翌朝暗い内から準備を始め、食事を済ませた。
伊勢街道が見える宿を取ったので、藤堂軍は目の前を通過するはずだ。
あたりが、明るくなるとすぐに藤堂軍は移動を開始した。
総勢は千五百人、鉄砲を装備した兵が二百人ほど、あとは粗末な武器とも言えないようなものを装備している。
鉄砲隊も、どの位銃弾が残っているのか分からない。
軍が通過すると、輜重隊が通過した。
「貴様らー、ついてくるなー。ついてくると命の保証は出来ないぞーー」
最後尾の兵士が、わめきちらしている。
どうやら、俺と同じで野次馬組がついて来ているようだ。
それを追い返そうとしているのだが、言う事を聞かないようだ。
「帰れーー!! 帰れーー!! くそーー!! 勝手にしろー! 俺達は知らんからな!」
どうやら、追い払う事をあきらめたようだ。
「じゃあ、皆さん俺達も行きましょうか」
すでに準備万端の四人と表に出て、藤堂軍の跡を追いかけた。
ありがたいことに、野次馬が数百人いるのでその中に紛れることが出来た。
野次馬達は、どうやら簡単な武器を所持していて、万が一の時には藤堂軍に参加して戦う気があるようだ。
昨日何かの理由で参加を断られたのだろうか。
決死の覚悟をした良い顔をしている。
俗に言う義勇軍というやつだ。
むしろこういう人の方が、命を捨てて戦うので強かったりするのではないか。
そんなことを考えた。
うちの義勇軍四人は、少し緊張した顔をしている。
まわりの決死の覚悟が伝わっているようだ。
「止まれーーー!!!!」
日が高くなると、全軍が止まった。
松阪城までの、中間ぐらいだ。
休憩でもするのだろうか。
「スケさん、カクさん、二人をお願いします。俺はそこの建物から様子を見て来ます」
伊勢街道沿いの、少し背の高い建物の上から、様子を見ようと俺は急いだ。
建物をのぼると、とても見晴らしが良かった。
伊勢街道は田んぼを横切り、街道沿いにはいくつか会社の建物が点在するだけだった。
藤堂軍の先を見ると、驚いた事に賊軍が松阪城を出てここまで来ていたのだ。その数は五百を少し越えたぐらいか。全員ボロボロの服を着て顔も垢で真っ黒だ。
だが、目だけは妙にギラギラしている。
両軍は、一キロ程距離を開け対峙していた。
「スケさん、カクさん、どうやらここで始まるらしい」
「えっ」
「ふふふ、敵さんすでにここまで出て来ている。どうやら、津まで落とす気でいたらしい」
「全軍整列!!」
小一時間ほど対峙していたが、号令がかかった。
どうやら、お互い行軍で息が上がっていたらしく、牽制しながら呼吸を整えていたようだ。
「どうやら、始まる見てーだ。俺はもう少し前で様子を見たい。そうだなあ、あの二階建ての民家の屋根がいいかな。あそこに行く、スケさんカクさんついて来てくれ」
そう言うと、シュウ様は私と、娘の楓音を両脇に抱えて走り出しました。
私は体重を言うのは恥ずかしいですが、五十キロ程あります。
娘も同じ位のはずです。
シュウ様はとてもすごいです。
私達二人を両脇に抱えて走っているのに、スケさんとカクさんを引き離します。
私の知る限りでは、スケさんもカクさんも家中では、五本の指に入るほどの実力者です。
普通に走っても、二人より速く走れる人など、そうはいないはずです。
それを、私達親子を抱えながら、ぐんぐん引き離すなんて。
「苦しくねーかい」
しかも、私達を気遣う余裕まで。
なんと言う事でしょう、娘が頬を赤らめ、目がうるうるしています。
まるで恋する乙女です。まさかの初恋でしょうか。
楓音、良く見てください。この顔を、豚ですよ。豚!
とても、恋をしていい顔ではありません。
「ひ、ひいいえ、大丈夫です」
あーー駄目です。
私まで声がうわずっています。
顔と体型が違えば、滅茶苦茶かっこいいです。
「さあ、ついたぜ。楽にしてくれ」
も、もう、ついてしまいました。
スケさんとカクさんは、ごま粒くらいの大きさになっています。
な、何てすごい人なのでしょう。
私は、シュウ様の顔を見てしまいました。
あーー、豚です。
でも、初めて見た時より気持ち悪さを感じません。
いいえ、最早かっこいいです。
とあるアニメで豚がもてていたのですが、あんなのある訳がないと思っていましたが、今は分かる気がしてきました。
「ちょっと、あの二人おせーから、つれてくるわ」
そう言うとシュウ様は、二階から飛び降り走り出しました。
そして、スケさんとカクさんを肩に担ぐと、一気にここまで運んで来ました。
「大丈夫か?」
二人をおろして、気遣います。
すげーかっこいい。
もはやかっこいいです。
「ひ、ひいいいえ」
スケさんもカクさんも、声がうわずっています。
頬が赤くなり、目がウルウルしています。
まさかこの二人も、初恋ですか。
なんだか、私まで顔が熱くなってきます。
「お母様、顔が赤いですよ」
「はわわわ、そそそ、そんなことはありませんよ。少し熱があるのかもしれません」
「そりゃあ、いけねえ。これでも着てくれ」
シュウ様は、灰色のパーカーを脱いで、私にかけてくださいました。
駄目です、私は落ちてしまいました。
豚顔のデブは絶対ありえませんが、シュウ様は別扱いです。
子供は三人いますが、夫とは離婚しています。
それに、もともと夫は好きでも何でもありませんでした。
ま、まさかこれが私の初恋なのでしょうか。
恥ずかしすぎて、誰にも言えません。
「良い匂い」
私は、自分でも気付かないうちにパーカーの匂いを嗅いでいました。
娘とスケさんとカクさんが、すごく驚いた顔をして私を見ています。
「な、なんだ、あいつ。くそー! また、ばけもんだ! 次から次へとバケもんがわいてきやあがる。いい加減にしやあがれ!!」
シュウ様の一言で全員が、現実に引き戻されました。