「おい、いるんだろ。もうバレているぞ」
少し大きめの声でいった。
何も返事がない。
当たり前だ何の気配もない、ただ言ってみただけなのだから。
少し恥ずかしくなってきた。
「ニャーー! 何でわかったニャー」
「うおっ!!」
アドは透明化を解除して、かわいいメイド服の姿を現わした。
本当にいやあがった。
全く気配がねーから、ぜんぜん分からなかった。
アドの奴、すげー能力だな。
「いま、驚いたニャ。気が付いていなかったニャ。だまされたニャー!!!」
うむ、幼女のくせにするどいなー。
「おまえ、ついて来るなと言ったよな」
あーっ、しまった。
大人の誤魔化し方をしてしまった。
都合が悪いと怒る。これはやっちゃあいかんよな。
俺も悪い大人になってしまったもんだ。反省、反省。
「ニャッ!! し、仕方がないニャ。あずさ様に頼まれたニャ。そしたらアドは断れないニャ」
くっこいつ、頭が良いな。
バレた時の言い訳までちゃんと考えていたようだ。
「ありがとうな」
俺は、今の素直な気持ちを伝え、アドを後ろから抱きしめた。
正直なところ、いてくれて嬉しかったのだ。
今日一日でけっこう心が傷ついていたようだ。
「ニャッ!!」
アドは少し驚いて振り返り、俺の顔を見て一瞬抵抗しようとしたが、抵抗するのをやめたようだ。そして体から力を抜いて全身柔らかくした。
そのアドを抱っこして、建物の北端に行きヒザの上に乗せて座った。
真っ直ぐ先には京都がある。まあ、見えないけど気配を感じようとしてみた。
「アド、ここはまわりが、全部山だなあ。あの山の向こうが京都なんだぞ」
アドは、俺の言ったまま前を見つめた。
山は真っ黒な影になり、空が少し明るい。
太陽はすっかり沈んで月が空を明るくしている。
まわりは建物よりも田んぼの方が多い、とても日本らしい風景に感じる。さすが大和だ。
「ご主人様は、かっこ悪かったニャ。ああいうのは、やめてほしいニャ」
「豚の真似か」
「そうニャ」
「ふふふ、それを見られたくなかったんだけどな。見られたと気が付いて、いまは情けない気持ちで一杯だ」
「……」
アドは俺の顔を見上げた。
「おまえ、俺が好きでやっていると思っていたな。そうじゃないぞ。屈辱的に感じているぞ。だがな、その方が速く解決するのさ。処世術というわけさ。弱き者をあざ笑うのは良いが、あざ笑われた人間だって怒りを感じている。それがわからねえとは、可哀想な奴らだ。なあアド、頼みがあるのだけど」
「いやニャ」
「聞きもしねえで、断るんじゃねえぜ」
「絶対ろくなことじゃないから嫌ニャ」
「ふーー、じゃあしょうがねえ……」
「あっ、あきらめるなー!! ちゃんと言う流れニャー!!」
「あの四人を守ってやってくれないか。ずっと心に引っかかっていたんだ」
「あいつらは、放っておけばいいニャ。どうせ死のうとしていた奴らニャ」
「アドはかわいいな」
「はあぁーーっ」
「俺は、このままずっとアドとここに座っていたいよ」
「じゃ、じゃあ、そうすればいいニャ」
「世界は嫌な事ばかりだ。俺はこんな不細工に生まれてしまったからなー。人生の大半が苦しい嫌な事ばかりだった」
「それがどうしたニャ」
「今も豚のまねをしたり、死んでも良いなんて考える人間のことで、心を悩ませたりして苦しんでいる」
「見捨てればいいニャ」
「いや、それは出来ない。二人はとても美人で死なせる事は日本国の損害だ。一人はたくましくて、この世界の復興に必要だ。もう一人はとても頭が良くて、この国にはやはり必要な存在だ。そして、もう一人は、妖精の様にかわいくて俺は娘だと思っているのに、俺の盾になって死のうとしている。そんなことをされたら、俺がどれだけ悲しむか考えようともしない」
