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夢を捨てきれなかった彼ら


 日焼けした筋肉質の青年には、父親がいる。死に至る病を宣告された父親は、ある夢を持つ息子に大学進学を勧めていたが、青年はすぐにでも働いて、彼の支えになろうとした。だが、時代は就職氷河期だ。思うように働き口は見付からなかった。青年は、ひょんなことから盗賊団との関わりを持った。そして、下働きとして使われることになった。



「それから、三年は小回りさ。こいつ──…レンツォとは、同期だ」


「この任務を上手くやれば、分け前に、ショウは親父さんのために薬がもらえる。頼む。お前達が口外しないというのは信じるからよ、協力してくれないか?」


「それは……」



 青年──…ショウが必要としている薬は、シェリーが探している注射剤である可能性もある。


 彼らの翡翠への仕打ちは、水に流せない。だが事情を知った今、シェリーは彼らの覚悟も理解した。父親の病気が治れば、ショウは真っ当な道に戻るだろうか?自分の未来は想像出来なくても、シェリーには、兄貴分に教えられながら彼らが完成させたというロボットの残骸の側で打ちひしがれている二人の未来が、ぼんやりとでも思い描ける。



「あなたの、お父さんを……助けるわ」


「シェリー!」


「……と、答えたでしょうね。少し前の私なら」



 ショウの顔が強張った。


 もし彼が引き下がらなかったとしても、シェリーも抗う覚悟を決めた。彼ほど明確な希望はないが、それは注射剤を手に入れてから探せばいい。翡翠とモモカ。彼女達との日々を通して、生きる理由のヒントも得られる気がしている。



「モモカは、ものすごく長い歳月、私のために動いてきてくれた。もし私が自分の未来を見限れば、危険を冒してまで助けようとしてくれている翡翠も否定することになる。彼女達に、そんなことしたくない」



 シェリーがそこまで話したところで、視界の端に、翡翠の安堵の表情が触れた。


 本当は、こんな廃墟に彼女を連れてくるべきではなかったのかも知れない。彼女は、さんざん恐ろしい目に遭ってきた。その上また危険に晒されたのは、シェリーに協力したせいだ。注射剤の所在を突き止められただけでも、十分、彼女のお陰だったのに。



「翡翠。ごめんね。またこんな目に遭わせてしまって。あなたの気持ちを無駄にしない」


「私の意思でやってきたこと。シェリーは、何も思わないで」


「いいえ。そして、もう危険にも遭わせない」



 腰も上がらなくなった翡翠の前に進み出て、シェリーは銃口をショウ達に向けた。


 彼らが本気を出すつもりなら、容赦しない。




「何でだよ!こんな性能のいい人工知能まで作ってよぉ、あのドローンも!貴様、まだ心残りでもあるのか?!やりたいようにやってきたんだろ?!」



 ショウが銃を打ち捨てた。だぶついたズボンを揺らして、大股でシェリー達に近付いてくる。



「親父の命がかかってるんだ。たった一人の肉親で、このままじゃ、オレは息子として何もしてやれない!研究職の夢も捨てて、親父にも誰にも言えないような仕事に就いて、もし死んだら……親父は、天国に何も持って行けねぇんだよ!」



「そうです、ショウは、大学だって行けたんです!儲かりそうだからって、科学者に憧れたオレとは違う。でも、オレだって……金さえあれば勉強出来た。盗賊団をクビになったら、金どころか行くところもなくなります。オレはいい、ショウまで一人にしてやりたくないんです!」



 シェリーも翡翠も、そしてモモカも、ショウ達の悲痛な叫びに返す言葉も見付からない。どんなどんな同情も気休めも、彼らを救わないだろう。


 ショウとの距離が、僅かしなくなっていた。シェリーは、彼の鋭い眼光に射抜かれそうだ。



「貴様に善人面する資格はねぇ」


「……注射剤を譲る義務もないわ」


「さぞ恵まれた人生だったんだろうな。病気か何だか知らねぇけどよ、これ以上何を望む?貴様、オレのなりたかったドクターだろ。こんな立派なモンまで作れるくせして、寿命が縮んだくらいで騒いでんじゃ──…」



 パシィィィィィン!!!



 小気味いい音が立ったと同時にに、ショウの声が途切れた。


 翡翠が大柄な青年を見上げて、わなわな片手を震わせていた。



「そんな卑屈な根性してたら、いつまで経っても変わらないよ!!」



「だって……だってよぉ、……」



 翡翠の平手打ちを食らったショウの頬に、大粒の涙が伝った。


* * * * * *


 シェリーは、ショウ達にかつての惨状を打ち明けた。研究職に就くための努力を積めたのは、裕福だったからではない。その真逆だった。救いようのない困窮から抜け出したい一心で、野心を燃やしていたのだと。



「あなた達が想像するほど、私は立派な人間じゃなかった。恨みや欲望をバネにしただけ。私達家族を見下した階級の人達を見返そうという一心で、勉強したわ。極寒の真冬に暖炉も焚けず、毛布を買うのも諦めていた親を見ているのが辛かった。いつかそんなことも思い出話に出来るくらい、親には贅沢させたかったし、誰も発見したことのないものを発表する、誰にも文句を言わせない人間になる。見下される人生とは、決別する。それだけを原動力に、のし上がった。過去がどんなに悲惨でも、どうにかなるものよ。まだやり直せる」



 ショウとレンツォが、目つきを変えていた。健全で、ひたむきな決意を根拠とした輝きが、彼らの目の奥に顕れている。



「……なんて、引いたでしょ?私ほど酷い暮らしをしていた研究職の人間なんて、滅多に聞かなかったし──…」


「そんなことないっす!!その……姉御と呼ばせて下さい!!」


「シェリーのすごさは、涙ぐましい努力の結果だったんだね……うぅぅ……ぐすっ……」


「オレも……尊敬しました、姉さん!もう一度、オレも姉さんみたいな研究者を志します!」



 青年達は生まれ変わりでもしたように、まるでさっきまでとは別人だ。翡翠も、彼女らしい感想を口にしている。



「オレ、真っ当に生きてみます。盗賊の足抜けなんてハイリスクだし、しばらく逃亡生活になりますけど、ドクターとして名を轟かせれば、恐れるものもなくなりますよね?」


「姉御!勉強、教えて下さい。オレ、偉くなって、自力で親父を助けます!」



「現金な人達」



 みちがえたように生き生きとした目をシェリーに向ける、ショウとレンツォ。



「現金な人達」



 翡翠は、唇を尖らせていた。


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