翡翠達に配達員の監視とロボット達の時間稼ぎを任せて、シェリーはモモカと移動基地に戻った。
配達員のシェリー達への干渉は、過剰だ。
さりとて悪意もない人間相手に敵意も向けられず、シェリーは彼の通信機をハッキングすることにした。あそこに強制アクセスして、ロボット達の動きを止める。
シェリーは、さっきダークウェブにアクセスしたのと同じ要領で、近くの通信回線を検索した。すると、配達員のものと思しきものがすぐ見付かった。そこに侵入するためのプログラムを打ち込んでいく。
「せっかく心配してくれてるのに、こんなに簡単にやっちゃっていいのです?」
楽しげなモモカの言葉つき。
彼女は、シェリー達の圧勝を確信している。
「時間をかけてる場合じゃないし……」
シェリーは、モモカの触り心地の良い毛並みに手のひらを置く。
長引かせれば、それこそ翡翠達が、善意ある人間の所持しているロボットらを壊しかねない。
モモカが納得したところで、シェリーは配達員の通信機のSIM情報をコンピューター画面に映し出した。
そこからの作業は、ボタン一つだ。単純な遠隔操作。
念のため一定期間はロボット達が起動しないようロックをかけると、シェリーは彼らのいる外へ戻った。
「お待たせ」
「何をしたのだ?!動かないが……?!」
拘束を解かれた配達員が、自身の通信機に同じ操作を繰り返している。
シェリーは、ただコンピューターをいじったとだけ説明する。
本当に心配している。赤の他人でも、悪魔に人生をかき回される人間を増やしたくないのだと訴える彼に、シェリーは詫びる。
「気持ちは嬉しいけれど、私達のせいで、あなたの夢見が悪くなることはありません。何故なら、必ず悪魔を止めてくるから」
ともすれば自身の武芸でも披露した後のような得意げな顔で、ショウが前に進み出た。
「西へ行っても、あんな風にパーッとやつらを止めてくれるぞ。胸熱じゃね?」
ガラの悪い青年の軽い調子に、配達員が顔をしかめた。だが、何も言っても無駄だと判断したのか──…警告をやめて、彼はトラックに引き返した。疲れた配達員の顔に戻って、中部への帰路に就いた彼。
シェリー達も移動基地に乗り込んで、残すところ僅かな旅路に就いた。
配達員との遭遇以降、ロボット一体も見かけなくなった。
日はとっくに暮れていた。
ヤナ達に連絡を入れたシェリーは、彼女らから友人の家に着かない限りは野宿も出来ないと応答を受けて、今夜中に目的地に到着しようと互いの意思を確認した。
「やつら、オートバイだからな。トヌンプェ族もバケモンじゃないってわけか」
「ヤナさん達が異例なのかも。ロボットも使わないようだし」
実際、シェリーがこれまで遭遇してきたトヌンプェ族らを振り返っても、ロボットを起動さえしなければ、彼らの半数以上が丸腰の人間同様だった。今日までのんびり暮らしていたヤナなどは、こんな森林で野犬に遭遇でもすれば、どうしようもないかも知れない。
シェリーと翡翠も操縦室を出て、最後の旅路の光景を、目に焼きつけることにした。
このリビングで、馴染みの顔触れが揃うのも、あと何度くらいだろう。
輝真達にも将来がある。
西からの帰路で最後になるのか。
「本当に有り難うな、姉御」
「有り難うございます。それに、皆さんも」
改まったショウとレンツォに、気持ち悪いよ、と翡翠が言った。
「やんちゃなショウ達らしくない。それに、最後みたいでいやだよ」
「だが、こうして全員集まるのは、……仕方ねぇよ。同窓会でもしない限りな」
「…………」
やはり輝真も、シェリー達との二度目の旅は、視野にないらしい。
寂しげな顔を見せた翡翠の肩を抱いて、シェリーも彼らを見回した。
「同窓会、しようよ」
搭乗員らの気持ちも構わず進み続ける移動基地のモニターが、旅路も残すところ本当に僅かだと知らせていた。
それに抗うようにして、シェリーは続ける。
「この世界に目覚めて、こんなに大切な友達が出来た。一生付き合いたいと思うの。ダメ?」
「姉御ぉ……」
真っ先に顔を歪めたのはショウだ。彼自身の腕に顔を埋めて、二度も三度も頷く。
「絶対っすよ!勉強も、教えてもらう約束したじゃないっすか。帰ったら特訓して下さいよぉ」
「……シェリーさん。俺とも、その……」
輝真にしてはぼそぼそした声が、元盗賊の青年達の近くで、ぶっきらぼうに話し始めた。
「継いでミラノさんと結婚したら、うちの野菜、翡翠さんと食べに来てくれ」
彼の将来像も、明確だ。
数ヶ月後には、シェリーも本当にその未来にいる気がする。
最近、シェリーは平凡な日々に憧れている。十代の頃は、両親に楽をさせたい、上流層の人間達を見返したい、そうした野望にがむしゃらで、些細な喜びを見過ごしていた。途方もなく長い眠りから覚めて、翡翠と過ごして、彼女の他にも仲間が出来た。
人と人との繋がりは、どんな大志をいだくより、シンプルだ。シンプルでも、たった一人では手に入らない。それでいて、誰もが手にするチャンスを持つ。
地位や名誉、財産は、幸福に結びつくと限らない。一方で、家族や友達、恋人、仲間は、少なくともシェリーを満たしてきた。彼らを守れる変わり映えしない日々こそ得難い。当たり前の日常ほど、当たり前ではないのだと、この世界はシェリーに教えた。
キキーーー。
移動基地が止まった。
中継モニターに目を遣った途端、シェリーは慄きそうになった。
夜闇に染まった木々だと錯覚していた黒い影が、全て、鋳鉄色の機体だった。
「こんな夜に……ご挨拶なこった」
輝真に続いて、シェリーも盾と銃を構える。
西の悪魔の配下──…ロボットの群れが、移動基地に舌なめずりしているようだ。