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消えた令嬢の行方


 ロボットによる爆撃のニュースも、その日の夕方には落ち着いた。


 もとより、連日で学習した人々は、ギルドなどの防衛団や避難所、戦時中のシェルターに頼って、被爆をしのいでいたとも聞く。


 シェリー達の今いる村が、深刻だ。


 村役場はトヌンプェ族らの恨みを買って、工場の二の舞を踏む恐れさえある。回復した蓄えで、村の各所に簡易バリアは置いたにしても、彼らの今後の出方は予測不能だ。



 ダダダン!バキューーーン!!



 シェリー達の銃弾が、またぞろ突撃してきたロボット達の動きを止めた。翡翠のとどめの一撃が、村役場に鉄屑の山を増やす。



「翡翠に聞いていたお屋敷も、見に行きたいのに……」


「こんなんじゃ、知り合い以外、みんなトヌンプェかもって疑っちゃいそう」



 それにはシェリーも同感だ。


 今のロボット達でさえ、どこかから操作を受けていた可能性もある。


 シェリーがトヌンプェ族の少女を探りたいように、翡翠も用事を残している。彼女は村を発つ前に、叔父に統治を見直すよう、為政に口を挟むつもりだ。



「姉御!」



 ショウとレンツォが、パトロールから戻ってきた。任務も成功したようだ。


 彼らのロボットからケーブルを引き出したショウが、自身のスマートフォンタイプの通信機に繋いだ。



「爆弾を抱えていたロボットどもに、エネルギー収集の役目はなかったっす。奴らは攻撃専門で、あとから来たのは、従来通り」



 つまり、胴部に格納機のある個体は直接的な攻撃に、それ以外は、資源を略奪させないよう、注意を払えということか。


 シェリーが対策を練っていると、翡翠が青年達を見た。



「何で私達を攻撃してきたか、までは分からない?」



 すると、予想だが……と前置きして、レンツォが口を開いた。



「以前、姉さんが仮説を立てていたように、彼らは地球を移住先の候補としているかも知れません」


「彼らの故郷は、観測出来ない。とっくに壊滅している可能性が高い」



 補足して、シェリーも思い当たる点を述べる。



「先史時代、彼らは絶滅の危機に晒されて、ここに漂着したと考えられるの。そのあと地球はビッグバンで、一度滅びた。そこで彼らの思いついた救命措置が、コールドスリープ……冷凍睡眠」


「リナ・ミーチェが起こしちまったトヌンプェ族だな」



 ショウに、シェリーは頷く。


 そして、西に近付くほどよく見かける、耳の形さえ人間と区別のつかないトヌンプェ族らだ。ルネ達の村で収益のために社会生活を営んでいた彼らと言い、将来、人間になり代わって住み着くつもりだ。



 突然、輝真が二人組を連れてきた。



「おーい!」



 翡翠の叔父に負けず劣らず上等なスーツ姿の紳士と、エプロンをつけた若い女性だ。



 村役場のエントランスに足を止めて、輝真が二人を紹介し出す。紳士も女性も、小走りの名残で少し息を切らせている。



「さっき、ロボットからこの二人を逃したんだが……」



 輝真の派手な盾と銃。

 彼が戦い慣れていると見て、紳士が助けを求めてきたのだという。


 女性の方は、紳士の屋敷で働いているハウスキーパーだ。彼女は、あっ、と翡翠に声を上げた。



「あなた……!」



 翡翠も女性を知っていた。


 そこで、シェリーはピンときた。


 彼らこそ、今朝、翡翠が通信機から知らせてきた、トヌンプェ族の被害に遭った屋敷の住人達だろう。


* * * * * *


 娘が行方不明だ。部屋には彼女に歳や背格好の近い、トヌンプェ族の少女が居座っている。…………


 紳士の話に驚いたのは、ショウとレンツォだけだ。シェリー達は、既におおむね把握している。


 ただし、全員が腑に落ちない顔をしている。


 実の娘が行方不明にしては、この父親は、あまりに冷静ではないか。



「ギルドや自衛隊には話されましたか?トヌンプェ族の侵入者を、何故、今まで放置して……」


「平気なの?!娘さん、どこでどんな怖い思いをしているか、心配じゃないんですか?!」



 シェリーと翡翠の剣幕に、紳士がいくらか浮き腰になる。


 だが彼にも主張があった。



「娘が失踪するちょっと前、言い合いになりました。険悪になって、しばらく世話係の者達に娘を任せて……」


「旦那様と奥様は、お気付きになりませんでした。お嬢様の部屋をよく出入りする使用人は限られていて、私は、昼間に寝具などを取り替える程度でしたので……」



 違和感を覚えた時には、一部の使用人まで入れ替わっていた。彼女達は紳士ら住人に危害を加えもしなければ、人間と同じ行動をとる。そこで、触らぬ神に祟りなしと判断した一同は、しばらく様子を見ていたらしい。



「それでも父親か?!母親も、どうかしてるよ!!」


「暴れられては元も子もない!気付かない振りさえしておけば、やつらは手を出してこなかった……!」



 翡翠が、輝真と紳士の間に割って入った。



「もう一度、ヤナに会う」



 翡翠曰く、昨日、彼女が訪問先で見聞してきた内容と、紳士の話は、間違いなく一致しているということだ。




 かくて一同は、隣村との境界に建つ屋敷を訪ねた。


 敵意を悟らせないように、令嬢の部屋には少人数で訪ねていくことにした。


 客間で輝真達と別れたシェリーと翡翠、そしてモモカは、使用人の案内で、見事な調度品が飾った回廊を進む。その先で、通された部屋のあるじに声をかけた。


 ヤナは、確かに軽薄すぎるほど朗らかな少女だ。本当にトヌンプェ族かと疑うほど友好的で、翡翠の二度目の訪問を心から喜んでいる。そして彼女は、初対面のシェリー達にも、分け隔てなく接した。



「友達になってくれるのね?シェリーさんも。それに、モモカちゃん。変わったロボット……。訊きたいことって、なぁに?」



 モモカが訂正を断念した傍らで、シェリーは本題に入る。


 客間では、輝真達が戦闘準備を整えている。この詮索が、ヤナの本性を引きずり出す可能性もあるのだから。


 だが、既に翡翠に正体を知らせているヤナは、シェリー達にも警戒しない。悪びれもなく悪事を認めて、不正に手に入れた贅沢な暮らしに、人間らしく感謝もしている。



「私が本来、会うはずだった鈴さんは、どこにいるの?生きてるの?」



 どこかもったいぶった様子のヤナに、翡翠が痺れを切らせていた。


 今度こそ、トヌンプェ族の少女が神妙な面持ちを見せた。彼女の反抗的な目が、階下の方角を向く。



「鈴は、西にいるわ」


「西?!」



 三人に引き替え冷静に、ヤナが続ける。



「あの子が望んだの。彼女は西に逃げたかった。私はこういう暮らしがしてみたかった。利害一致で、誰も損してないわ」



 その時、シェリーは紳士の浮かべていた言いようのない顔を思い出す。


 何が、彼ら父娘を口論に至らせたのか。同居しているはずの母親も、未だ姿を見せてこない。


 この家族自体、何か闇を抱えているのか。


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