「ぞ、賊が出ました」
響子さんが、男の声を出そうと低い声で言った。
賊達は国道沿いの四階建ての建物の屋上に物見櫓を組んで、監視をしていたようだ。
「おい、おい。賊はてめーらだろがー。これを見ろ」
賊は階級章を指さした。
何やら線二本と星が三つついている。
「は、はぁ」
俺達は、その意味がわからず間の抜けた返事をした。
「ちっ、俺はなあ大阪新政府軍十二番隊、隊長の井上だ!!」
「大阪、では、ハルラの軍」
「て、てめーー!! ハルラ様を呼び捨てにするな。よそ者みてーだから、一回は許すが次はねえぞ。次は死刑だ」
どうやらこいつらは、ハルラの配下のようだ。
すでに、こんな所まで来ていたのか。驚いた。
ハルラは、新政府などと自分たちを呼んでいるようだ。
なんとなく、俺は本当に自分が賊軍のような気がしてきた。
「シュウ様」
カクさんが俺の耳元に小声で話しかけてきた。
「な、なんですか?」
「はい。どうでしょう。敵情視察ならここは、いっそ飛び込んでみてはどうでしょうか」
そうか、良い考えだ。
敵として忍び込み、見つからないように行動して、どれだけの情報が得られるのだろうか。
それなら、いっそ敵の兵士になってしまうというのは名案だ。
「カクさん、すばらしい名案です。ほれてしまいそうです」
「はうっ」
はーーーしまったー。
この人には冗談で済みませんでした。
超美形のいい男カクさんが真っ赤な顔をして、くねくねしています。
って、カクさんのお慕いする人ってまさか俺じゃねえだろうなー。
「あのーー、井上隊長、俺達は新政府軍に入隊したいのですがどうすれば良いのでしょうか」
「な、なにいーーーっ!!!!」
あっ、なんか、怒りだした。
駄目なのかー。
やっぱり、いきなりすぎたか。
「素晴らしい心がけだ。今、新政府軍は人手不足だ。ふふふ、次々死んでしまってな。まずは実力を見せてもらおう。おい! お前達、かわいがってやれ」
なんだよ。いいのかよ!!
あせって損した。
隊長は、すぐ横の隊員を手招きした。
どいつも、こいつも、一癖有る強そうな五人が俺達の前に並んだ。
「こ、こいつらが正規軍? どう見ても山賊じゃねえか!!」
し、しまった本音が出てしまった。
「何だとー! このやろー、お前の相手は俺がしてやる。ぶっ殺してやる!!」
あーーっ、失敗した。
一番恐ろしそうな奴が俺をにらみ付けた。
「こいつらは、俺の隊の伍長達だ。それなりにやる。おい! お前ら、折角の新兵だ手加減してやれ。間違っても殺すなよ。俺の査定に響く」
「はっ、ふひひひひ」
五人の伍長は自信満々にいやらしい笑い声を上げた。
微塵も自分が負けるとは思っていない表情だ。
「よしやれ!!」
隊長の掛け声と共に、五人の伍長がこっちに走ってきた。
「うぎゃああああ!!!!」
一瞬にして、五人が吹き飛んだ。
スケさんもカクさんも、そして響子さんもカノンちゃんも目の前の伍長の腹を拳で殴っていた。
おいおい、俺でもまだ人は殴ったことねえのに、普通に殴り飛ばしゃあがった。
すごい女性達だ。
「いてーーーっ、いてーーよおお、ぶひぃぃぃーーー」
だが、もう一人殴られて悲鳴を上げているのは、俺だ。
四つん這いで、おそろしい相手から、腰が抜けたようになって逃げ出した。
「ぎゃああああーーーはっはっはっ!!! まるで豚じゃねえか! ひゃああはっはっ!! ひぃーひぃっ、ひひひーー」
そんな、俺の不格好な姿を見て隊長が大喜びだ。
いや、それにしても笑いすぎだろう。くそっ。
そんな俺の姿を見て四人が驚いている。
「た、たすけてーー」
俺は逃げながら、カクさんにしがみついて助けを乞うた。
そして、カクさんにだけ聞こえるように耳元にささやいた。
「皆を頼みます。俺は底辺が知りたいので、しばしの別れです」
「さ、さすがです。分かりました」
カクさんも小声で俺に返事を返してくれた。
すべて、理解してくれたようだ。
柳川並に頭が切れそうだ。たのもしい。
「良し、そのくれーで許してやれ。負けた五人は足軽小屋、ふふ別名、豚小屋へ連行だ。連れていけーーー!!」
俺は、スケさんとカクさん、響子さんとカノンちゃんに負けた四人と共に、豚小屋と呼ばれるところに連れて行かれるようだ。
「ひひひ。お似合いだなーー!! さっさと歩けーー!!」
連行する隊士に思い切り尻を蹴られた。
「くそーー! また、あそこへ逆戻りかよ」
「いやだー! 戻りたくねーー」
「あの、どの様な所なんですか?」
「うるせー!! てめーは話しかけるんじゃねえ」
「そうだ、そうだ! 行きゃあ分かるんだよ! このやろーー!!」
どうやら、俺は嫌われてしまったようだ。
俺達はとぼとぼと、歩かされ、大きな工場の門をくぐった。
「てめーはこっちだ」
俺だけは別ルートのようだ。
他の連中は、何やら証明書を見せるとすぐに中に通された。
俺は、数人の男が並ぶカウンターに並ばされた。
「名前は?」
「十田十と書いて、トダシュウです」
「ほれ」
たったそれだけで、何か証明書の様な物を貰った。
そこには、新政府軍足軽証明書となっている。
「ありがとうございます」
御礼を言って、俺はその証明書を受け取った
「その証明書を持たずに外を歩けば、殺されても文句は言えない。なくさないようにな」
「はい、ご親切にありがとうございます」
俺が礼を言うと、担当者は面倒臭そうに、あっちへ行けと手をふった。
先に手続きを済ませた男のあとを追って、工場の扉を開けた。
「ぐわっ」
扉の中から臭い匂いがした。
そして、汚い。そこら中にゴミが散乱している。
まるで豚小屋のようだ。なるほどね。男達が言っている意味がわかった。
俺の中の蜂蜜さんがザワついているが、さすがにここを綺麗にしてしまう訳にはいかないだろう。
最終日にこっそりお掃除することにしよう。
外は少し日が傾いているが、まだ充分明るい。だが中はすでに薄暗かった。
「あんたは、新入りか?」
「はい」
背の低い、白髪頭の爺さんが話しかけてくれた。
実は俺は知り合いのいない、この薄暗い空間が気味悪く心細かった。
「じきに真っ暗になる。ついてきな、飯のやり方を教えてやる」
「あー、えっと」
だが、うかつに信じて良い物か悩んでいた。
「はやくしないか。真っ暗になったら何も出来ないぞ」
「は、はい。よろしくお願いします」
俺は、この爺さんを信じて見ようと思った。