結局、戦場へは翌朝移動を開始した。
どれほどの激戦かと心配していたが、各橋での戦いはすでに決着していて、残すは近江大橋だけだった。
だが近江大橋は、敵の移動用に手をつけないという、犬飼隊長の判断で放置されている。
全部ふさぐと、京都からの撤退が出来なくなる。窮鼠猫を噛むのことわざ通り追い詰め過ぎないように、退路を残すことにしたようだ。
「十二番隊には、各橋の防御を頼む。十一番隊は膳所城を攻めてみようと思う」
「我らも、参加致しますが」
カクさんが隊長に申し出た。
「いや、あまり抵抗が厳しいようなら、無理に落とすこともない。精鋭で行きたいので、申し出はありがたいがお断りする」
精鋭で行くという言葉に、爺さんがほっとした顔をした。
「金城班長、あんたの部隊もそろそろ、精鋭の仲間入りだろう。参加してもらおう」
「なーーっ!!」
俺は、こんな表情をする人間を初めて直に見た。
まるで、豪華なウエディングケーキを、目の前で倒された新郎の表情に似ている。
その表情を見た、カクさんも響子さんもカノンちゃんも、顔を伏せて肩をふるわせている。
「行くぞ! 支度しろ!」
「は、はいーーっ!!」
俺達は、昨日バイパスを守った部隊に戻り、すぐに出発となった。
部隊は湖岸道路を北上した。
右手に巨大な湖、琵琶湖がある。
おそらく、部隊の人間に景色を楽しむ事が出来る者などいないだろう。
「さすがだ。すでに守備の固めが終っている」
膳所城が見えたところで声が出てしまった。
すでに膳所城には千人以上の人影が有り、道路にも木の柵が作られ、橋の交差点にも人の配置が終っている。総勢は三千弱というところか。優秀な軍師でもいるのだろうか。
恐らく、羽柴軍は他の橋の守りは捨てて兵をここに集中していたのだろう。
新政府軍十一番隊は精鋭五百人ほどだ。
「止まれーー!!」
犬飼隊長の号令で部隊は、敵の様子が大体わかった所で止まった。
すぐに引き返すのかと思ったら、そのまま動かない。
「あんちゃん、何で動かないのじゃ。これはわしが見ても、勝ち目はない引き返すべきじゃろう」
「ふふふ、もうじき玉砕覚悟の突撃でもするのでしょうか」
「なっ、なんじゃと!!」
爺さんのどんぐり眼がまた見開かれた。
「いえ、そんな訳はありませんねえ。もし突撃するなら、大和人の足軽を前面において、全軍で突撃をするはずです。何かを待っているのでしょうか」
「あんちゃん、驚かすなよう」
爺さんが、安心したようだ。
爺さんの横にブルとチンがいて、二人とも俺達の会話を必死に聞いている。
しばらく、静寂が続いたのち、羽柴軍から歓声があがった。
「わああああーーーーー!!!!!」
道をふさいだ兵士達が左右に別れ、道が出来た。
それはまるで花道のようだ。
その花道の中央を一人の美丈夫が歩いてくる。
「わが名は、羽柴軍近江守備隊前田である」
あれは越中で見た前田だ。
戦場の花形、一騎打ちが始まろうとしているようだ。
「わが名は、新政府軍十一番隊隊長犬飼である。いざ尋常に勝負願いたい」
「いくぞーーー!!!」
前田が叫ぶと走り出した。
前田の手には、長い太い鉄の棒が握られている。
犬飼隊長の手には、西洋式の鉄製の長剣が握られている。
恐らくハルラからもらった、異世界の剣だろう。
こうしてみると、戦場での一騎打ちとは、なんとわくわくするものだろうか。
戦場での命をかけた戦いだ。
まわりの兵士達はまるで観客だ。
誰も、邪魔をしようという者はいない。
「おりゃああああーーーーーーー!!!!!」
両者の雄叫びが上がる。
ガキン、ガキンという打ち合いの音が響く。
すげーな、前田はあんなにつえーのか。
ハルラの強化人間と互角に戦っているじゃねえか。
柴田はあれよりつえーのか。
こうして、新政府軍の足軽として見ていると、新鮮に見ることが出来た。
あれほど憎んでいたハルラだが、こうして新政府軍にいると、犬飼隊長を応援してしまう自分がいる。
「うおおおおおーーーーー隊長ーー!!!!」
「うわあああああああーーー、前田様ーーー!!!!」
両軍から声援が上がる。
戦いに決着はつきそうになかった。
十分以上の打ち合いが続いた。
「おりゃあああーーーーー」
前田が上から武器を振り下ろし、それを犬飼隊長が下から打ち上げた。
ギイィィィィーーン
お互いの渾身の一撃だろう。
ぶつかった武器から、オレンジの火花が散った。
そして、二人はよろけた。
よろけた足を踏ん張り、お互いが間合いを取るため後ろに飛んだ。
二人が同時に後ろに飛んだため、両者の間には攻撃が届かない空間が出来た。
「はあぁぁぁはっはっは、ゆかいだ」
そう言うと、前田は、花道に戻っていく。
「引き上げだーー」
犬飼隊長が、声を出した。
どうやら、勝負は引き分けとなった。
隊長は、前田の背中を見つめそのまま立っている。
隊は全員背中を向け撤退を開始した。
だが、羽柴軍にその背中を襲う素振りはない。
どうやら、敬意を示し背中を襲うことはしないようだ。
前田らしい対応だ。
くそう、かっこいいじゃねえか。
日本人同士の戦いはこうじゃなくてはいけない。
ルール無用の戦争だからこそ、お互いを尊重し紳士的に戦わなくてはならないはずだ。
「おい、新入り! いつまでそうしているつもりだ」
俺は、感動してずっと前田の背中を見つめていたようだ。
隊長に言われて我に返った。
いつの間にか、まわりに人がいなくなり、ポツンと取り残されていたようだ。
「す、済みません」
くるりと後ろを向いた俺の背中を、犬飼隊長がポンポンと叩いた。
くそー隊長めー。
かっこいいじゃねえかー。
俺は、なぜか涙が出ていた。
戦いは、この後お互いに決め手のないまま停滞する事になる。