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二人の盗賊達


 青年達が、光を弾いて明滅するガラスの破片を踏み越えて、ずかずかロビーに入ってきた。彼らの荒々しい声が、うるさいほど反響する。



「顔が割れちゃあ、致命的だ。同業ならボコるか殺るが、一般人ならどうする」


「そいつが宝を手にしたあとなら、奪う手もあります。あとは口止めするか、捕らえてアジトに連れ帰るか……」


「アジトはヤバいって!まだ海に沈めちまう方がマシだ、連れ帰ってみろ、最悪オレらの責任になる」



 翡翠が青ざめていた。シェリー達と違って、彼女は単に息を潜めているのではなく、声が出なくなったのだ。


 シェリーが彼女の視線を追うと、鋳鉄色の物体が、すいすいと床を滑っていた。ロボットだ。


 モモカが空中プロジェクターを広げて、画面に文字を打ち込んでいく。



『あれは彼らが管理しているのです。野生のやつらと違って、むやみに攻撃してきたりしないのです』



 その時だ。──……



「誰かいるのか?!」



 突然、青年達の相談が止んだ。


 モモカが慌てて空中プロジェクターの電源を落としたより早く、二人の足音がシェリー達に迫った。


* * * * * *


 シェリーは、翡翠を庇って前に出た。彼女に片手を伸ばしながら「銃を」と囁くのを聞き逃さなかった青年達が、唇を歪めた。


「美しい姉妹愛だなぁ、姉さん。安心しろ、めぼしい品を手に入れるまで、危害は加えないでやる」


「おっと、余計な真似をしたら、こいつの攻撃対象をお前にしますよ?後ろの物騒な妹さん」



 相方とは正反対の、細身で顔色の悪い青年が、シェリーの後方に目線を送った。彼の視線の先で、銃口が彼らを狙っていた。


 勇敢に敵を睨みつける翡翠。

 青年達が鼻で笑った。



「育ちの良さそうな妹ちゃんだ。人を撃ったことがないんだろう?なるべく楽に死なせてやる、貴様らの盗んだ物を寄越せ」


「あなた達の欲しがりそうなものは持っていない。それに、私達は戦いに来たんじゃないわ」


「なら、質問です。このリストに載った薬をご存じですか?」


「それは……?!どうするつもり?」


「高く売るんです。お姉さんは、心当たりがあるようですね。もうお持ちなら、渡した方が身のためです」


「…………」



 シェリーは、動揺を隠せなかった。薬品名の羅列の中に、例の薬も含まれていたからだ。


 いっそのこと彼らに盗ませて買い取る手段もあるのではないか。


 そうした思いが脳裏を掠めた時、色黒で筋肉質な青年が、懐から銃を抜いた。



「貴様らの態度次第じゃ、今消すぞ!!」



 バァァン!!



 銃声と同時に、光の壁がシェリー達と彼らを隔てた。間一髪、モモカの展開した簡易バリアが、銃弾を弾いた。


 声を最小限に抑えて、シェリーはモモカに耳打ちする。



「モモカ。翡翠を連れて、移動基地へ。あのロボットが動いた時の対処を」


「足止めは私が引き受ける!私じゃモモカちゃんのサポートしか出来ない」



 今しがたの囁きが、辛うじて聞き取れたらしい。同じくらい声を落として、翡翠が首を横に振った。



「モモカも、シェリーに来て欲しいのです。翡翠の銃はグレードアップしているですから、前みたいなことにはならないのです」


「私は、逃げ足も鍛えてるよ。絶対に助けてくれるって信じているから、本当にあれが動き出すまでに、シェリーは急いで」


「何こそこそ話している!協力するのか?!しないのか!!」



 青年達に付き従っていたロボットが、進行方向を変えた。



 ウィィィィーーー……ゴォォン、ゴォォォン!



