「くそう、ハルラの野郎! 恥をかかせやあがって」
「シュウ様! みんな、心配したのですよ」
響子さんがまるでお母さんのように、あの人を見つめます。
「あーそうか。皆、済まなかった。心配をかけた。ハルラの策略にまんまとはまってしまった。恥ずかしいかぎりだ」
あの人は素直にひざを折ると頭を下げました。
「なっ、何をなさるのですか。大殿がその様な事をされては」
律儀な上杉さんや、伝令の方々、古賀忍軍の子達が恐縮しています。
「上杉! すぐに陣に戻り指揮をしてくれ。恐らく今の爆発を見て京都から、新政府軍が引き上げてくるはずだ」
「それを、殲滅するというわけですね」
「いやいや、ちがうよ。そのまま見送ってくれれば良い。大阪城に来ないように伊達家と協力して、牽制をしてくれるだけでいい」
「はっ!」
「ミサ、名古屋へもどって、あずさを連れてきてくれ。そして、あずさに救助した女性を木田の本城に送り届けてもらってくれ」
「はい」
その後も、あの人は色々な人に指示をしていましたが、私は途中で、名古屋へ戻りました。
「あずさちゃん」
「ミサさん!?」
私の顔を見るとあずさちゃんが、今にも涙がこぼれそうな目で走ってきました。
その一瞬で私の心まで悲しさで一杯になりました。
すでにこの子は、魔性の女になりつつあるようです。
女の私でさえ、この子の思うままに心が揺れ動きます。
「一緒に来て!!」
私が言うと、涙が限界ギリギリまでたまります。
それでも泣かないように我慢するつもりのようです。
「うわあああーー、やっぱり死んでしまったのですね。ふぐううっ。お、お通夜ですね。わかっていました。急に眠くなって、花畑でとうさんに会いましたから」
泣き声まで一瞬出しましたが、それでもかろうじて、涙はこらえました。
「えええーーっ」
こ、この子、あの人にお花畑で会っていたようです。
驚きました。
「とうさんは何故か、はだかん坊でした」
……
「あ、あのね。落ちついて聞いて、あの人は生きています。ハルラの策略にはまりましたが無事に帰ってきました」
「ほ、本当ですか。よかったー」
カクンと足から力が抜けて崩れ落ちました。
我慢していたはずの涙が、あふれだしてキラキラ輝きながら名古屋城の最上階の床に落ちました。
でも表情は笑顔です。いつまでも見ていられそうな、とても美しい笑顔です。
そこからこぼれる涙は、もはやダイヤよりも美しいと感じました。
至高の美少女とは、この少女のことを言うのでしょうね。
「ミサ様、私もとうさんに会いたいのですが、駄目でしょうか」
もう一人の美少女、ヒマリちゃんが聞いて来ました。
「そうね。大丈夫でしょう。一緒に行きましょう」
「……!?」
ヒマリちゃんは、嬉しすぎたのか声も出せずに口を押さえ喜んでいます。
あー、この子もかわいいわ。
私は、我慢出来なくて、二人をギュッと抱きしめました。
そして、そのまま通天閣へテレポートです。
本当は尾野上隊の陣へ行くべきなのでしょうが、この美少女達をあの人に真っ先に会わせてあげたいじゃ無いですか。それが人というものです。
……通天閣はもぬけのからでした。
割れた窓から外を見ると、あの人は壊れた城の下で腕を組んでいます。
「ああーーっ、とうさんだー!」
そう言うと、あずさちゃんは、自分であの人のところへテレポートをしました。そして、もう抱きついています。は、速い。
本当にあの人は凄い人です。あれほどの美少女に抱きつかれたのに、少し見ただけで頭を撫でて視線は、今はもう無い大阪城の方を見ています。
美少女より大阪城って、馬鹿なのでしょうか!
「私達も行きましょうか」
私が言うと、ヒマリちゃんは首を振りました。
ちょっぴり、羨ましそうな表情に見えます。
少しの間、邪魔をしたくないと思ったのでしょうか。
私は、この美少女がもっと愛おしく、かわいく感じました。
しばらく時間を忘れて抱きついていたあずさちゃんが、我にかえりキョロキョロしています。
そして、こっちを見て、手招きをします。
「もう良いみたいよ。行きましょうか」
「はい」
ヒマリちゃんは、笑顔になり返事をしました。
それだけでしたが、私にはヒマリちゃんの体の回りがキラキラ輝いて見えました。
「とうさん」
「おお! ヒマリ」
ヒマリちゃんもあの人に抱きついてスリスリしています。
普通なら、ニヤニヤしそうなものですが、あの人は浮かない表情です。
「とうさん、負けたのですか」
「わかるのか。そうだ、盛大に負けた。おまけに大阪城がこの通りだ」
えーーっ! ちょっと、待って下さい。
あれって、負けたのですか?
私には盛大に勝ったように思えますが。
だって、大阪城を罠にして殺そうとした、新政府軍の策略を破って、無傷で生還したのですから。
「凄く寂しいですね」
ヒマリちゃんは、あの人と同じ場所に視線を合わせて言いました。
「そうだな。一つの時代が終った感じがする」
この人は、壊れた大阪城を見ながら何を思っているのでしょうか。
豊臣家の終わりでも見ているのでしょうか。
それとも……
「あずさ、頼みがある」
「はい、何ですか」
「東に、新政府軍から助けた女性がいる。その人達を木田家本城へ送り届けてくれ」
「わかりました」
「ミサさん、ヒマリちゃん、行こう」
「えっ!?」
「うふふ、邪魔をすると、とうさんに嫌われますよ」
私は、残っていようと思いましたが、あずさちゃんに釘を刺されてしまいました。
きっと、あの人が一人になりたいと思っていることがわかったのでしょうね。凄い子です。