その時、少し後方から子供の声が聞こえてきた。
「たすけ……、たすけ……」
「爺さん、子供の声が聞こえる。助けを呼んでいるように聞こえる」
「そうじゃのう……」
「あははは、本当にあんたらは何も知らないのだな。この辺の浮浪児は大人の賊より質が悪い。平気で人殺しをする。きっと罠に違いない。無視だ無視」
山城は口では笑いながら目は少しも笑っていなかった。
「そうか、じゃあ皆は先に行ってくれ、俺は様子を見てくる」
「そうか、じゃあな。俺はそんなことに首を突っ込んで死ぬのはごめんだ。悪く思わないでくれ」
山城軍曹は、スタスタ先を急いだ。どうやら爺さんもそれに付いて行くようだ。
「爺さん、俺も後から行くけど、会えなかったらリヤカーの所で待っていてくれ」
「おっ、おう」
俺は皆に手を振った。
「本当に行かなくて、よろしかったのですか?」
響子さんが意地悪そうに聞いて来た。
カクさんと響子さんとカノンちゃんの三人は残ってくれるようだ。
まあ、三人には関係ない場所だから当然か。
「ふふふ、そういうところに行ける度胸があるのなら、ここにいるような人生は歩んでいない。それに、俺みたいな男の相手をさせられる女性の身になって考えるとね、行けないのさ俺でも嫌だからな、こんな見た目の奴。だから、とても行く気にならないのさ。そんなことより、はやく子供を助けよう」
「……」
三人の服を引っ張る力がほんの少し強くなった様に感じた。
俺は、服を掴む手をそっとほどき、声の方へ走り出した。
「うわああーー!、たすけてーー!!」
声の主は四人の子供だった。
全員ボロボロの格好をしている。
新政府に放置され、それでも頑張って生きてきた子供達だ。
「どうした?」
「仲間が、瓦礫に閉じ込められて、出られないんだ」
見ると、五階建てくらいの崩れたビルの隙間を、子供達がのぞき込んでいる。
壊れかけのビルを住みかにしていたのか、崩れてしまって五センチくらいの隙間の奥に人の気配がする。
「よし、どいていろ」
腕まくりをして、ビルを持ち上げようとした。
「あ、あんたは馬鹿なのか? そんなことは出来る訳がないよ。時間が無いんだ。中の仲間はもうずっと、飲まず食わずなんだ。何か食べ物と飲み物をおくれよ」
「おお、そうなのか」
俺は、とっさに身につけているバックパックの中に、水のペットボトルとおにぎりを出し、それをバックパックから取りだした。
「面倒臭いなー、全部おくれよ」
バックパックごともぎ取られた。
それを、瓦礫の隙間の中へ棒で押し込んだ。
カクさんも響子さんもカノンちゃんも奪われて、同じように瓦礫の隙間に荷物を押し込まれた。
「うわあ、やったー、すげーー、沢山食べ物が入っている」
隙間の奥から歓声が上がった。
当然だ、中に入れる時に俺が収納魔法で収納されている物を入れてやったからな。
しかし、よかった。中の子供達もまだ、元気なようだ。
「へへへ、ポケットの中の物も全部出すんだ」
俺が、ビルに手をかけて持ち上げようとしている背中に、一番大きな少年がナイフを突きつけて言った。
「おい、何をしているのか分かっているのか」
とうとうカクさんが叱った。
「あんた達が馬鹿だから、教えてやるよ。俺達は追い剥ぎだよ。速くしないと本当に刺すよ」
「ふふふ、はははは。面白い子供だなー。刺せるもんなら刺してみろ」
「言ったな、後悔するなよ! この豚ーー!!」
少年は、ためらうことなく俺にナイフを押しつけた。
俺は、その場所にキュッと力を込めた。
「な、なんだー! この糞豚野郎! 刺さらない。鉄みたいに固い!!」
うん、君の糞豚野郎の方が心に刺さったよ。
「よっこいしょ。ビルが崩れないようにそっと持ち上げないとな」
ガラガラッと瓦礫が少し崩れて、子供なら出入り出来るくらいの隙間が出来た。
「す、すげーー! ビ、ビルが持ち上がったー」
少年が俺の背中にナイフを押しつけたまま、目を大きく見開き、まばたきを忘れている。
「何をしている。もう出られるだろう。はやく出るんだ」
「おーい。みんなー出てくるんだー」
少年が呼ぶと、子供達の気配が消えた。
「??」
「あのさあ、そんなに危ないところを、通らせられないだろ。この裏から自由に出入り出来るんだよ」
俺の横に荷物を持った子供達が並んでいる。
ビルを降ろすと、裏側にまわった。
なるほど裏側が綺麗に割れて、自由に出入り出来るようになっている。
苦労して持ち上げる必要は無かったようだ。
「全部で七人か」
「……はい」
怒られると思ってか、下を向き、眉毛を下げて寂しげな表情をしている。ひょっとすると、殺されるとでも思っているのだろうか。
「食べていくのに苦労をさせてしまったなー」
「!?」
少年は下を向いたままだったので、目から出た涙が、そのままポタポタ地面に落ちた。
当たり前だ、この少年が年端のいかない子供達の面倒を見るのは大変だっただろう。それを怒れるものか。むしろ感謝しかない。
「みんなー、おなかが空いているだろう。さあ、全部食べていいぞー」
「ほんとーー」
小さな子供達三人が、無邪気に食べ始めた。
四人の子供達は、自分の今のおかれている状況がわかるのだろう、手を出さなかった。
でも、三人が嬉しそうにおにぎりを食べている姿を見て、少しほっとした表情をしている。
「君、名前は?」
「ノブです」
「そうか。ノブは食べないのか?」
「僕達はどうなるのですか。殺されるのですか」
俺の質問はあえて無視したようだ。
「ふふふ……」
俺は目一杯悪い顔をしてみた。
大きく目を見開き、顔に影を落としそして、ニタリと笑う。
ノブは観念したのかガックリひざを折った。