「グアアアアアーーーーー、ゴオオーーーー」「スー、スーー」
左馬之助も響子さんも、他の義弟達も気持ちよさそうに眠っている。
この部屋の両サイドのふすまも開放されて明智家の重臣が、これまた気持ちよさそうに眠っている。
この世界では、今は酒も超貴重品だ。酒1リットルは、金1キロに相当するだろう。
それを惜しげも無く振る舞ってくれた。
重臣の寝顔もなんだか嬉しそうだ。
明智家は一致団結して、日本人の為に行動してくれそうだ。
俺はそっと庭に出た。
そして、見晴らしの良さそうなビルを捜した。
「ふふふ、来て良かった」
ビルからの篠山の夜の景色は美しかった。
篠山城のまわりに城下町が広がり、そのまわりを田園が包みさらに山々がそれを包んでいる。
町には、光がいくつか見える。
「大勢、人が住んでいそうですね」
「桃井さんですか」
「し、失礼しました」
桃井さんが、姿を現してくれた。
「アドもいるニャ」
「あなた達は眠らないのですか?」
「私は、任務中はこれで眠らないようにしています」
桃井さんが出したのは回復剤だ。
栄養飲料に俺が魔力を込めたもので、状態異常も回復する。
眠気は、状態異常と判定されるのか、回復剤を飲めば眠気知らずだ。
ヒロポンのように中毒性もないようだ。
ちなみにヒロポンとは、疲労がポンと無くなることからついた麻薬の名前だ。覚醒剤のことだ。
「アドは、ご主人様と同じで眠りは必要ないニャ。ゴミ処理をすればお腹も空かないニャ」
な、なんだって、俺と同じじゃねえか。
まさか、蜂蜜さんがあの時、分裂してアドを助けてくれたのか。
じゃあ、もしかしてゲンも……。
だから、二人とも金髪になったのか。
「それでも、眠れるでしょう。ふふふ、古賀忍軍もアドも働き者ですね」
「大殿は、なんだか上機嫌ですね」
「そう見えますか」
「あの、なぜ、明智様に織田家の情報をお聞きにならないのですか?」
「ふふふ、それは、守秘義務という奴ですよ。いいえ、明智なら何でも教えてくれそうですが、俺が聞きたくない。織田家の情報は俺が乗り込んで調べますよ」
「えーーっ!! またですか!」
えーーっ!
桃井さんが、疲れた表情になった。
俺って、古賀忍軍にどう思われているのだろうか。
まあ、良くは思われていなさそうだ。
「いつ行くニャ? いまからか?」
アドの目がキラキラ輝く。
アドは越前へ行きたいようだ。
「あはは、まずは京都へ行きます。冴子さんが心配だ。でも今からではありません。明日、大阪に帰りのんびりお風呂に入ってその後です」
上杉もスケさん達も生身の人間だ。
休養は必要だ。休みも無く働かせるようなことは出来ない。
「冴子さんを捜すのですか。それなら京都ではなく、行き先は安土ですね。羽柴軍の本陣は安土城跡にあります」
「安土城跡……かつて日本一の城があった場所ですか」
ここからは、見えるわけは無いのだが、安土城の方を見た。
「お、恐れながら。安土城は、ここからなら、ほぼ東になります」
俺がなんで安土城の方を見ているのがわかったの?
北を向いて、目を細めた俺に桃井さんが教えてくれた。
あー、目を細めたからかー。
「コホンッ」
俺は咳払いをして、ビルの屋上を東に移動して目を細めた。
「ぷっ、か、かわいいですね」
「かわいいニャ」
ちっ、この二人には俺はどう写っているんだ。
二人でコソコソ言いながら笑っている。
俺はしばらく見えない安土城を見ながら、これまでの事を思い出していた。
桃井さんもアドも何も言わずに、ずっと黙って後ろに立っている。
姿を消している時もこうして、俺を見守ってくれているのか。
たいへんだなあ。感謝しかない。
――って、俺のプライベートは?
いままで、変なことしていないよなあ。
……あー、変なことしかしてねーや。まあいいか。
「それでは、お世話になりました」
上杉が明智に頭を深々と下げた。
明智家総出で見送りに出てくれている。
「じゃあなあ長兄、新政府軍の事は任せてくれ」
「無理して怪我しねーようにな」
俺は、こっそり明智と左馬之助に強化の魔法を、ほんの少しだけかけておいた。
別名去勢と呼ばれている魔法だ。
少しだけだから、女で失敗しない程度になっているはずだ。
藤田班長のいる関所を抜けると、俺達は全速で大阪城を目指した。
「お帰りーー!!」
大阪城へは午前中に着いた。
あずさの出迎えで真っ黒な魔王城、大阪城本丸御殿へ入った。
「ただいま、あずさ。上杉、スケさんカクさん、響子さんカノンちゃん、明日の夕方までゆっくりしてくれ。本丸御殿を自分の家と思ってくつろいでくれ」
俺の両手をつかんで離さないあずさとヒマリを見て、五人は少し席を外してくれた。
尻のあたりがモゾモゾするのは、アドが姿を消したまましがみついているためか。
お前は昨日も一緒だったじゃねえか。まったく。
「お帰りなさい」
手を引っ張られて連れて行かれた先は小さな部屋だ。
ここは、木田産業の社長室のようになっている。
応接セットと社長の机がある。
全て、真っ黒の金属製というのが違うが、ちゃんと再現されている。
当たり前だ、俺がそうしたのだから。
あずさは、城の中をくまなく見て回ったのだろう、探し当てたようだ。
そこで、古賀さんとミサが待っていてくれた。
「ただいま」
俺は凄く贅沢なのじゃないか。
響子さんとカノンちゃんみたいな美女と別れて、また美女に笑顔で迎えられているのだから。
俺は三人掛けのソファーに座った。
両隣はこれまた贅沢に、絶世の美少女二人だ。
だが、なんだか俺はこの状況になれてしまった。
懐かしい木田産業の社長室は、とても落ち着く。
この部屋に入ってから、あずさがずっと俺の顔を穴があくほど見つめている。
そして、恥ずかしそうにもぞもぞ俺のヒザの上に乗ってきた。
俺にもたれかかり体を預けると、はらりと一粒涙を流した。
「ねえ、とうさん。ゲームしにお家に帰ろっ」
そうだ、あずさにとっては、ここは家じゃ無い。
「いいとも、ヒマリと三人で行くか」
俺達は、木田産業の旧社屋、社長室に移った。
旧社屋には人が一人もいなかった。
ゲン一家は仙台にいるので、留守番がここにはいないようだ。
まるで廃墟だが、掃除だけはしてくれているようで中は綺麗だ。
社長室の扉を開けると、あのガイコツのようなあずさの姿が一瞬見えた。
「やっぱり、ここだなあ」
あずさが真面目な顔をして大きくうなずいた。