「それでは藤田殿、お世話になりました」
上杉が見送りに出ている番士の班長に御礼を言った。
「ふふふ、上杉様、途中の関所では、この書状をお見せ下さい」
そう言うと、藤田が上杉に書状を渡した。
それを受け取ると、俺達は明智家の丹波篠山城を目指し、山の中の国道を北上した。
「なんだか懐かしいですね」
響子さんが言った。
確かに懐かしい感じがする。
伊勢から大和へ抜ける国道によく似ている。
山と山の間に田んぼが有り、田んぼと山の間に民家が並んでいる。
稲は綺麗に刈り取られている。
ふふふ、五人で旅したあの日々がまるで遠い昔だ。
「あの民家で、のんびり暮らしたいなー」
田舎で夏休みを過ごすゲームを思い出す。
「誰とですかー?」
なんだか全員がギラギラした目で聞いて来た。
上杉まで真顔だ。こわいんだよー。
「ふふふ、全員に決まっているじゃねえかー」
笑顔で答えた。
「……」
五人が急につまらなそうな顔になった。
まるで、俺がギャグにすべったみたいな感じになっている。
だが、怒らせてはいないようだ。それなら良いだろう、やれやれだぜ。
途中数カ所関所があったが、受け取った書状を見せるとすんなり通して貰えた。
そして、最後の関所らしい開けた町の関所では、明智邸まで案内が付いてくれた。
もし、これが上杉をおとしいれる為の罠なら、もう生きて後戻りは出来なさそうだ。
「しかし、良いところだなあ。ここなら大勢の日本人が飢えずに暮らせそうだ」
とても田んぼが多くて、良い町だった。
おもわず口から出てしまった。
「うふふ、シュウ様は何を見てもそうやって、皆の幸せな暮らしを思い浮かべるのですね」
今のこんな世の中じゃあ、だれでも思うことじゃねえのかなあ。
俺はそう思うのだが、響子さんはとても嬉しそうにした。
きれーな女の人だ。うっとりしちまうぜ。
「こちらでございます」
篠山城の堀の改修工事の横を抜け、和風の邸宅に案内された。
門のある立派な邸宅だった。
五人は玄関を通されたが、俺は使用人なのでそのまま外から庭の隅に通された。
縁側のある家で、そこにガラス戸のサッシが付いている。
昔は障子と雨戸だったように見える。古い作りの家だ。
その縁側の奥に和室が有り、ストーブの前に男前が座り、こちらを見ている。恐らく明智だろう。
上杉は中性的な美しさのある美形男子だが。
明智には男らしさが強く入っている美形だ。
ゲームやイラストでの、武将明智のイメージのままの聡明そうな男だ。
この部屋の両側には、ふすまがあり部屋の中に大勢の人の気配がする。
武者だまりとなっているようだ。
明智の前に上杉は通され、正面に座った。
その後ろにスケさんとカクさんが座り、さらに後ろに響子さんとカノンちゃんが座った。
明智の後ろには、いかついおっさんが二人座っている。
上杉が座ると、横にストーブがおかれた。
灯油も今は貴重品だ。
特別待遇というところか。
「藤田というのは、あれでうちの宿老なんですよ」
明智は、藤田の書いてくれた書状を受け取ると、その書状に目を通しながらいった。
「そうですか」
「上杉様は、いにしえの武将、上杉謙信様のような美しさと気高さと、豪胆さを兼ね備えておられるのですなあ」
「私には、その名を名乗るほどの実力はありませんが、勝手にそう呼ばれています。お恥ずかしい限りです」
「何を言われます。現に今こうして、五人でここに来ておられるではありませんか。とても出来る事ではありません」
「ふふふ、それは、私の意思ではありません。我らが大殿に言われたからに他なりません」
上杉はこの時、視線を中庭にいる俺に移しそうになった。
すぐに気付き、やめたようだが、明智は見逃さなかったようだ。
そのほんの少しの、目玉の揺らぎを見て明智は、表情を一瞬だけほんの少し動かした。
どうやら、明智には俺の正体がばれてしまったようだ。すげー野郎だぜ。
さて、明智はどう出てくるのだろうか。
今のところ、気が付いた素振りは見せていない。
「なるほど、そうですか」
「大殿は、『誠意を込めて謝罪をせよ』と、仰せになりました」
「ほう。変わった方ですねえ。戦で敵兵を殺すのは当たり前の事。それを謝罪せよというのは……。それで、上杉様はたった五人で来たと言うのですか。私が上杉様を亡き者にしようとするとはお考えにならないのですか」
「もし、そうなったとしても、私には頼もしい護衛、スケさんとカクさんがいますからねえ」
「おお、その方はスケさんとカクさんと言うのですか。越後の……、そしてスケさん、カクさんと来れば、使用人のあの方は、うっかり八兵衛と言う事になりますなあ」
明智の野郎、無理矢理俺に話しを持って来やあがった。
「ぷっ!!」
おいおい、上杉達が吹き出した。
お前達がうけてどうするんだよ。
はぁーっ、やれやれだぜ。
だが、おかげで明智が「!?」な、表情になった。
おかしい、八兵衛さんは木田の大殿では無いのでしょうか? という表情だ。ここは、たたみかけた方がいいな。
「殿様、カバンはいかがしましょうか?」
俺は庭先で、頭を地面に付けて発言した。
それを聞くと、上杉は鬼の表情になった。
それは、まわりの全てを恐怖におとしいれる表情だった。
美しい絵画のような顔が、般若の様な顔になり俺の方に近づいてくる。
「馬鹿野郎!! 明智様の前で下郎が自ら発言するんじゃねえ!!」
上杉は俺の頭を踏みつけると、そのまま何度も蹴りつけた。
上杉は、その顔が俺にしか見えないとわかっているため、いたずら小僧が母親に叱られているような顔をして、俺を蹴り続けている。
さすがは上杉だ。
自分のせいで俺の事が、大殿とバレそうになっていることに気が付いていたようだ。
こういう場合の使用人は、自分から発言してはいけない。殿様からお声がけがあってから初めて発言が許されるのだ。
「う、上杉様、もう、その辺で……」
明智が上杉の後ろに駆け寄り、止めている。
まあ、これなら、俺が大殿という疑いは払拭出来ただろう。
だが、ここはもう一声だ。
「ぶひいいぃぃぃぃーーー」
顔を覆って泣ている振りをした。
「ぷっ!!」
おーーい、スケさんとカクさん、響子さんとカノンちゃんまで吹き出した。
うわあー、上杉まで笑いをこらえている。
俺って、そんなに豚のまね面白いのかー?