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北の家の友人達との別れと出発


「昔々、心優しいお姫様がいたの。彼女は幼い頃にお母さんを病気で亡くした。娘が寂しがるといけないからと思い立ったお父さんは、再婚して新しい奥さんを連れてきた。そして、お姫様には継母と義理のお姉さん達が出来るのだけど、ある時、お父さんは仕事で旅に出た帰り、事故に遭う。ひとりぼっちになったお姫様は、部屋やドレスを取り上げられて、継母達に召使いとしてこき使われるようになる──…」


「え……辛い。そんな境遇のお姫様が、どうやって幸せになるの?参考までに聞きたい」


「そのお姫様、お父さんまでいなくなっちゃったの?そんな悲しいこと、我慢出来るの?」



 翡翠に次いで、来斗達まで前のめりだ。


 シェリーの中で、彼らの姿が大昔の自分に重なる。

 幼い時分、母親に読み聞かせを何度もせがんだ。今振り返ると、かの童話のどこに、あんなにも魅せられていたのか思い出せないが、あの頃は何にでも感動があって、目新しかった。


 シェリーは、シンデレラの話を続ける。



「…──シンデレラは、灰被りのエラという意味。本名はエラ。灰にまみれて毎日仕事ばかりしていた彼女を、継母達がからかって、そう呼んでいたの。ある時、お城で舞踏会が開かれることになったわ。国中の娘達が招待される舞踏会。だけどシンデレラは、話し相手であるネズミ達が作ってくれた綺麗なドレスを破かれて、留守番しなければいけなくなった。すると泣いていた彼女の元に、一人の妖精が現れる」…………



 着飾ってガラスの靴を履いたシンデレラは、カボチャの馬車で城へ向かった。きらびやかな舞踏会に到着した彼女は王子にダンスを申し込まれて、恋に落ちる。だが、彼女の魔法は夜十二時に溶けてしまう。急いで帰路に着いた彼女は、ガラスの靴を片方、落としてしまう。

 それを拾った王子による捜索、二人の再会、結婚までを語り終えたシェリーの隣で、翡翠が目元をハンカチで押さえていた。



「いい話だったよぅ……優しい気持ちを忘れないで、苦境に耐えたシンデレラは、やっと温かい家庭が持てたんだね」


「お母さんもお父さんもいなくて寂しかったに違いないのに、よく働いて、ネズミさん達とも仲良くして、シンデレラは希望を持ち続けていたんだね。僕なら我慢出来ないや。でも、そんな風に頑張っていたら、ママに会えた時、僕を褒めてくれるかな」


「信じていれば、未来はいくらでも変えられるのかも知れないね。私もいつか、シンデレラみたいに妖精さんに会って、怖いロボットがもう来ませんようにってお願いする!」



 嬉々として話す姉弟を、カケルが目を細めて見守っている。


 シェリーは、翡翠の視線を感じた。



「また来ようね、シェリー」


「もちろん」


「昼に植えた野菜、今度来る時には収穫出来るかな」


「またお料理しましょう。翡翠は、何が食べたい?」


「考えておく」



 白衣の袖を握った翡翠が、シェリーの肩に頬を預けた。


* * * * * * *


「東部からここまでの途中、高速は使った?」


「通行証を買えなくて……」



 千年前の紙幣や硬貨は、インターチェンジに弾かれた。


 荷物をまとめていたシェリーに、カケルがそれを差し出してきた。



「あれは、旧時代の遺物が勝手に作動しているだけだ。管理会社はなくなっている。ゲートくらい壊せなかったか?」


「エネルギーは、護身に使うようにしているの」


「注射剤は、国道二十八号線沿い。東部までの最終インター跡の近くに、山が見える。その向こうの、病院廃墟だ」


「廃墟?」


「廃業前、搬入された記録が残っているらしい。友人のいる製薬会社のことだから、間違いない」



 確かに廃業した病院なら、インターネットで検索に引っかからなかったのも納得がいく。


 シェリーはカケルに礼を言って、通行証を受け取った。


 それから出発の準備に備えて、翡翠を残してひと足先にモモカを連れて移動基地へ向かっていると、繭と来斗が停車場まで付き添ってきた。


* * * * * * *


 荷物をまとめ終えた翡翠は、焦る気持ちを落ち着かせて、リビングにいるカケルに声をかけた。



「色々有り難う。この前は、ひどいこと言ってごめん」


「気にするな。お前は昔からそういうヤツだよ。シェリーさん、治るといいな」


「うん」



 繭や来斗にしているように、カケルが翡翠の頭を撫でた。




「全然もてなせなかったが、お前の顔を見られて良かった。家があんなことになって、気がかりだったんだ。力になれなかった、ごめんな?」


「そんな顔しないで。悪いことばかりじゃないよ。お屋敷は没収されて、私は落ちぶれちゃったけど、お父さんとお母さんを誇りに思う。私達が没落したのは、底辺の人達が少しでも暮らしやすくなるように、尽力したから。全然足りなかったし、親戚の人達には迷惑かけちゃったけど、困っている人がいたら助け合うのが自然だと思う。私もたくさん助けてもらった。シェリー達や、カケルくんにも」



 両親を恨めしく思ったことがないと言えば嘘になる。彼らがもし野心家で、保身に努めるような人間なら、今も翡翠はぬくぬく暮らしていただろう。ロボットにも襲われず、こんな時代ならボディガードも付いただろう。


 だが、それでは今日までの一週間もなかった。



「それに私、外の世界に憧れてたんだ」



 カケルが笑った。それから彼は、こうも続ける。



「いい友達も出来たみたいだしな。送っていくよ。シェリーさんと仲良くな」



 翡翠の荷物を引ったくって、カケルが玄関口へ向かう。


 大きな背中を追いかける途中、翡翠にある推測が浮かんだ。


 カケルは、翡翠の様子を見ておこうとしたのかも知れない。そのために交換条件を出して、翡翠達を一週間も滞在させた。だとすれば許し難い。翡翠の時間はいくらでもあるが、シェリーはそうではないのだ。



「勘違いするなよ」



 カケルが扉を開いた瞬間、翡翠は日差しに目を細めた。



「一週間、楽させてもらった。父親業も、たまには休みが必要なんだよ」


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