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配達員の妨害


 翡翠も輝真も戻ってきた。


 今回も操縦室に付いてきた彼女の、やはりシューティングゲームでもしているみたいに慣れた具合にロボット達を撃破している後ろ姿が、シェリーの胸を熱くしていた。



「えいっ!えいっ!」



 ダーン……ズゴォォォン……!!



 中継モニターに出現したロボット達が、またぞろ見るも無惨な鉄屑になった。


 シェリーは、インターネットの深層部にアクセスしていた。


 さっきの村でトヌンプェ族らをハッキングした暗号は、ウェブ上のセキュリティ解除にも応用出来た。彼らにのみ閲覧可能なサーバーには、遠い異星伝来の歴史や文化、そして、彼らの目線による直近の時事なども記録してある。


 ただし、シェリーが最も知ろうとしている件については、どこのウェブページにも見付からない。



「モモカ、移民プログラム……って、何のことか分かる?」



 それは、移動基地の燃料を根こそぎ持ち出していった、トヌンプェ族の二人組が精密機器に内蔵していたプログラムだ。


 ヤナ達も聞いたことがないというそれが、シェリーは妙に引っかかる。



「ただ燃料を収集するだけ?それとも、パーソナルマイクロチップのように、恐ろしい威力を持つのか……」



 地球は、知らず知らずにトヌンプェに蝕まれていた。百三十億年以上もの時をかけて、彼らはここに居住して、シェリー達が全く知らないところで根を張ってきたのである。


 そんな彼らがどこを目指して、何を行おうとしているのか。



「踊らされてるのかな……私達」



 翡翠が振り返ってきた。



「得体の知れない悪魔。神様や悪魔がどう違うかも、私達は分かってないんだ。もしかすれば、こうしてシェリーや私が西へ向かっているのも、やつらの思惑通りだったら……悔しいな」



 空恐ろしいと言わんばかりに、翡翠が腕を抱えた。


 シェリーは、彼女に相槌を打つ。それでも旅を続ける以外に選択肢がないことも、わざわざ確かめ合うまでもない。



「翡翠、そろそろ──…」



 休憩しようか、とシェリーがコンピューターを閉じた時、移動基地が急停車した。その揺れにバランスを崩したモモカが、シェリーに慌てて縋りつく。


 モニターの中で、銃を構えた男性が、前方に立ちはだかっていた。


* * * * * *


シェリーと翡翠が外に降りると、男性は配達員だと分かった。


 彼は、銃を下ろした。


 さっきの害意は、そうでもしなければ移動基地を止められなさそうだったからだという。西への対向車を見かけた彼は、いてもたってもいられなくなった。



「引き返せ。あんなとこ、行くもんじゃない!」



 今や聞き飽きた警告に、シェリーはまず礼を述べた。そして、旅を断念出来ないとも続ける。


 このためだけに、彼はトラックを出てきたらしい。

 今日も彼は、昼間、西へ荷物を届けてきた。いつでも不気味で物騒な村は、仕事だけ済ませてとんぼ返りしても、しばらく気分が悪くなる。そして、夜も眠れなくなるほど心が壊れかかるらしい。



「そんな辛い思いをしてまで、何でこの仕事をしているの?」



 翡翠の問いに、配達員が深いため息をついた。



「辞めたら、やつらに消されるからだ」


「何で?」


「…………」



 配達員は、今度は何も答えなかった。


 それすら口止めされているのかも知れない。


 シェリーは一つ、仮説を立てる。


 西へ行って帰還した人間はいないと聞いている。だのに目前の配達員は、中部と西を行き来している。つまり何度も、生きて西を出てきているのだ。


 彼は、既に悪魔達の監視下にいるのではないか。運搬業者は悪魔達にも必要で、だからと言って、内情を他言されても具合が悪い。そこで、悪魔──…つまりトヌンプェ族らは、定期的に配達員を呼びつけて、秘密を漏洩していないか調べて尽くしているのだろう。


 だとすれば、彼はおそらく、シェリー達が何を訊いても、西への旅をやめろとしか言ってこない。


 シェリーは、翡翠に詰問を撤回させた。


 おそらく、吐かせれば彼が損失を被る。



「西のことを知る人間はいない。つまり、そういう法律か何かだわ」


「違反になると?」


「そうよね、配達員さん?」



 シェリーが彼に顔を向けると、正解だと返ってきた。



「あの地へ行けば、元の生活には戻れない。姉さん達、若過ぎるよ」



 …──人生を粗末するな。



 配達員の諦念に打ちひしがれた顔が、暗に示唆した。



「忠告は感謝するわ。だけど、……」


「あそこには、彼女の両親のお墓もあるの!通して!」



 どうあっても、シェリー達は折れない。


 そう、配達員も判断したのか。


 彼の目つきが変わった。人の良さそうな顔かたちはそのままに、よく見ると彼の顔つきは限界を迎えた人間に顕れがちな陰気さもあって、悲観的な目をトラックに向けた彼は、その荷台に銃口を向けた。


 耳をつんざくような銃声が、暗い森林に響き渡った。



 カサカサカサカサ……



 キュルンンン……ウィィィイイイン……



 無音だった荷台から、ロボット達が雪崩出てきた。


 配達員が通信機を操作したのをトリガーに、それらがシェリー達に襲いかかる。


 モモカと輝真、ショウとレンツォが移動基地を降りてきた。


 中継モニターから様子を伺っていた彼女らが、配達員から銃を奪った。遭遇する旅人達に警告してきたのだろう彼は、戦い慣れしていない。従って、互いに傷を深める前に、勝敗を決めることは容易かった。


 あとは、ロボット達だ。


 輝真曰く、配達員の従わせているロボット達は、地球由来のものらしい。彼に操作させれば停止出来るということだ。


 だが、配達員は拒んだ。



「どうしても西へ行きたいのだろう?なら、見せてみろ……悪魔の地で、お前達にくたばらないだけの器量があるかを!」


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