この辺りはよそから来る方が多くて、警備を義務付けられていまして」
「しかも鈴の彼氏は、村長の甥だもんね。未来のお嫁さんとして、責任重大よね?」
玄関の框に人数分のスリッパを下ろす友人を、ヤナが冷やかす。
初恋を覚えたばかりの少女のようにはにかむ親友に向く彼女の顔に、シェリーは既視感を覚える。
翡翠を見る時の自分も、彼女くらい穏やかな目になるのだろうか。
* * * * * *
世界の最も西に到達したシェリーは、目覚めて初めて、人間が生きるに相応しい環境を目の当たりにした気がする。
こうも安穏とした場所が、まだあったのか。
鈴と暮らしている青年は、サジドと名乗った。耳をいじっていない彼は、幼馴染を訪ねた先で鈴に出逢って、彼女と親交を深めていった。
シェリー達の聞いていた通りだ。鈴は、彼女の意志で実家を出てきた。かつてここも戦場だっただろうに、彼女らの暮らしが東や中部とあまりに違っているのは、想像に難くない。広い部屋でのんびり構えて、明日のテレビの録画予約をしたりしている。
世間がこの土地をどんな目で見ているか、二人は知っているのか。
もちろん、両親の彼らへの先入観が、鈴に実家を見限らせた。彼女が件の問題を放棄しているはずなかった。
「本人の判断次第ではありませんか。トヌンプェの人達は、確かにこれまでの歴史を見ても、思いきった行動をとらざるを得ない事態に直面してきました。しかし、例えばある国の習慣がとんでもないものだとして、例外の民族はいくらでもいます」
鈴は続ける。
ここに揃った自分達を見ても、行動や思考の一致しているペアはいるか。これだけ仲の良いヤナとも一度や二度は意見を衝突させたし、もとより自分は両親と絶交状態だ。
そんな風に話す鈴に、シェリーは一つ案を出す。
「相手をどう思っているか、離れて気付くこともある。ご両親は、鈴さんに会いたがっていらっしゃいました。あなたに向き合わなかったこと、少しは悔いていらしたのではと」
もう一度話し合わないかと勧めるシェリーに、鈴が露骨に疲弊を示す。
「そう単純にはいきません。うちは古い家で、私がトヌンプェの皆さんと……いいえ、彼らが名家と認める以外の人達と親交を持てば、一族の体裁に関わります。彼らが慎重になるのも分かるんです」
翡翠が納得の表情を浮かべた。
元々、叔父の勧めで鈴と会うことになっていた彼女にも、思い当たる節があるのだろう。
「皆さん」
サジドが顔を引き締めた。彼が鈴の肩を抱いて、シェリー達に視線を巡らす。
「僕達は、鈴のご両親を悲しませた以外、悪いことはしていません。真剣に将来を考えています。今度こそ会えなくなるリスクを冒してまで、話し合わなければいけませんか?」
中部で、それだけのことがあったのか。
今に何かの糸が切れてしまいそうな鈴の顔が、俯いた。
「逃げてきて、幸せです。彼女に親不孝をさせた分、精一杯、もっと幸せになれるよう努力します」
サジドの迷いない物言いが、シェリーの気を呑む。何が最善か分からなくなる。
両親に愛を返せないまま、自分は彼らに会えなくなった。同じ後悔に打ちのめされる人間を一人でも増やしたくない一心でいたが、あれは、広い世界のごく片隅で、シェリーが経験した悲しみに過ぎない。同じ人間がいないように、感情にも個人差がある。
何においても正解があるなら、とっくに誰もが模範通りに選択していた。