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西へ……


「ヤナさんを知っているのか?」



 リーダー格の男性の問いに、シェリー達は頷いた。


 彼が目をつけたのは、ハンカチだ。さっき翡翠が銃弾を補充した時、爪に引っかかって、またポケットをはみ出たのだ。


 経緯を知ると、彼らの態度が一変した。シェリー達に友好的な姿勢を見せて、ロボットらを撤収させると、彼らは他のトヌンプェ族にも、休戦するよう通達した。



 攻撃が止むと、翡翠は村長室へ向かった。


 輝真を彼女の護衛に付けて、シェリーはモモカとひと足先に屋敷へ戻る。


 ヤナに会いたいという青年が、シェリー達に同行した。気さくな彼女は眷属間でも顔が広く、彼も多くの友人達の一人だという。



「ハンカチ一枚でよく分かったですね」



 モモカが他愛もなく呟くと、青年ものんびりした調子で答えた。



「その刺繍は、ヤナさんが刺したものですから。他のと間違うはずありません」



 確かに、細いリボンで花が作られた刺繍など、この時代では珍しい。短絡的と敬遠されがちなトヌンプェ族がこんなものを持ち歩いているのも意外だが、あのヤナの隠れた特技にも驚く。





 隣村との境界にある屋敷では、全員が疲れきってきた。ヤナまで、シェリー達を見た途端、ここでの修羅場がどれほどのものだったかをぼやいてきた。


 収束をいち早く知っていたショウ達から労いを受けて、シェリーがさっきの青年を招き入れると、ヤナの顔が明るくなった。主人の紳士は彼に黒目を動かすと、またぞろ得体の知れない第三者の参入に、顔をしかめた。



「ヤナさん……!」



 再会を喜び合う友人同士の脇を通って、シェリーはショウ達の横に腰を下ろす。


 ここでの一部終始を振り返り始めた彼らによると、酷い夫婦喧嘩だったらしい。


 すぐ近くでは、ヤナが青年の格好を指摘して、目を吊り上げている。また村を襲ったのか、不毛な戦いはやめろと前にも言ったのに。そんな彼女の小言など、ショウ達からすれば、まごころさえ感じるという。



 全員が状況を把握したところで、紳士が膝に手をついた。座ったまま頭を低くして、彼が一同を見回す。



「鈴を連れ戻してくれ!」



 誰もが返答を躊躇った。


 どこか独善的な紳士の言いようが、シェリー達にはしっくりこなかったのだ。



「連れて帰ります」



 沈黙を破ったのは、シェリーだ。縋るような目つきを向けてきた紳士に続ける。



「お父様達のお気持ちは、鈴さんにお伝えするべきです。しかし、彼女のお話も聞いてあげてくれませんか?」


「……あいつは、まだ子供だ」


「押さえつけるだけでは、成長出来なくて当然です。彼女の言葉を受け止めて、それに対してご意見を仰れば、鈴さんに届くと思われませんか?」



 両親との会話を疎かにして、どれだけ後悔したことか。


 シェリーは、まだ未来のある鈴ら家族に、同じ思いをさせたくない。



「私からもお願いします」



 ヤナが、紳士に視線を移した。


 やはり人間らしい顔で親友の親に頭を下げた彼女は、悪ふざけが過ぎた謝罪もしたいと続けた。


* * * * * *


 村役場に翡翠を迎えに行ったシェリー達は、村長と鉢合わせた。


 彼も疲れきっている。姪にどんな説教を受けたのか。彼は、経理担当者達と見られる職員らを集めて頭を抱えていたが、彼女の友人らの来訪を知ると、小会議を中断した。



「この度はうちの眷属がお騒がせして、申し訳ありませんでした」



 村長に、ヤナが丁重に頭を下げた。隣の友人を瞥見して、彼女が続ける。



「彼も反省しています。村役場や工場の修繕は、友人に相談して、費用の協力を検討させます」



 初老の男性が、にわかに疑念の気色を見せた。


 無理もない。中部にいたルネのかつての親友も、故郷の不利に繋がる理想を唱えていただけで、眷属達に見捨てられた。


 ヤナにどんな人脈があって、事後処理するのか。



 数秒置いて、彼女自身から回答があった。



「幼馴染に、私達の村長の血縁者がいますから。彼は人間を愛しています。愛した彼女の出身の村がこんな目に遭ったと知れば、親身になってくれるでしょう」



 シェリーは、翡翠と顔を見合わせた。彼女も瞠目しているのは、シェリーと同じ憶測に行き着いたからか。


 ヤナの言葉をそのまま解釈すれば、鈴は、トヌンプェの中心人物と親しいということだ。そして、ついに西の悪魔が彼らで間違いないとも確信出来た。


 あれだけ強欲だった翡翠の叔父が、彼なら食いつくはずの申し出に、ただ静かに相好を崩した。そこにいるのはわしらの姪だ、無事に西から帰してくれ。そう言って彼女に頭を下げると、彼は翡翠をもう一度見た。



「こんなに気の強い姪だったとはな。どこへでも行くが良い」


「帰ってきても、叔父さん達とは暮らさないよ。だから、無茶しないで元気でね」



 それは、翡翠なりの親愛だ。


 シェリー達にも声をかけていく村長に、彼女は最後まで名残惜しげな顔を見せて、村役場に背中を向けた。


 民家の窓から、村人達が顔を出して、外の様子を伺っていた。まだ警戒している彼らも、じきにニュースで事態の収束を知るだろう。



 移動基地の前まで来ると、ヤナと青年が、旅路は別行動を取りたいと言い出した。



「ほとんどのトヌンプェ族の体内には、地上のエネルギー資源をかき集めるようプログラムされた精密機器が埋め込まれています。普段、私はオプションの通信機を使うくらいですが、誤作動してはいけませんから」



 あの屋敷で令嬢を気取っていたのが嘘のように、地に足の着いた少女に戻ったヤナに、ショウとレンツォがオートバイを使えばどうかと提案した。ちょうど二台ある彼らの愛機を、彼女の知人の青年にも貸し出したいと、二人が続ける。


 合流場所を確認して、連絡先を交換すると、シェリー達は旅路に就いたヤナ達を見送った。


 緊張した空気感が、一同の気を引き締める。



「いよいよだな……」



 決戦を目前にした英雄のような顔つきの輝真に頷いて、シェリーは移動基地の扉を開けた。


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