十一番隊の宿営地は、ショッピングセンターからは一時間とかからない距離の山の中にあった。
この場所は和歌山からの主要道を押さえる位置にある。
食糧調達部隊とはいいながら、大和を守る防衛拠点も兼ねているようだ。
山の木を刈り取り、いくつかの宿舎やテントが出来ている。
ここで戦利品を納めてから休憩を取っていると、数人の取り巻きに囲まれて、偉丈夫なイケおやじがやって来た。
「皆、よくやってくれた。ハルラ様が喜ぶだろう」
「はっ!」
全員が敬礼した。
「柴井伍長、新人はどいつだ」
偉丈夫が班長に声をかけた。
「はっ、犬飼隊長! あの男、十田十です」
どうやら偉丈夫は、十一番隊の隊長らしい。
さすがに貫禄がある。
「ほう! 報告通りのデブだな」
なにーっ!!
だが、俺は人間が出来ている。その程度では怒らないし、表情も変えない。
「おい、シュウ、隊長だ!」
「は、初めまして。よろ、よ、よろしくお願いします」
俺は、大いにビビった振りをして答え、土下座した。
「ふふ、そこまでする必要はない。励めよ!」
俺の姿を見ると満足したのか、そのまま次の班に歩き出した。
「おい、あいつは手配書のアンナメーダーマンじゃないのか」
犬飼隊長は取り巻きに聞いている。
隊長は、そのために俺の姿を見に来たのか。
やべーー。
「まさか、アンナメーダーマンが、我軍に入隊するはずがないと思います」
「ふふふ、だろうな。桜木様すら恐れるほどの奴が、あんな豚顔の小物のはずがない。がはははは」
よかった、ビビった振りをして。
俺の小物振りは、天下一品だからバレる事はなかったようだ。
しかし、アンナメーダーマンの名は、関西では有名なようだ。
俺に疑いが向かないように、対策を取らなくてはならないだろう。
「班長、アンナメーダーマンの手配書というのは何ですか」
「ああ、これだ」
はぁーーっ!!
な、何だこれは、まるでアドの書いたアンナメーダーマンじゃねえか。
違うのは手足が描いてあるところだけじゃねえか。
つーか、他人にはこう見えていると言う事なのか。
いや、違うだろー。俺はおはぎじゃねーー。
班長の見せてくれた手配書にガッカリした。
「皆、聞いてくれ」
隊長が、あらたまって俺達に話しかけた。
「今回の功績で、シュウ以外は昇進条件を満たした。昇進だ」
「おおおーーっ」
全員の顔が喜びに満ちあふれた。
「喜ぶのは早い! この昇進をもって異動辞令だ。九番隊に配属されて京都守備をする事になる」
「ええっ!」
ブルもチンも離れたぎょろ目の目玉が少し飛び出した。
思わず吹き出しそうになったが我慢した。
言い忘れていたがこの二人、ブルドッグとチンに似ている。
「お前達は、五人の班長になり、たたかう事になる。死ぬなよ」
「……」
柴井班長の言葉を聞くと、葬式のような雰囲気になった。
最早、京都はそこまで戦局が悪いのだろうか。
羽柴軍が強いのか、新政府軍が弱いのか。
いずれにしても、近いうちに京都も陥落しそうないきおいだ。
「シュウさん、しばらく、この班は二人構成になる。足軽小屋も空っぽだ。補充はない。それどころか、戦局が悪化すれば、シュウさんもすぐに昇進して、京都行きかもしれない」
悲しげな顔をして俺を見てきた。
ひょっとして、柴井班長はいい人なのか。
日が暮れる前に食事を済ませると、すぐに消灯になった。
俺達のテントは隊長の宿舎から離れている為、消灯になるとテントの中は真っ暗になった。
「うっ、うっ」
テントの中に泣き声が漏れている。
誰が泣いているのか。
その泣き声が消えて、すべての人が寝息を立てるのを確認して。
「トイレ、トイレ」
眠っているから、大丈夫だとは思うが、俺が動く気配を感じ、目を覚ましても怪しまれないように、声を出しテントを抜け出した。
もちろん行き先は、ショッピングセンターだ。
俺の足なら、すぐにつく。
まだ、二十一時は超えていないはずだが、車も走っていないし、人の気配もない夜道は、真夜中のように感じる。
ショッピングセンターは、真っ黒く星空に浮かび上がっている。
昼間にブルとチンの割ったガラスから中に入った。
ショッピングセンターの中には、まだ物資が沢山残っている。
そして、ゴミも一杯残っている。
一気に収納と、吸収をした。
急にショッピングセンターが、がらんどうになる。
「ぎゃあああああああーーーーーーーー!!!!!!」
中から悲鳴が上がった。急に物が消えて驚いたようだ。
昼間感じた気配こそがこれなのだ。
俺は、声の元へ急いだ。
そこには、十人くらいの子供が固まって震えている。
よくぞこんな恐ろしいところに、子供だけで生きていてくれたもんだ。
「やあ、みんな」
「なななななな、何だお前はー!!」
「豚さんだよーー。ブヒブヒ」
「ぎゃあーーはっはっはっはっはっはっは」
子供は扱いやすい。
フードコートのカウンターの下に隠れている子供達が笑い出した。
ここは、ガラス張りで外からの星明かりが中を照らし、他の場所より少し明るい。
俺の、豚顔がおかしかったようだ。
って、このヤロー、人の顔を見て笑うんじゃねーー。
失礼なガキ共だ。
「ねえ、豚さん。豚さんは悪者?」
「ふふふ、豚さんは、悪い豚さんじゃないよ。正義の味方の豚さんだよ。おなかは減っていないか?」
「……」
しまった。急に「おなかは減っていないか?」は、行き過ぎたか。
怪しまれてしまった。子供達がひいている。
だが、俺には最強アイテムのマグロ丼がある。
ウナギの白焼きもある。浜松産のうまい奴だ。
俺はさらなる、怪しみを受けないように、マジシャンのようにマグロ丼とウナギの白焼きと箸をだした。
ついでにカップと、いくらでも富士の湧水が出てくる水筒も出した。
「うまい!!」
俺は、マグロ丼を一口食べて毒味して、その丼を一番大きな子に渡した。
子供は、俺の顔と、丼を交互に見ていたが、口からよだれが垂れた。
「どうぞ!!」
俺の言葉にうなずくと一口食べた。
「うめーーっ!!!」
一口食べると、大声を出した。
その後は、ガツガツ食べ始めた。
まわりの子供達が羨ましそうに見つめているので、俺はどうぞとジェスチャーですすめた。
そのとたんに、全員が勢いよく食べ始めた。
「ゴホン、ゴホン」
むせる子供に、水を勧めた。
「この水、おいしい」
その姿を見つめていると、俺は嬉しくなって、つい涙が出てしまった。
ついでに鼻水まで垂れてきた。
「おい、豚! きったねーーなー!!」
一人のがらの悪い子供が、いやガキが言った。
だが、許そう。
今は、君達が元気で生きていてくれたことが嬉しい。
し、しまったー。「ガッカリだぜ!!」を、言うのをわすれたーー!!