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0186 飢えた子供達

かしらの話しは最初、俺の知っているパニックの話しだった。

俺は聞きながら目を閉じて、日本中の人々の恐怖をもう一度噛みしめていた。


「俺達はやっとの思いで助けあって生き残った。だが、ある日、新政府を名乗る軍団が大阪からやって来た。俺達は喜んだ。政府が救いにきてくれたのだと……。でも、違っていたのさ、奴らは悪魔のようだった。大和の食糧を全部持って行ったのさ。赤ん坊の粉ミルクまで全部根こそぎ持って行った。そして、女を連れ去った。残った男達と子供に強烈な飢餓が襲いかかった。話しに聞いていた江戸時代の飢饉のような感じだ」


「ひどい……」


響子さんが、その状況を想像したのだろう涙があふれ出した。


「一部の人間は大阪に行き、武力で食糧を奪い返そうとした。あんたらも、知っているだろう、新政府軍は強かった。返り討ちにあい、一部の者達は新政府軍の使い捨ての足軽にされた。俺は、仲間とともに山に入った。山には鹿やいのししがいる。木の実や山菜もある。そう思ったんだ。だが、日本の山は、大勢の人間を養えなかった。ふふふ、木がな、ほとんど杉なんだよ。あっという間に何も無くなった。後は体の弱い者から死んでいったのさ」


「……」


俺達はもう何も言えなくなった。


「来るかい。俺達の集落へ。悲惨だぜ」


そう言いながら、かしらは笑った。

その笑顔を見たカクさんと、カノンちゃん、爺さんまでもが声を出して泣きだした。


道路から見えない位置だが、それほど離れていないところに集落はあった。

木で組まれた掘っ立て小屋が幾つもある。

ジャングルの奥地の原住民が住んでいるような集落だ。


「もう、ほとんどが空き家だ」


俺達の渡した食糧の炊き出しが始まり、興味深そうに子供が三人離れた所でそれを見つめている。


「こ、子供だ!」


俺は思わず声が出た。


「ふふふ、あんたは相当子供好きだなあ」


かしらが笑った。

そう言えば俺は、元々は子供好きじゃなかった。

うっとうしいし、面倒臭い。

もともと、コミュ障だから人そのものが嫌いだった。

全部あずさが変えてくれたおかげだな。

俺のすべてを信じ、受け入れてくれる存在が変えてくれたのかもしれない。


「おなかは空いていないか」


俺は一番大きな子供に声をかけた。

一番大きいと言っても、十才前後だろう。垢まみれの黒い顔にボサボサ頭、ボロボロの服のガリガリに痩せた子供に声をかけた。

どことなく初めて会った頃のあずさに似ている。


「何だ! お前は!? 豚か。気持ちわりーー!!」


ふふふ、俺は平気だよ。慣れているからね。

と、いいながら、ショックを隠せない。

初対面では、やっぱり俺は気持ち悪いんだね。


「ジャーーーン!」


俺はマジシャンの様に手を動かし、綺麗に皮のむけた、ホッカホッカのゆで卵を右手に出した。木田産の美味しい玉子だ。

そして、左手にはマヨネーズだ。


「わあああああーーーーー!!」


他の小さい二人も気が付いて、こっちを見た。

俺のゆで卵を、大きい子供は取ろうとしなかった。

なので、一番小さい子に渡した。

当然マヨネーズはたっぷりだ。


そして、もう一度右手を振ると、あら不思議二つゆで卵が出た。


「ほら」


「ありがとう」


大きい子は、お利口だ。

御礼を言って一つずつ受け取った。


「ふぁりふぁとー」


口一杯に、ゆで卵を頬張って、一番小さい子も言った。

大きい子供達も、口一杯に頬張った。

一番大きい子の目から、ポロポロ大きな涙が粒になって落ちた。


こんな状態になる前の、家での温かい日々でも思い出してしまったのだろうか。そして、やさしい両親の事を思い出したのだろうか。

それはきっと、遠い日のように感じているのだろう。


「ぼうず、名前は」


一番大きな子供に名前をたずねた。


「ライ」


「強そうな名前だな。もう一つ食べるか」


手が六本のびてきた。

子供達が両手を出している。

全部の手にゆで卵をのせて、マヨネーズもかけてやった。

そうしたら、一口ずつ食べると、また前に出してきた。


「マヨネーズ!!!」


三人が言った。

俺は、全部の一口かじった所に、もう一度マヨネーズをたっぷりかけてやった。満足そうにペロリと平らげた。

そして、器を出すとそこにゆで卵を入るだけ入れて、マヨネーズも二本渡してやった。

それと、水筒とコップを出してやった。


「すげーー、おいしい水」


「そりゃあそうさ、富士の湧水だからな。その水筒は魔法の水筒だ。いくらでも水が出てくる。皆で飲むといい」


「ありが……と、う」


ライがキラキラした目で見つめてきた。

さっきまでは死んだ目をしていたが、生気がわいてきたようだ。

その後すぐに、ゆで卵と水筒を持ってどこかへ走って行った。

きっと、他の子供達の所へ行ったのだろう。


「かしら、ありがとうございます」


俺は、元気な子供達がいるのを見て、深々とかしらに頭を下げていた。

何も考えず自然と出てしまった行動だった。


「うおっ」


かしらが驚いている。


「しゅっ、シュウ様」


小さくつぶやいて、カクさんと響子さん、カノンちゃんは俺を見つめている。


「そうだ、これでも食べましょうか」


俺はいつものマグロ丼をだした。


「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」


歓声があがった。


「慌てなくても全員分有ります。お替わりもありますから」


炊き出し用の火のそばに座って、二十人程が食べ始めた。

寝たきりで動けない人がまだ数人いるらしい。

俺の前で、爺さんがすごい勢いでかきこんでいる。

全部の食糧を渡してしまって、精神的に腹が減ってしまったのだろうか。

それとも、本当に腹が減っていたのだろうか。


本当に腹が減っていたのなら、たいした爺さんだ。

俺は、急に爺さんに関心がわいてきた。

爺さんの丼が空になったタイミングで、話しかけて見た。


「爺さん、ほら、お替わりだ。いるだろう」


「おう」


嬉しそうに手を伸ばしてきた。

そして、もう一つ手が下から伸びてきた。

俺のヒザにライが座っている。

マグロ丼を渡すと、うまそうに食べ出した。


「なあ、爺さんあんた、出身はどこなんだ?」


「わしかー、わしは、沖縄さー」


金城という名字でそうかなー、とは思っていたがやっぱりか。


「琉球の人がなんで、こんな所にいるんだ」


「ははは、簡単だ。沖縄は仕事が少ねー。大阪に出稼ぎさー」


終ってしまった。

大阪に出稼ぎに来て、こんな騒動に巻き込まれ、必死に……か?

まあ、頑張って生きてきたのだろう。

ガツガツ、マグロ丼を食べる爺さんの姿を見ていると、なんだか心が温かくなるのを感じていた。


「しかし、シュウさんは変わった人だ」


「えっ!?」


かしらが、俺の顔をまじまじと見てくる。

豚に似ていると言う事か。


「ライは変わった子でね。大人を避けて誰にも近寄らねえし、近寄せねえ子だったのさ」


「ははは、食いもんにつられたんじゃねえのか、いてーーっ」


ライがあごに頭突きをくらわしてきた。

たいして痛くねーけど言ってやった。

ライは、やっておいてオロオロしている。かわいいなー。

ギュッと抱きしめて、頭を撫でてやった。


「シュウ様……」


カクさんが何か言おうとしてやめた。

なんだーー……。すげー気になる。

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