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人間を愛したトヌンプェ族達


 屋敷の主人と奥方は、娘が物心つく頃、既に互いを疎んでいた。


 娘は何不自由なく暮らしていた。だが目も合わせない両親の、声の温もりも忘れていた。


 ヤナという名の少女が、彼女の孤独を慰めた。


 仕事や配偶者の批判に熱心な両親は、娘の些細な話も聞かない。だがヤナは、彼女の何でも知りたがった。それは、彼女に血の繋がりを超えた絆に気付かせた。


 鈴とヤナが仲を深めていったように、サジドも彼女を気に入って、彼女も彼に惹かれていった。


 人間の鈴と遠い宇宙の彼方を故郷とするサジドは、互いが何者であるかより先に、運命的な何かを感じた。ヤナと親しかった二人は、友人が信頼を寄せる人物なら、出自がどうあれ理解し合えると確信していたのだ。


 厳格な両親が一人娘の初恋を反対したのは、彼らにとって、彼女がいつまでも幼かったからだ。


 彼らは娘にサジドと別れるよう命じた。



「そして、お父様。あなたは鈴さんにヤナさんとまで別れるよう、奥様とともに説得して……険悪になったんですね」



 シェリーは、客間に連れてきたヤナの話を反芻して、鈴の父親に確認した。


 酸いも甘いも噛み分けた、初老の人間にありがちな皺を深めた彼の沈黙が、今の話を肯定していた。



「情けなくて涙も出ません」



 突然、凛とした声が差し込んできた。


 シェリー達が振り向くと、目鼻立ちのはっきりした婦人が、毅然と配偶者を見つめていた。洗練された身なりからして、この屋敷では、彼と同じ立場にある人間と分かる。



「お母様」


「トヌンプェの分際が……その呼び方をするなっ!」



 婦人が、ヤナに汚いものでも見る目を向けた。彼女は顔も知らない来客達に目もくれないで、紳士の正面に進み出た。



「鈴がこんな子達と付き合うようになったのは、あなたが彼女をふらふらさせていたからです」


「娘の教育はお前に任せていただろう」


「こんなに頑張ってきたのに……私を追いつめないで!」



 夫婦の主張は、こうだ。


 仕事は一人前に出来ても、人間として出来損ない。そんなお前に子育てなど出来なかったのだ、使用人に任せてばかりいたくせに──…両者、一歩も引かない口論は、つまり人間性から嫌悪し合っているのだと、彼らとは初対面のシェリーにまでよく伝わる。


 こんな夫婦の間に生まれた子供は、どんな思いで生きるのだろう。

 子供本人からすれば、相性最悪の他人同士が、苦痛に耐えて同居している状況だ。愛のない男女の間に産み落とされたという事実は、ひょっとすれば、自身の人生を否定された疑心に陥るかも知れない。



「ここは自分の生まれてくる場所じゃなかったんじゃないか。出逢った時、鈴は私によく話していました」



 シェリーの胸裏を見透かしでもしたタイミングで、ヤナが夫婦に話しかけた。



「そんな彼女を見ているのが辛かった。お父様、お母様……実際に仲違いされるお姿を見て、納得しました。でも彼女は愛することに希望を持った。サジドが彼女に、生まれてきてくれて有り難う、と言ったんです。どれだけ彼女が救われたか」



 親友を想うヤナの人間らしさに、シェリーは戸惑う。耳を整形していなくても、彼女になら騙されてさえいたのではないか。


 ただし、紳士と婦人も切実だ。



「トヌンプェの異星人め!娘を返せ……自衛隊に突き出すぞ!」


「鈴を返して……!どんなことでもするわ、西なんて危ない場所から、あの子を返して!」



 顔を真っ赤にして怒鳴る紳士。婦人の方も、気の強そうな顔を歪めて、ヤナの足元に跪いた。






 屋敷に長年仕えてきた使用人達が、ヤナと彼らの話し合いの場を取り持つ間、シェリーと翡翠、モモカ、そして輝真は村役場に戻った。また来襲の報せを受けたからだ。


 三人と一匹が役場のエントランスに着くと、警備隊らが耳の尖った武装集団と合戦していた。村長室を囲った無数の小窓からは銃口が覗いて、ロボット達を狙っている。



「翡翠、それ……」



 シェリーは、撃たれた警備員を肩に支えて避難させようとしたところで、翡翠のワンピースから白い布が覗いているのを目に留めた。ハンカチだ。



「落とすといけないわ」



 そう言って片手を伸ばしたシェリーより先に、翡翠がびっくりした顔でハンカチを引き抜く。



「いけない、持ってきちゃった」



 角に花模様の刺繍が入ったハンカチに、シェリーもはたと気付く。


 さっき、泣き崩れた婦人の頬を拭おうとしたヤナのものだ。厚意を振り払われた彼女の手から落ちたこのハンカチを、翡翠が拾っていた。



「いいや、あとで返そう」


「まずはここが先ね」



 バンバンッ……ドォォォオン!!



 シェリーは、ロボットの群れに銃弾を放つ。



 バキュン!バキュッ……バキューーン!!



 火煙を上げて飛び散る鉄の塊の脇を突っ切ってきたトヌンプェ族らに、シェリーはレーザーガンを放つ。


 彼らの肩や太ももを撃って、地面に膝をつかせていく。



「ぐぉっ……ぐっ!!」


「村長を出せ!!我々の恩を仇で返すとは……首を寄越せ!!」



 村長室に照準を合わせるトヌンプェ族の利き手を狙い撃ちながら、シェリーは一抹の同情を覚えた。

 自業自得なところはあっても、翡翠の叔父に、彼らを裏切るつもりはなかった。工場の件はシェリー達の仕向けたことで、それを振り返ると、ここは護衛の責任も負っておくべきと思う。



「シェリーさん、翡翠!行ってくる!」


「敵が中にも侵入したです、何かあったらモモカを呼ぶです!」



 シェリーは、屋内へ駆けていく輝真とモモカを見届けると、新たに接近してきたトヌンプェ族らに銃口を向ける。


 その時、耳の尖った列の中にいた一人が両手を上げた。彼が仲間に目で指示すると、武装したトヌンプェ族の集団は、一斉に武器を下ろして彼に倣った。


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