翌朝、日の出と共に騒ぎが起った。
やると決めたら、朝食すら食べさせる気は無い。
「うわあああああああーーーーーーーー!!!!!! なんだ、なんだこいつは」
「ア、 アンナメーダーマンだーー。ぐわあああーー」
「増援を呼べーー!! 手配書のアンナメーダーマンだーー!!」
騒ぎの声が俺の所まで聞こえてきた。
「おい、新人! 犬飼隊長がお呼びだ」
隊長のところから、隊員が派遣されてきた。
「ふふふ、シュウさん、お呼び出しだ」
「班長! では、行ってきます」
「俺も同行しよう」
柴井班長と、俺は隊長の所へ急いだ。
「うわぁぁぁぁーーー!!!」
騒ぎの声はずっと続いている。
だが隊長の宿舎では、騒ぎの声は山の下よりずっと小さい。
「お呼びですか?」
「うむ」
「柴井班長も一緒なのか? 別に新人、一人で良かったのだがな」
「どうしたのですか」
「いや、何でも無い。ふふふ……。もう下がっていいぞ。いやまて、外で待機しろ」
「はっ」
俺達が隊長の宿舎を出ると、隊長は叫んだ。
「撤退だーー!! 桜木さんがかなわない奴に、立ち向かってもしょうがない。陣を捨て撤退するぞーー」
「班長、撤退だそうです」
「うむ、アンナメーダーマンと言うのは、幹部の間では恐れられているみたいだなー」
「その様ですね」
「しかし、犬飼隊長はシュウさんをアンナメーダーマンと疑っていたようだ。なかなか用心深い、優秀な人だったようだな」
「そうですね。今後も気をつけます」
「ふふふ、でもこれで、シュウさんの考え通り、疑いは晴れるでしょう。では、シュウさん、お別れです」
「はい」
「隊長! どうした柴井班長」
「俺は、部下のところへ向います。新人を頼みます」
「そうか。わかった。気をつけてな」
班長は、走って行った。
「よし、俺達は、撤退するぞ」
装備を整え終った隊長が俺に言った。
「はっ」
犬飼隊長の行動は速かった。
声の無い方へ向い、全力で走った。
「伝令、全軍に伝えろ! 足軽小屋へ撤退せよと」
「はっ!」
俺は、隊長の取り巻きにまじって足軽小屋を目指した。
俺達が走っていると、後ろに次々隊員達が合流してきた。
「報告しろ、状況は」
「はっ」
「現在、六割ぐらいの者が戻っています」
足軽小屋に着くと隊長は、部隊の損害を確認し始めた。
だがそこに、柴井班長の姿は無かった。
どうやら、決断をしたようだ。
「あ、ブルさん、チンさん」
「おお、新人」
「班長達は?」
「様子を見に行くと言って他の隊員達と出て行った」
そうか、この二人は大和人と違うようだ。
班長の信頼はそれほど厚くなかったのだろう。
「無事でしょうか?」
「わからねえ、ありゃあ、駄目だ。バケもんだった。真っ黒で一度に数十人吹き飛ばしていた」
「見たのですか」
「ああ、逃げる時一瞬だけ見えた。ありゃあ駄目だ」
「なにーー、て、敵はアンナメーダーマンただ一人だと。それでこの短時間にそれだけの、被害を出したのか……」
隊長の大声が聞こえてきた。
行方不明者、数十人、けが人は百人を超えているらしい。
二時間ほどしたら、十二番隊も撤退してきた。
十二番隊の宿営地もアンナメーダーマンに襲われたようだ。
どうやら、柴井班長の判断のようだ。
「シュウ様!!」
「スケさん、ここでシュウ様はまずいです」
スケさんとカクさん、響子さん、カノンちゃんと再開が出来た。
全員元気そうだ。
と、いう事はアドもどこかにいるのだろう。
全く気配がしない。たいしたもんだ。
「申し訳ありません」
「いいえ。シュウさんで、いいですよ」
「はい」
響子さんもカノンちゃんも話したそうだが、女性だとバレるといけないので、話すのをあきらめているようだ。
でも、目が、目が。
何かを訴えている。なんだか、静かだけれどもうるさい。
昼を過ぎると動きがあった。
「我々十一番隊は、京都に移動し九番隊と合流し防衛戦に参加する」
「……」
十一番隊は、静かになった。
「十二番隊は、京都、大阪への街道の防衛だ」
どうやら新政府軍は、アンナメーダーマンとの戦闘をあきらめ、京都に兵力を集中するようだ。
新政府軍にとってのアンナメーダーマンはそれほどの脅威なのか。
もう少し油断して欲しいのだが、そうは甘くないようだ。
再会は束の間の喜びだった。
ここでまた、四人とお別れとなった。
京都に向う十一番隊は、国道二十四号線を北上した。
しばらく十二番隊と行動を共にしたが、木津川で十二番隊は大和に蓋をするため、ここに布陣する様だ。
十一番隊は宇治に入ると、隊員が補充され、国道一号線京滋バイパスを通り、羽柴軍の後方の攪乱お呼び、補給線の分断を命令された。
守りが手薄なことを期待したい。
ここで宿泊の準備をしていると。
「よーーーい!! あんちゃーーん!!」
「おおおーー、爺さん」
爺さんが、俺を見つけて元気そうに声をかけてきた。
足軽小屋で面倒を見てくれた優しい爺さんだ。
どうやら、補充要員の中にいたようだ。
「大変な事になったなー」
「そうですね」
「アンちゃんは、どうしてそんなに余裕なんだ。見て見ろよ! これを」
爺さんは、両手を前に出してきた。
その両手は、ブルブル震えていた。
「そ、それは、アル中のアルコール切れでは?」
「ぎゃーーははは、ちげーねえ」
なんだか、つぼだったようで笑ってくれた。
だが、目は悲しげで、決して心から笑っていないのがわかる。
大体、酒は今や高級品で、飲むことはそうそう出来ない。
重度のアルコール中毒者でも、完治してしまうはずだ。
翌朝、隊の編成が終ると行軍が始まった。
俺と爺さんは同じ班になった。
班長は、昇進したばかりのチンだった。
「止まれーー」
行軍はしばしば止められて、斥候を出し、敵に見つからないように注意しながらすすめられた。
昼に長めの休憩がはいった。
説明は、敵の間者がどこにいるのかわからない為か、されなかったが恐らく夜襲をかけるつもりなのだろう。
星明かりの中、全員が整列させられた。
「夜明けの光が出たと同時に、総攻撃をかける」
犬飼隊長の声も心なしかうわずっている。
そして、武器が渡された。
鉄の棒だ。っておい、RPGの初期装備並だなー。
そう言えば、俺は拳銃と短刀を持ったままだ。
「爺さん、これをやる」
俺は誰にも聞こえないように、爺さんの耳の中にささやいた。
「!?」
爺さんは、驚いてどんぐり眼を見開いた。
白目が、明るく光った。
「い、いいのか」
俺は、小さくうなずいた。
全体に武器が行き渡ると、物音一つしなくなった。
誰もいないのではないかと思えるほどの静寂だ。
きっと、このまま時間が止まればいいと、多くの人が思っているだろう。
あたりはまだ暗かったが、空に橙色が見えた時とうとう声が響いた。
「全軍突撃ーーーー!!!!!!」