「っ……」



 シェリーは翡翠から銃を引ったくって、ロボットの足先近くに発砲した。耳をつん裂くような音に続いて、爆音が立つ。



「翡翠、こっち!」


「モモカも負けていられないのです!」



 銃を構えた青年に、モモカが飛びつく。不意にパンダのおもちゃに顔を覆われた彼が、苛立たしげにもがき出す。




「待つんです!……くそ、お前達!このパンダがどうなっても──…うわぁあ!!」



 シェリーは翡翠の手を引いて、ナースステーションからロビーへ駆けた。来た方向を振り向くと、色白の方の青年が、突如出現した光の壁を見上げて、尻餅をついていた。相方の落とした銃をモモカに突きつけた彼は、彼女のバリアに跳ね返されたようだ。



「モモカも、早く!」


「分かったのです、待つのです!」



 モモカも二人に追いついてきた。


 ただし、彼女のすぐ後方に、彼らのロボットも付いている。



「貴様らがその気なら、……後悔するなよ!」



ドォォオオオオン!!



「シェリー!」



 翡翠の重みが、シェリーを壁際へ突き飛ばす。


 たった今まで走っていた近くの壁が、砲撃を受けて剥がれ落ちていく。



「移動基地へ戻るのです!時間がないのです!」



 後ろ髪の引かれる思いがしながら、シェリーはエントランスへ走り出す。



「そうはさせるか!!」



ウィィィィン……


 殺気がシェリーを追いかけた。振り返ると、銃口とロボットの進行方向が、こちらに狙いをつけていた。


* * * * * *


 ああ、諦めの悪い!…──と地団駄を踏みそうになったのを、翡翠はこらえた。


 青年達は、翡翠に背を向けている。そうまでして彼らが二人を追おうとしているのは、盗賊としての勘からか。その勘は正しい。シェリーが移動基地の武装機能さえ起動させれば、向かうところ敵なしになる。



 そのためには──……



「じゃあシェリー!私は薬を取りに行くからね!」


「何だって?!」



 翡翠は、扉近くの二人に向かって叫んだ。


 もちろん口から出まかせだ。怪訝な顔を見せたシェリーに、行って、いいから、と身振り手振りで訴える。


 この大ぼらが功奏して、彼女らがロビーを脱出した。



「あ、しまっ……」


「そっちにばかり気を取られていていいの?」



 ダンダンダンダン!



 翡翠は彼らのロボットが機体の向きを変える度、その行く手に弾を撃ち込む。一向に前進出来ないそれが、苦しげな機械音を漏らす。



「貴様、貴重な薬がどこかも知らず……!」


「知ってるわけないじゃない。あんな嘘に引っかかるなんて、盗賊って単純ね」


「くそぅ、こうなったら……」



 ズドーン!バキュュューーーン!!



 逆上した青年達が、狙いを翡翠に絞った。


 翡翠は彼らを撒きながら、追いかけてくる銃をかわして、階上へ向かう。だが、体勢を持ち直した彼らのロボットは、階段という連続した段差も登ってこられるようだ。翡翠はそれの次なる行動を先読みして、引き金を引く。



「とんだおてんばな妹だ……はぁ、待てこら、はぁ……」


「妹じゃないよ!さっきから気になってたけど、シェリーとは友達」


「あの姉ちゃんとは友達だぁ?!とんでもないほら吹きが!」


「あなた達が勝手に勘違いしただけでしょう?!こんなことしてたって何も手に入らないよ!私達の欲しいものは一つだけ、今からでも平和的に解決しようよ!」


「平和だなんて、お嬢さんに最も不似合いな言葉ですねぇっ?!」


「オレ達にはボスや貴達がいる。一般人に顔が見られたと知れてみろ、もうアジトには帰れない。行くところがなくなるんだ、貴様らは生かしておけねぇ!」



 青年の拳が翡翠のこめかみを掠った。やや遅れて、翡翠のパンチが彼の横腹に一撃を見舞う。



 ズドォォォォオオン!


