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0260 大人の覚悟

顔を上げた六人は体が一瞬ビックっとゆれました。

たぶん、あずさちゃんと私があまりにも幼く見えたためなのか、それともクザンとシュラちゃんが異様に見えたから……それともその両方なのか。


六人の顔は、生きる事をあきらめた人の顔なのでしょうか?

表情が無く顔色がとても悪い、震えが来るような恐ろしい顔でした。


「わ、たたぢ、」


わたしと言おうとしたのか、かんでしまいました。

こんな時に、いつものいたずら小娘のギャグかと思って、顔を見たら青ざめています。

六人の雰囲気に飲まれ、本気で失敗してしまったようです。

私の手を握るあずさちゃんの手が、ガクガク震え出しました。


その震えで、私までその雰囲気に飲まれてしまいました。

さっき食べた、厚切りタンが逆流しそうになってきます。

本気で生きることを諦めた大人の覚悟は、子供の私達ではどうしていいのかわかりません。

私は、はきそうになるのを耐えることしか出来ませんでした。

静かに過ぎる時間はとても長く感じました。


「うおーーい! あずさー! ひまりーー!!」


温かい声が聞こえてきました。

聞き慣れた優しい声です。


「おお、いたいた。大丈夫か。ケガはしていないか」


そう言いながら、とうさんは部屋の中を一瞬鋭い目で見ました。

次にはもう笑顔になっています。

あの一瞬で全て理解したのでしょうか。

とうさんが来てくれたおかげで、私の吐き気はどこかへ消えてしまいました。

あずさちゃんの手の震えも止まっています。


「おーー良い眺めだなあ。あずさ肩車をしてやろう」


「ええっ!?」


あずさちゃんが驚きの声をあげました。

当然私も驚きの声が出ました。

小学校低学年でもあるまいし、肩車って。

案の定、セーラー服の少し短めのスカートが、大変な事になっています。

中身が半分出てしまっています。

でも安心して下さい。私達のスカートの中はフリフリの見られても大丈夫なパンツです。しかもその下には水着も着ています。


あずさちゃんが私の手を離したので、私はとうさんの手に両手で抱きつきました。

太くて柔らかくて温かくて、さっきまでの緊張した心が優しく溶けていくのがわかります。


「ふふふ、この城は眺めが良いなー。祭りの様子がよく見える。ピーツインのステージもとてもよく見えるなあ」


きっと、そうなるようにとうさんが作ったからだと思います。

でも、あずさちゃんが、肩車をされたものだから、かえって窓からの景色が見にくくなっています。

体を曲げて、とうさんの頭に胸が当たっています。


「!!!」


違います。わざと擦りつけています。

これは、いけません。

私も、やらなくては。

私はとうさんの腕に、胸を強く擦りつけました。


「お、おい。二人とも胸のあばら骨が当たって痛いぜ」


「なっ、なんですってーーー!!!」


あずさちゃんと私が同時にいいました。

あずさちゃんはともかくとして、私は少し膨らんでいます。

肋骨はむき出しになんかなっていません。


「ぶーーっ」

「く、くくく」


この言葉を聞いて、衛兵さんが吹き出し、六人も笑いをこらえています。

土気色だった六人に、急に生気が戻って来たように見えます。

ま、まさか、とうさんはこれを狙っていたのでしょうか。

肩車の所から、ここまでを計算していたのでしょうか。


「祭りの雑踏が良く聞こえる。大きな笑い声も聞こえるなあ。この城は、殿様が城下町の様子を見るために、作られたものなのかもしれないなあ。良い城と良い町だ」


「ほ、本当に」


また、私とあずさちゃんの声が重なりました。

とうさんと同じように窓の外を見ると、祭りを楽しむ大勢の人の姿がよく見えます。

少し景色を見ていたら、とうさんはあずさちゃんをトンと床に降ろしました。

あずさちゃんがとうさんの顔を見つめました。

とうさんは、小さくうなずきました。


「私は、木田あずさ。こっちが木田ヒマリ、私の妹です」


違いますよーー。私が、お姉さんですよーー。


「ピ、ピーツインのあずさちゃんとヒマリちゃん? まさか、あんた達はアイドルのピーツインなのか」


「はい!!」


やっぱり、私とあずさちゃんの声が重なりました。

本当の双子みたいです。


「ある時はアイドルのピーツインあずさ、またある時は木田家の木田あずさ。しかして、その実態は和歌山城攻略作戦の総大将です。作戦の立案から準備、実行まで私がやりました」


「お、おおおっ。こ、この見事な作戦を、あずさ様が……」


まあ、主にやったのは、とうさんですが命じたのは確かにあずさちゃんですね。

私達は、ほぼピーツインの振り付けの練習をしていましたよ。


「なあ、あんたら。昨日の夜、脱走者を見逃してくれたのだろう。心より感謝する」


とうさんが、熊野衆の御頭の前に座って頭を下げました。

それを見てあずさちゃんは、とうさんの横に座って頭を下げました。

当然私も、とうさんの横に座って頭を下げました。


「な、何を、しているのですか。あ、頭をお上げ下さい。これではまるで反対だ」


熊野衆のガラの悪い御頭が、あせって言いました。

口調も丁寧になっています。


「いまなら、木田家の当主を殺すチャンスですよ」


とうさんは、頭を下げながらいいました。


「ふふふ。降伏した以上は卑怯な真似はしねえ。俺達も日本人だそんなことをすれば末代までの恥になる! 出来るわけがねえ」


とうさんの心は決まったように感じました。

なんだか優しいオーラを感じます。

これが琴線に触れる瞬間ということなのでしょうか。


「俺は、この日本を建て直したい。昔の日本は、祭りでも無いのにあのくらいの人出はどこにでもあった。どうだろう俺に力を貸してくれないだろうか。俺の頭でよければいくらでも下げる。この通りだ」


「……」


六人は静かに目を閉じました。

何も申し合わせていないのに、心が一つに決まったように見えます。


「死を決意していた人間は、その決意が揺らぐと生きたいと思うものなのですなあ」


子供には、わかりにくい返事ですが、力を貸してくれるという返事なのでしょうか。


「俺は、底辺の人間の暮らしを第一に考えている人間だ。物欲は捨ててもらうがやってくれるか?」


「最早、物欲は満足しています。命をいただきましたから」


「うむ」


そう言うと、とうさんは私とあずさちゃんを両脇に抱きかかえてくれました。


「二人ともよくやった。最高の結果だ」


なんだか、ほとんど全てとうさんがやったような気がしますが、とても嬉しくて心が温かく満たされていきます。

いたずら小娘がどんな表情をしているのかと思って見て見たら、唇を尖らせています。


――まさか! チューをする気ですか!


どさくさにまぎれて、とうさんの首筋にチューをしようとしていますので、唇をつまんでやりました。


「ほろいれす」


何か言っています。やれやれです。

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