「木田の大殿……」
まわりを囲む数人の男達がつぶやいた。
動揺の為か俺を踏んでいる隊長の足が震えだした。
関東の木田家の大殿の名は有名になったもんだなあ。
「東日本の雄、木田家当主木田とう」
お客様方がザワザワしだした。
ゴン!!!
隊長が俺の頭から浮かしていた足を、再び力一杯踏みつけた。
そのため俺のデコが床に思い切りぶつかった。
おいおい、普通の人なら大けがだぞ。
何のつもりだ。
「静まれーー!! この男が、木田とうであるはずが無い! お供を六人しか連れず、敵の城の真正面に来ている。いわば最前線だ。最前線に殿様が十分なお供も連れず来るはずがねえ。こんな馬鹿な真似をする者が木田家の大殿であるはずがない。この男は恐れ多くも木田家の大殿、木田とうを名乗る真っ赤な偽物だー!!!」
そ、そうきたかーー。
そうだよなー。
清水でさえも止めたもんなー。
まあ、こいつらつえーから。スケさん達じゃあ動きについて行けねえ。
どうすっかなー。
よし決めた!!
こいつらには少し教育が必要だ。
叱ってやろう。
俺は隊長の足を乗せたまま頭を上げようとした。
当然、踏みつける力が強くなる。
だがなあ、俺の力の方が強いんだよ。
「うおっ!」
俺の頭を踏んでいた隊長が後ろによろけた。
「ひっ!!」
上杉が悲鳴を上げた。
うむ、あの上杉が悲鳴を上げるほどの怒りの表情が出来ているのなら上出来だ。
だが、間違えてはいけない。
これから行うのは説教だ。教育なのだ。
決して怒りの感情をぶつけてはいけない。
ただ怒りの感情をぶつけるのは暴力だ。
怒りの表情は必要だが、心は穏やかにむしろ優しい気持ちが必要だ。
俺は上杉すらひるんだこの表情を、お客様達に向けた。
「うぎゃあああああーーーーー!!!!!」
んーーっ、ちょっと恐い顔をしすぎたか。
「く、狂った豚だーー。きめーーー、キモすぎるーー」
なるほど、きめーのか。
って、何だとーー!!
くそーー。こいつら。
俺は、上杉を見た。
「き、キモいです」
上杉の奴、何で赤い顔しているんだよー。
こっちがこわいわーーーー!!!
「お前らには、ちいと教育が必要なようだな」
俺は普通の顔にもどし、何もなかった様に言った。
「ぎゃあぁはっはっはっはっ」
本当にこいつら、賊にしか見えねえ。
「ほあーーーっ」
俺は、中国拳法の映画が大好きだ。
酔拳は、それこそすり切れるぐらい見た。
すでにマスタークラスのはずだ。
俺は、酔拳の形を見せてやった。
「うお、豚拳!」
「だれが、豚拳だーー!! 酔拳だよ!!」
だが、あの映画だから女仙人の形だけは知らない。
「馬鹿が、たった七人でどうするつもりだ」
「ははは、七人ではない。戦うのは俺一人だ!!」
「くはっ、かっこいい!!!!」
響子さんとカノンちゃんか?
ん、上杉まで言ったのか?
「なめるなーー!!!!! ぶち殺せーー!!!」
隊長が叫んだ。
「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」
おいおい、全員で来るかねえ。
俺は、華麗な足さばきと身のこなしで攻撃を全てかわす。
俺が素手なためか、お客様まで素手だ。
意外といい奴らなのか。
ふむ、奥に五人全く戦闘に参加してねえ奴がいる。
真ん中の奴は、顔に面をつけて少し雰囲気が違う。
なるほどな。
「くそーー。なんだこいつは、かまわねえ全員武器を出せ」
おいおい、一人相手に武器まで使うのかよー。
全員抜刀した。
武器が色々で、かわしきることは出来ないだろうなー。
「武器を出されちゃあ、手加減出来なくなるが良いのか」
「ひゃあぁははは、武器が恐いのか? ならそう言えーー! ひゃははははーー!」
「やれやれだぜ」
俺は、右手の平を上に向けて前に出した。
その手のひらの指をクイクイと手前に曲げた。
「後悔するなーー!! ぶち殺せーー!!!!」
隊長が絶叫した。
「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」
「一つ、土下座をしている人の頭は踏んじゃあいけねえよ」
「ぐはあああーーーー」
俺は一人の胸を、いつも通り押して吹飛ばした。
お客さん達の動きは普通じゃ無い。
どいつもこいつも、猫ぐらいの動体視力がなきゃあ見切れないだろう。
「お前達はすげえな。つえーーよ。だがなあ、お前達はしょせん三下だ。上には上がいるんだよ。新政府軍には恐ろしい奴がいるぞ。名前は桜木だ。良く憶えておきなさい」
こいつらが強いと言っても、もし俺が桜木ならば、羽柴軍の兵士のごとく、一瞬で皆殺しにできるレベルだ。
たいしたことは無い。
「ぐわあ!!」
もう一人、鎌のような武器で斬りかかって来た奴を吹飛ばした。
「あとなあ、ナポレオン率いるフランス軍に攻められた、スペインのゲリラの真似なのだろうがやり過ぎだ。やり方が残忍過ぎる。俺達は同じ日本人なんだ忘れるな」
「ぐおおおおーーー」
もう一人倒した。
「俺達は日本人なんだー。礼節と弱き者を守る正義の心を忘れちゃあいけねえんだーー!!! 憶えとけー!!!」
その声と共に群がるお客様を、後ろにいる五人の所に吹飛ばした。
「おやまあ。一族の手練れをまあ。子供扱いとは恐れ入りました」
「あんた、女か?」
「うふふ、織田近遠と申します」
「おだおおえ、だと」
「一応、現在では一族最強となりました。族長です。ですが、この十七人と同時に戦えば全く歯が立ちません。カンリの巫女の全盛期の時でも無理でしょう。それをまあ、武器を所持しているのに赤子扱いとは恐れ入りました」
オオエは、ひざまずき仮面を取った。
歳は三十前半ぐらいか、美しい顔をしている。
「ふふふ、なるほどな。だが信じることはできねえ。一族の長が、最前線に来るわけがねえ。本当は何者なんだ」
「えっ!?」
オオエが驚いている。
「ぷっ!!」
上杉達が吹き出した。
「えっ!」
今度は、俺が驚いた。
なんか、笑うところがあったか?
「うふふ、木田とう様に言われるとは思いませんでした。木田とお様で間違いないのですよね」
まだ、疑いが残っているのか。
どうしようか。
こいつらこえーし、ここは八兵衛で押し通そう。
「……、いいえ。俺は上杉家使用人、ちゃっかり八兵衛です」
「そこは、うっかりだろーーーー!!!!!!!」
全員の声がそろった。
「あ、そうだった!」
「て、天然かよーーー!!」
またしても、全員の声がそろった。
お前ら仲良しかよーー。
「ぎゃあーはっはっはっはっ!!!!」
美術館に笑いがこだました。