「あの、廣瀬さん」
「はい、何ですかヒマリ様」
「お城に忍び込みたいのですけど、案内お願い出来ますか」
「今日一日働き通しです。お疲れではありませんか」
「大丈夫です。子供ですから」
大人と違って、子供は元気の固まりです。
夕食が終わり、お風呂を済ますと、ミサさんと古賀さんと坂本さんは、それぞれの機動陸鎧を取りに戻りました。
あずさちゃんは、大阪城の守備に残したクザンとシュラちゃんと、ここのクザクとシュザク十人を入れ替えるため、大阪城に戻りました。
そのため私は自由になりました。
古賀さんからは、「大人しく眠ること」と言われましたが、よい子は働き者です。
私は眠る前に、お城の様子を見ておきたいと思ったのです。
そう、彼を知り己を知れば百戦あやうからずです。言ったのは孔明でしたでしょうか。
「オイサスト! シュヴァイン!」
私は黄色い模様の忍者装備になりました。
古賀忍軍とデザインは同じですが模様の色が違います。
古賀忍軍の模様は紫色です。
忍者装備になって、透明化します。
廣瀬さんも透明になりましたが、忍者装備になればちゃんと姿を視認できます。
「ヒマリ様も変身出来るのですね」
「うふふ、私の方が先輩ですよ」
「じゃあ、見つからないように気配を消して行きましょう。ついて来て下さい」
「はい、お願いします」
「おい、カンリ一族は何をしているのだ。警備の数がいっこうに減らないでは無いか。連絡はないのか」
「はっ、御頭。連絡は途絶えたままです」
和歌山城天守閣で御頭と呼ばれた人は、髭面のおじさんです。
がっしりとした体で、とても強そうです。
「では、まだ時間がかかると言う事か。食糧はどうなっている」
「はっ。食糧は、このままではあと五日ほどで底をつきます」
「ふむ。このまま動きが無ければ最終日には打って出るしかないか。それとも……。ちっ、明日からは食事は夜だけだ! これで十日はもつだろう」
「お、おかしら……」
天守にいる熊野衆の重臣達がガックリと肩を落としました。
「その十日でカンリ一族が清水を撃退すればヨシ。出来なければ、全軍で城を出て戦う」
「……」
重臣達は暗い表情で黙ったままでした。
「お前達は勝てないと思うのか?」
「お、恐れながら。カンリ一族でも歯が立たないと言うことであれば、我らでは太刀打ち出来るとは思えません」
「ふふふ、ならば降伏か。俺の切腹で事が済めば良いのだが」
せ、切腹!?
時代劇じゃあるまいし。
「我らもお供いたします」
「ふむ、切腹の作法がわかる者はいるか?」
「時代劇でしか見た事はありませんが、白装束を着て短刀で腹を横に切り裂くだけでした」
「そうそう、それで介錯する者を用意して首を切り落とす」
「ふむ」
御頭は想像したのでしょうか、顔色がみるみる悪くなります。
「十文字切腹、三文字切腹と言うのがあります。十文字は右から左に切った後一度引き抜き、ヘソの下から上に切り上げ最後は心臓を切ります。三文字はその字のごとく、三回横に切ります」
「そ、壮絶だなあ」
「はっ、十文字切腹で有名なのは、柴田勝家でしょうか。三文字は武市半平太が有名ですね」
「お、おめえ。詳しいな」
本当に。
私まで憶えてしまいました。
「うーーむ」
全員がうなり出しました。
「お、おかしらーー!!!」
「どうした。騒々しい」
「はっ、町を見てきたものから報告がありました」
へー、ちゃんと町に間者を出していたんだ。
ちゃんと関心を持っていてくれたのですね。
「で、あれは何の悪だくみだ」
悪だくみではありませんよ。
「はっ、それが……」
「な、なんだ」
「祭りの準備です」
「はぁーーっ、祭りだとー! 何を言っている」
「いえ、間違いありません。祭りのはっぴを着ている者がいたと報告がありました」
「バカヤロー! 見間違いだろう」
「いいえ、報告では、ちちのでかいエロい女と、優しそうで美しい女と、出来る秘書みたいな女と、恐ろしく完成された美少女と、ちんちくりんがいたと言っていました。作り話にしては具体的すぎます」
ちんちくりん、ちんちくりんが私ですかー。おのれーー!!
これでも駿河一の美少女と言われていたのですよ。
あれですかー、あずさちゃんの横にいたから、ちんちくりんにしか見えなかったと。
私ごときではあずさちゃんの引き立て役ですか。
まあ、そうでしょうね。そうでしょうとも、あずさちゃんはその位の美少女ですよ。
がっかりだぜです。
「ぐぬぬ、なめやあがって、敵の籠城する城下で祭りだとーー!!」
ぎゃーー!!
ひげもじゃの御頭の顔が茹でだこのように真っ赤になります。
怒っています。
さっきまでは、この世の終わりのような顔をしていたのに、元気が戻ってしまいました。
あずさちゃん、作戦失敗ですよ。作戦失敗!
私は、廣瀬さんに合図して、帰ることにしました。
お城を出た瞬間、お城を包むように結界が出来ました。
ミサさんの青い機動陸鎧が結界を張ったようです。
「危なかった。あと少し遅かったら閉じ込められる所です」
「よかったですね」
「はい。素早く美術館に戻りましょう。寝たふりをしないと怒られてしまいます。古賀さんは普段、優しい顔をしていますが怒ると悪魔の様に恐ろしいのです」
「うふふ、急ぎましょう」
「ひまりちゃーーん」
私が美術館に着いた瞬間にあずさちゃんから呼ばれました。
やばーーい。
宿直室を寝室にしていますので、素早くもどります。
「なーに」
私は目をこすりながら、眠そうに出て行きます。
「ヒマリ様」
「シュラちゃん」
「すごい!! ヒマリちゃんが言いつけを守って、大人しく眠っていました」
「まったく!! あずさちゃんは私を何だと思っているのですか」
「うふふ、私なら、お城に忍び込んで来て、バレたら『フリかと思いました』と言いますけどね」
ば、ばれていないですよね。
おそるべし、あずさちゃん。