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一席空いた四人がけテーブルのある家


 北の村への道中は、ハプニングの連続だ。


 まず、モモカが目新しい景色に舞い上がり、コンピューターと同期可能な範囲を外れた。通信が切れると、彼女は何の変哲もないパンダのおもちゃだ。シェリーは彼女を移動基地に連れ戻して、再接続した。すると、怖かっただの生死をさまよっただの、人工知能らしからぬ狼狽えぶりで、主人に抱きついてきた。



「モモカちゃんがうっかりしちゃったのは分かるー。東部の外なんて何ヶ月振りかな?移動基地、充電しないといけないんだよね?太陽光なら、今がちょうどだね」



 のんびり旅路にいた翡翠にも、このあとひと騒動起きた。彼女にわざと肩をぶつけた村人が、言いがかりをつけてきたのだ。



「上品ぶってんじゃねぇぞ小娘!」


「ごめんなさい、気を付けます」


「聞こえねぇなぁ。……詫び料」


「え?」


「迷惑料、払って誠意を見せろ」


「今、持ち合わせがなくて……」


「お前ら上流階級は、俺達みたいな庶民に礼儀は尽くせないってか?だったら家にこもっとけ!!」


「翡翠」



 それから休憩を挟む度、シェリーは翡翠に歩道側を歩かせた。外側より人目につきにくいのと、彼女に罵倒を浴びせても、同伴者を押しのけてまで手を出すほどの熱量も恨みも彼らにはない。


 翡翠が狙われやすいのは、彼女の身なりが一因しているのだろう。見るからに上等な衣服。本人が古着と主張しても、村人達は納得しない。



「シェリー、モモカちゃん!カケルくんの家、あそこだよ!」



 その家は、道中に見てきたのとは格段に違った。まず屋根があるし、壁は綺麗だ。窓ガラスも割れていない。


 牧歌的な光景によく馴染んだ平家を指差した翡翠が、移動基地を降りて駆け出した。


* * * * * * *


 カケルという名の青年は、シェリーが想像していたより、翡翠と歳が離れていた。


 再会を喜び合う旧友達を交互に見るのは、父親に似て細い目元の七歳前後の少女と、おそらく母親側の遺伝子が色濃く出たのだろう、五歳になるかならないかの少年だ。



「こんにちは。騒がしくて、びっくりしたでしょう。私は、お父さんの友達の、翡翠の友達。シェリーというの。あなた達、お名前は?」


「来斗」


「繭」


「来斗くんと繭ちゃんね」


「シェリーお姉ちゃん、その子は?さっきお話ししていなかった?」


「モモカです。人工知能、AIなのです。シェリー達とは家族みたいなものなのです」


「本当にしゃべった!AIって、私、知ってるよ。村の怖いロボットや、戦争の道具によく使われていたから気を付けなさいって、ママが言ってた」


「モモカちゃんは怖くないね。何で?」



 それは本来、人工知能が、人間の補助を目的としたシステムだからだ。


 だが、近年の──…物心つく頃には彼らの危険性がすり込まれる子供達に、シェリーの説明は非常識だろう。何より、今後「怖いロボット」が出現した時、一部の例外が来斗達の気をゆるませては、元も子もない。



「繭ちゃん来斗くんっていうんだぁ?」



 カケルとの昔話にひと段落つけて、翡翠が会話に加わってきた。

 彼女が幼い二人の前に屈む。



「私は翡翠。お父さんのお友達。モモカちゃんもお友達なんだよ。でもロボットは怖いよね、お姉ちゃんもたくさん襲われてる」


「じゃあ翡翠お姉ちゃん、何で無事なの?」


「無事じゃないよ。ほら、絆創膏。これもロボットから逃げていた時のだよ」






 広くも狭くもない平家が賑わう。


 シェリーは翡翠と、カケル達の畑の手入れを手伝って、彼らの昔話に笑った。


 この家は、他に比べてゆとりがあるように思う。昼食は具だくさんで、ガス管も通っていた。


 そのことを話題に出すと、運が良かっただけだとカケルが言った。



「オレの運は極端なんだ。悪い時は悪いよ」


「結婚した時も言ってたよね。奥さんはとってもいい人だけど、お義父さんはずぼらだって?」


「よく掃除させられてたさ。しかも汚部屋の。繭達は、おじいちゃんの家は宝探しが出来るって、気に入ってるけど」



 つと、翡翠が難しげな顔をしていた。ある一点を見つめている。シェリーが彼女の目の先を追うと、そこには一つ空席があった。来客は折り畳み椅子が用意されるため、今まで気に留めなかったが、その椅子は、傷や汚れもほとんどない。


 カケルの配偶者の席だろう。実家にでも帰っているのか。



「ねぇカケルくん、奥さんは?」



 当世、それはおそらくデリケートな質問だ。だのに天気の話でも始める調子で口にした翡翠は、よほど彼とは親しいのだろう。



「ママは、旅に出たんだ」



 ピラフを掬ったスプーンを握ったまま、カケルが答えるより先に、来斗が叫んだ。幼い顔が誇らしげだ。



「困っている人達を助ける旅に出たんだよ。姉ちゃんや僕がいい子にしていたら、ママも僕達が困っている時、話を聞きに来てくれるんだって」



 カケルが頷いている。繭は俯いていた。


 シェリーは、翡翠と顔を見合わせる。示し合わせてでもいたように、二人がカケルに視線を移すと、気まずげな笑顔が浮かんでいた。

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