 ウィィィィィィ……ウィンウィン……



「ああっ、もう!こっち来ないで!……シェリー!シェリー、早く!」



 翡翠は、適当に拾い上げた箒の柄で、ロボットを押し返していた。機体を操作しているのは、おそらく大柄な方の青年だ。彼の銃を握っていない方の手が、時々、何か端末を操作している。


 少し前、翡翠は移動基地に入っていくシェリーとモモカの姿を見た。じきに彼女達が何かしらの行動に出るはずだ。


 それまで時間を稼げるだろうか。

 青年二人とロボット一体。彼らの相手は、翡翠のキャパシティを超えている。



「消えて下さい……すぐにやつらも、あの世へ送ってやります!」



 バンバンバンバン!!



「っ…………」



 二つ目の銃が、翡翠の視界に現れた。

 出どころは、青白い顔の青年だ。火薬の匂いを放って、その手元から硝煙が上る。


* * * * * * *


 カメラを付けたドローンを飛ばして、シェリーは翡翠達の現在位置を確かめた。


 狭い階段で激戦する三人は、すぐに見付かった。



「世の中は奪うか奪われるかだ、綺麗事で生きていけるほど甘くない。運が悪かったな、オレ達のために死んでもらう」


「私はシェリーに恩を返すの!あなた達こそ甘く見ないで!彼女を助けるためなら、人だって撃つ!」



 バァアアアアーーーーン!




 翡翠の銃が、天井に穴を空けた。


 彼女と青年達の間に、乾いたセメントの欠片が雪のように降る。


 シェリーが目を凝らすと、煙か砂埃かをかき分けて階上へ向かう翡翠達が確認出来た。



「モモカ、あとはお願い!」



 移動基地を飛び出して、シェリーはモニターから追跡していた階段を目指す。


 青年達の事情は分かった。彼らが戦う他にないなら、応じるだけだ。



「翡翠!」



 三人は、四階にいた。


 踊り場で彼らを見付けたシェリーは、レーザーガンを構え直した。


 間近に見ると、彼らは本当に対照的だ。

 なよらかな方の青年が、翡翠を羽交締めにしていた。黒目がちで大きな目が、涙を浮かべてシェリーに何か訴えかけている。



「やっと戻りましたか。このお嬢ちゃんも、ショウとオレのロボットには怖気づきました。怯えて腰も抜かしたようです。最期に何か言ってあげては?」


「シェリーの病気を治すの……邪魔……しないで……」


「まだほざくか!!」


「善行を働こうとすると、お前のように損をするんです。ましてそちらのお姉さんとは、家族でもないんでしょう?こんなに怯えきって……。お前の大好きなロボットで、悪夢を見ながら死なせてあげます」


「ひっ……ああぁ……来ないで、来ないでぇ……」



 彼らのロボットが、膨れたスカートの裾から伸び出た脚にすり寄る。おびえる彼女を嘲笑ってでもいる風だ。羽交締めの腕がなければ立つこともままならなくなったような彼女のこめかみに、小さな肩を捕らえたままの青年が銃を押しつけた。



「翡翠から離れなさい」



 シェリーは彼らに銃口を向ける。



「撃てるものならやってみろ!」


「この女も道連れにするぞ!」



 シェリーは、翡翠を捕らえた青年に身体を当てた。その弾みに、彼女の自由を奪っていた腕がほどけた。



「離れて!」



 シェリーは翡翠を突き飛ばして、ロボットに光線を放つ。その機体に罅が入った。



「貴様……!」


「モモカ!」



 シェリーはドローンに向かって叫んだ。


 次の瞬間、強烈な光に飲まれたロボットが消えた。ドローンの放った大型レーザーガンの光線がが、その機体に命中したのだ。


 まもなくして、線香花火の最後を想わせる火花が消えた。シェリー達の足場を凹めた大穴に、銀の部品の山が残った。



「次はあなた達の番よ。翡翠が私を助けたいと願ってくれるのと同じくらい、私も彼女を守りたいから」


「くそっ……オレ達の、傑作が……」


「何でだ!ずるいぞ、ロボットを壊すなんざ反則だ……!!」



 青年達が膝をついた。顔を歪めて、割れた地面に拳を振り下ろした彼らは、悲痛な呻吟を上げながら、無念の動作を繰り返す。


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