「ニャ!?」
「むしろ、見捨てるならこの情けない豚の方だろ。……大事なかわいい娘にかっこ悪いところを見られたくないしなー。恥ずかしくて死にたくなる」
「ちぇっ、わかったニャ。じゃあ行って来るニャ」
すぐに行こうとしたアドを、もう一度ギュッと抱きしめた。
「もうしばらく、こうしていてくれ」
アドの体が急に暖かくなった気がした。
その後しばらく、二人で大和の空を黙って見続けた。
「おう、遅かったな」
爺さんは起きて待っていてくれたようだ。
「少し気絶していました」
「やっぱり! あいつらか。大丈夫か?」
「大丈夫です」
「おかしいと思ったんだ。十二番隊くずれ共が、アンちゃんを追いかけて行ったように見えたからな」
「心配をおかけしました。ぜんぜん、なんともありません。安心してください」
「うん、そうか、じゃあ寝よう」
「はい」
爺さんはすぐに寝息を立てて眠ってしまった。
恐らくここでは、こんなことが日常的に行われているのだろうなーと感じていた。
翌朝、太陽が顔を少し出したところで皆が起き始めた。
「アンちゃん、行くぞ」
「はい」
工場の外に出ると、すでに行列が出来ている。
「おお、今日は十一番隊の募集がある。アンちゃんは運がいいのう。じゃあ並ぶぞ」
「はい」
八番隊、九番隊、十一番隊の旗があり、爺さんは十一番隊の旗の行列の最後尾に並んだ。
「早い者勝ちじゃないから安心しろ。班長が選ぶから、最後尾でも何の関係もない」
「そうですか。しかし十一番隊は人気ですね」
ほとんどの人が、十一番隊の前に並んでいる。
十二番隊くずれもここに並んでいる。
「ふふふ、みんな死ぬのは嫌だからな」
「もう、いないかーー」
受付の男が声をかけた。
工場の中には、行列に参加しない者がまだ残っている。
「爺さんあの人達は、何故ならば無いのですか?」
「あー、奴らは全くやる気が無いか、十番隊、十二番隊以外に行きたくないのじゃろう」
「もういないなら、始めに朝飯を配る」
そういうことか、行列に参加している者だけ朝飯が配られるようだ。
配られた朝飯は大きな握り飯と碗の汁物だった。
爺さんは、もらった瞬間握り飯を食べ始めた。
中に、白身の魚が入っている。腹にたまりそうな朝飯だった。
「爺さん、これも食うか」
「い、いいのか」
目がキラキラ輝いている。
わかりやすい。
俺はうなずくと爺さんに、握り飯を渡した。
飯を食っていると、陽が高くなりまわりは明るくなった。
明るくなると、それぞれの隊の班長らしい男が現れて、モグモグ口を動かしている者達の顔を眺めていく。
面接なのだろう。
「おい、お前、こっちへ来い」
班長は俺の前に止まると俺に命令した。
爺さんは、羨ましそうに俺を見た。
「あの、この爺さんも一緒に……」
「黙れ!! 勝手に発言するな! お前一人だ!」
そう言われて、俺だけ班長に連れて行かれた。
「喜べーー!! 残った者は全員、八番隊、九番隊に配属してやる。今から京都防衛戦に出撃だ」
「えーーーっ!!!」
全体から、大きな驚きの声が上がった。
爺さんも、凄い顔をして驚いている。口からご飯粒がポロリと落ちた。驚きすぎだろう。
少し笑ってしまった。
だが、この先のことを考えると、可哀想になった。
「班長、何故俺を選んでくれたのですか」
「簡単だろう。豚は食い物に対する嗅覚が鋭い。だからだ」
はあーっ!! 豚あつかいかよ!!
ガッカリだぜ!