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0233 約束は約束

左馬之助は鹿を降ろすと槍をつかんで、庭に降りて来てニヤニヤしている。


「真剣勝負だ。悪く思うなよ」


俺はのそりと立ち上がり、左馬之助の顔を見た。

そして、響子さんとカノンちゃんの顔を見た。

二人は真剣な目をしている。

唇が少し動いた。


――勝って下さい


そう言っているようだ。

二人は俺が負けるとは思っていないようだ。

もし、負けたら二人の事だ、本当に左馬之助と明智の物になる気だろうな。

そっちはいいとしても、勝ってもこいつらが、俺の使用人になるとは思えねえけどなあ。


「なあ、上杉さん。こいつを殺しても、文句はねえよなあ」


なるほど、左馬之助は、左馬之助で戦死した配下の敵討ちを俺で果たそうというのか。

目に殺気が宿った。

みるみる目が充血する。


「それで、左馬之助さんの気が済むのなら……ですが八兵衛も上杉家、家中の者、かなわぬまでも手向いはお許し下さい」


「かまわん、そうで無くては面白くもねえ。こちらからいくぞーー」


なるほど、こうすることで、上杉家は美女二人を、兵士を死なせてしまった事へのお詫びの品のように見せることができている。

そして、俺がいけにえか。

左馬之助はもう勝った気でいるな。


ブオン


空気を切り裂く音がする。

俺の脳天めがけて、太い槍が落ちてきた。

確か、戦の時には二人がかりでも重そうにしていた槍だ。

一人で軽々と振っている。

左馬之助とは凄い男だ。


俺はその槍を、体の向きは変えないまま、斜め前に移動してやり過ごした。


「なにーーっ!! 俺の槍をよけやあがった!! これならどうだーー!!」


振り下ろした槍を、そのまま俺の方へ、横に振った。

俺は、体の向きを左馬之助の方に向けて、後ろに下がった。

しかし、左馬之助はすげーー。

重い槍を自在に、軽々振っている。まるで竹で出来ているようだ。


「チッ、おりゃああああーーーーー」


振り抜くと思っていた槍を俺の前で止める。あれを力ずくで止めるのかよう。

止めた槍を、そのまま後ろに下がった俺めがけて突いてきた。

気合いの入ったいい突きだ。

最早よけるのは無理だ。槍の先には鋭い穂先がついている。


「ぐおっ」


俺の腹にグイッと押し込まれ、俺の口から息が漏れた。


「ぐわああーはっはっはっはっ!」


左馬之助は手応え充分だったのか笑い出した。

俺は、体を一歩後ろに引いた。

槍の先は、俺の利き手の親指と人差し指で止まっている。

すげー攻撃だった。利き手じゃ無ければ止められなかっただろう。


俺は、そのままの体勢で指に力を込めて素早く前に進んだ。


「あつー、熱うーーー」


槍から手を離し、手のひらをフーフーしている。

槍が手のひらで、すべって摩擦熱が発生したのだ。

俺はそのまま、槍を回転させると柄を持ち、槍の穂先を左馬之助の首筋にちょんと当てた。

微かに触れただけだが、一ミリにも満たない穴が空き、プクッと血のドームが出来た。


「しょ、勝負あり!!」


明智が素早く止めた。


「くっ……」


左馬之助が力なくヒザをついた。


「左馬之助が、まさか負けるとは。これでも織田家の柴田と互角に戦ったこともあるのですけどねえ。八兵衛さんは柴田さんにも勝ってしまいそうなほどの強さですなあ。いやあー、騙されました! 八兵衛さんは上杉家で一番強いのではないですか」


明智が言うと、上杉が庭に降りてきた。

そして、俺から槍を取り上げると、庭の中央に進み槍を上段に構えた。


「きええーーーーーーーっ!!!!」


パアアアーーーーーーーン!!!!!


気合いと共に上杉が槍を振った。

きゃしゃな体で、一人では扱いきれないほどの重い槍を、恐ろしい勢いで振り抜いたのだ。

振られた槍からは大きな破裂音が出て、庭の垣根をザワザワ揺らすほどの風が起きた。


上杉の手の槍は、折れ曲がりくの字までは行かないが、それなりに曲がっている。

その槍を静かに左馬之助の横に置いた。

垣根の枝はまだザワザワ揺れている。


「済みません。大事な槍を壊してしまいました」


上杉は、明智に頭を下げた。


「ははは……、いや、すごい。伝説では、上杉謙信様は無双の怪力の持ち主と伝わっていますが、何の!! 今の上杉謙信様の怪力も日の本一かもしれませんなあ」


「お、恐れ入ります」


上杉は、無表情で頭を下げた。


「や、約束の事ですが、さすがに我らは織田家の家中……」


来た来た、来なすった。約束を反故にする気だ


「まてまて、兄者! 男と男の約束だ。それによう、兄者はもともと本能寺で織田信長を殺したじゃねえか」


な、なにーーっ。

ま、まさか、この明智は本物の生まれ変わりかー。


「ふむ。あれは、まずかった。まさか秀吉があんなにはやく帰ってくるとはなあ」


本物だーー!!!

本当の明智光秀だーーー!!


「ひひっ」


左馬之助が笑っている。

間違いないようだ。

どおりで、イメージ通りの光秀のはずだ。


「左馬之助ー、馬鹿野郎! だれが信長を殺しただーー。俺は明智光秀を名乗っているだけだ。その方が織田家の地位がわかりやすいから、便宜上名乗っているんだ。全くの別人だー!」


なにーっ!

一瞬、信じてしまったじゃねえかー。

やめろよなー! 紛らわしいんだよ!


「しかし、すげー。この槍は俺の家の床の間に飾って家宝にしよう。なあ兄者、約束は約束だ」


左馬之助は槍を持ち上げてしげしげと眺めている。


「ふむ、左馬之助のいう通りかもしれんなあ。わかった。八兵衛様、今日より明智家はあなた様の使用人だ」


「えっ!?」


今度は俺が驚いた。

あんな程度の約束でも律儀に守るつもりか。

いいねえ、日本人らしい。

約束は約束か。いい言葉だ。


「スケさん、カクさん、もういいでしょう」


「はっ!! 一同の者頭が高―い!! ここにおわす方をどなたと心得る。恐れ多くも木田家当主、木田とう様にあらせられるぞーー!!」


「ずがたかーーい! ひかえおろーー!! ひかえおろーー!!!」


「ははーーーっ」


明智家の者は、あわてて庭に降り平伏した。

上杉まで平伏している。

響子さんとカノンちゃんが俺の方をうっとり見つめている。

俺はゆっくり縁側に上がり、全員を見下ろした。

って、ちがうちがう。これじゃあ、黄門様だよ。

なんで、こうなったーーー。

まいるぜ。

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