「何にしますか? うふふ、あの人達が気になりますか。大丈夫ですよ。あの人達は今川家の中隊長さん達です。今川家は民間人との喧嘩は御法度。犯罪……食い逃げ、でも犯さなければ何もされませんよ」
女中さんが注文を取りに来て、がらの悪い連中の説明と、食い逃げをしないように釘を刺してきた。
「ビールがあるのか?」
メニューは壁に貼ってある。
その中で見つけて聞いて見た。
「ふふふ、あります。ありますが、電気が無いので常温です。なまぬるいですよ」
申し訳なさそうに言った。
「そうさねー、あたしはお酒と、今日の煮魚だ」
「俺たちは、今日の煮魚とご飯とお茶で」
「はい、かしこまりました」
「うふふ、静岡と言えばお茶です。楽しみ」
あずさが嬉しそうだ。
「あんたは、そんな大きな体で、もしかするとお酒が飲めないのかい」
「ああ、むしろ苦手だ。味が嫌いなのと、すぐに真っ赤になって頭が痛くなって吐いてしまう」
「あずさちゃんは飲んでみるかい?」
「こらこら、あずさは未成年だ」
「何を言っているんだい、もうこの国に法律は無いよ」
「おい、おい、駄目だぜ。今川家じゃあ、日本の法律が生きている。未成年はアルコール禁止だ」
中隊長の一人がこっちに歩いて来て、勝手に座った。
三人だから、俺の横が空いている。
俺は、負け組男だ。とっさにうつむいて、目を合わさないようにしてしまった。情けねえ。
それにおかみさんが気付いたのか、少し表情が曇った。
「勝手に座るんじゃ無いよ。なんだいあんたは」
「俺は、今川家の家臣尾野上だ。あんたら、見ない顔だなー。どこから来たんだ」
「あたしは、保井一家の領地からだ。この二人は小田原からだよ」
「そうか、家族かと思ったが違うのか。で、小田原から何をしに」
尾野上が、俺に聞いて来た。
完全に怪しんでいるな。
「……」
だが、俺はとっさに答えることが出来なかった。
負け組の底辺のおっさんの行動など、こんなもんだ。
「ふふふ、いや、すまなかった。邪魔したな。楽しんでいってくれ」
尾野上は俺のこの姿に、取るに足らない奴と判断したのか、警戒を解いて自分の席に戻って行った。
かえってよかったのかもしれない。
でも、おかげで、食事の雰囲気がぶち壊しになった。
特におかみさんの表情が暗い。
「おい、あいつら、どうだった」
「いや、あやしいところはない。まあ、放っておいても大丈夫だろう」
「そうか、上から、木田の密偵が来るかもしれないから、警戒するように言われている。見落としたら、大変だ」
「だったら、あんたが行って来るかい」
「いや、ここから見ていた。あんな情けねー奴が密偵のはずはない。終始負け犬のような奴だった。よく生き延びてこれたもんだ」
「ぎゃあーはっはっはっは」
笑いが起った。
まあ、おっしゃる通りだ。
俺の人生は、大体こんな感じで笑いものになる。
学生時代も就職しても、情けなさ過ぎて、いじめの対象にもならないほどだ。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
あずさが明るく受け取った。
「……」
料理が運ばれると、おかみさんは暗い表情で食べ始めた。
対照的にあずさの表情は明るい。
口元しか見えないが、ずっと口角が上がったままだ。
「とうさん、お茶がおいしい」
はしゃぐ、あずさをよそに俺とおかみさんは、お通夜のように食事をすますと、旅館に帰った。
翌朝、快晴。
俺とおかみさんの心とは裏腹に、太陽が眩しすぎる。
「さて、気分を一新、拠点探しをしよう」
朝食を済ますと、旅館の前で両手を高く上げ大きく伸びをした。
「ふぉあふぃいーー」
あずさが俺のまねをして伸びをして、変な声を出した。
「おかみさん、まずは店舗を探したい。どうすればいい」
「そうさねえ、くっ、くっ」
あずさの声がつぼに入ったのか、笑いが止まらないようだ。
「お金が沢山いるのかなあ?」
あずさが心配そうに言った。
何しろ俺たちは無一文だ。
「お金はいらないさ。何しろ空き家だらけだからねえ。空いているところなら勝手に自分のお店にしていいはずさ。その後、役場へ行って登録して、売り上げから税金を払うのさ」
「じゃあ、まずは店舗探しだな」
「おーーーっ」
あずさは元気だ。
「おい、あずさ!!」
旅館から少し歩くと、すごいお店が見つかった。
「あああああーーーっ」
あずさも感動している。
メイド服のおいてあるお店だ。
こんな服、誰も必要としないのか荒らされずに残っている。
「全部いただいてしまおう」
俺はそう言うがはやいか収納魔法で収納した。
あずさも自分のお気に入りだけは、俺よりはやく収納したようだ。
「あんた達……」
おかみさんが目をまん丸にしている。
「はっ!! まさか、勝手に取ったら犯罪なのか」
「そんな訳はないさ。放置されている物はいらない物だからねえ。そんなことより、目の前で沢山の服が消えたことに驚いているんだよ」
「そんなこと」
あずさが呆れたように言った。
あずさからすれば、当たり前のことだ。
俺も、最近は当たり前のように感じていたが、普通に考えれば驚きの光景だろう。まるで、イリュージョンだ。
「おい、あずさ!!」
少し歩くと、今度はスポーツショップがある。
「わああああーーー!!」
あずさが嬉しそうに驚きの声を上げた。
「どうしたんだい」
おかみさんが不思議そうに聞くと、あずさはバサッとスカートを胸まで上げた。
「こらこら」
俺が笑いながらたしなめた。
そう、いま見せているあずさのお気に入り、白地に水色のスライムの水着がお店で、半額セールで大量に並んでいる。
「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」
今度は俺の番だ。テンションマックスのうおーーが出た。
ジャージのズボンを半分下げると、激豚を丸出しにした。
でも大丈夫です。俺の激豚はパンツでは無く、水着です。
「こらこら」
あずさが俺のまねをして、半笑いでたしなめた。
「全く、あんた達親子は……」
おかみさんがあきれている。
お店に激豚トランクスの水着も沢山の種類おいてあるのだ。
俺は、店舗の商品を全部収納した。
あずさは俺の収納よりはやく、お気に入りのスライムの水着を収納した。
「うん、この店舗丁度いいなーー」
駅からの距離、広さ、店の状態、どれを取っても申し分ない。
俺はこのスポーツショップを拠点に決めた。