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0064 居酒屋

「とうさん、おはようございます」


「あずさ、目が覚めたのか」


「はい、すっかり元気になりました。もう自分で歩けます」


俺がしゃがむと、あずさはぴょんと線路に降りた。


「ここからは、また街になる。目立たない格好に出来ないか?」


「うふふ、できますよ。得意です」


そう言うとあずさは、くるりと回転した。

回転したあずさは、髪がストレートになり、前髪が鼻の頭まで来て目を隠した。

そして、少し猫背になる。


「そ、それは……」


「私は、学校ではいつも、こうです。幼馴染みからは、一年生の時から、ガイコツとあだ名で呼ばれています」


「すごいなー。まるで別人だ」


「これなら、大丈夫ですか?」


「ああ、上出来だ。じゃあ先を急ごう」


俺とあずさが歩こうとしたら、おかみさんがよろけて倒れそうになった。

とっさにおかみさんの脇腹を抱かえて支えた。


「あらら、ごめんよ。ちょっと足下がふらついちまった」


無理もない、昨日の夜から歩きづめだ。

俺は、おかみさんの前でしゃがんで、おんぶの態勢になった。

おかみさんは、赤い顔をして顔をゆっくり左右に動かした。


「はーーっ! まさか、これかー!!」


俺は後ろに回していた手を、前に回した。

その瞬間、おかみさんは俺の腕の中に飛び込んできた。


「悪いねー。少しだけ頼むよ」


「まったく、まいるぜ」


俺がおかみさんを、お姫様抱っこで立ち上がると、あずさの口がへの字になり、ぷくっとほっぺたが膨らんでいる。

そのままの姿勢で少し歩くと、おかみさんはスースーと、気持ちよさそうに眠ってしまった。

しばらく歩くと、胸のあたりが、生暖かい。


見ると、おかみさんが眠ったまま泣いている。

目から大量の涙を流し、鼻水も流している。

その流れ出た、液体があごをつたい、首筋から俺の胸に流れている。

いったい、何の夢を見ているのだか?

母親の胸に抱かれている、幼い自分の夢でも見ているのだろうか。


「やれやれだぜ。こんな姿を見せられたら、見捨てられねーじゃねえか」


「あら、あら、お人好しです事」


どこで憶えるのか、あずさが皮肉を言ってくる。

清水の駅が見えてくると、駅前のロータリーに露店が見える。

露店は国道1号線を歩いている人の為なのだろうけど、ここの駅は国道1号線からも近い。

線路からでも様子がよく見える。


露店の間に、銃を持つ迷彩服の男が目立つ。


「この街もあまり、いい感じがしないな」


「そうですね……」


あずさが少し残念そうだ。

そう清水と言えば、聖地なのである。

あの、まるちゃんの聖地なのだ。


「また、今度にしようか」


「うん」


あずさは納得してくれた。

わざわざ、線路を歩く物好きはいないらしく、線路に見張りがいないので、見つからないうちに駿府を目指すことにした。

ここからなら、ゆっくり歩いても陽が高いうちに駿府に着ける。


途中で何度か休憩を取り、静岡駅に着いた。

駿府城跡は、駅の北口から出るとすぐにわかった。

ロータリーから真っ直ぐ伸びた道の正面に、車が大量に積み重ねられ壁のようになっているのが見える。


「あそこかーー!!」

「すごい!!」


俺と、あずさの声がそろった。


「もう大丈夫だよ」


おかみさんも元気になって、俺の腕から降りた。


「といっても、日が暮れるまで、それほど時間が無い。今日はこのままどこかで休んで、明日から行動しよう」


「じゃあ、まずは、宿でも探すかい」


「ふふふ、俺たちはもう六千円しかない」


「それだけあれば、三人泊まれるさ」


「えっ」


「付いておいで」


おかみさんの後ろをついて行くと、少し寂れた路地に入っていく。

そこに宿と書いた建物があり、呼び込みだろうか女性が立っている。


「親子三人だ!!」


「一人三千円だよ」


「じゃあ、五千円だね」


「……」


「駄目なら他へ行く」


「わかったよ、こっちだ。その代わり食事は……」


食事は無しと言おうとしたようだ。

おかみさんは、それをさえぎるように言った。


「朝だけでいいよ」


「ちっ、わかったよ」


女性は、舌打ちをうつと案内をしてくれた。


「ふふふ、わるいねー。まあ、いい部屋じゃ無いか」


「あんまり。お客が来ないからね。特別だ」


おかみさんは、俺に手を出した。

金を出せと言うことだろう。

俺は六千円を出し、数えようとしたら、全部取られた。


「はいよ! 五千円とチップ千円だよ」


「ふふふ、毎度あり」


女性は部屋を、少し嬉しそうに出て行った。


「あんたは、これで文無しかい」


「そうだ」


「仕方ないねえ。ここからは、あたしが貸してあげるよ。利息は高いから覚悟しな」


「ふふふ、お手柔らかに頼むよ」


「じゃあ、晩ご飯ぐらい、豪勢に外で食べよう。それくらいは、あたしがおごってやるよ」


俺たちは、荷物を置くと外に出かけた。

まあ、荷物といってもかばん二つ、ジャージとメイド服だけだ。


宿のそとに出ると、居酒屋だろうかいくつか提灯が見える。

町並みは近代的だが、雰囲気は江戸時代に戻ったような感じがする。

その中の一つに入った。


「いらっしゃーい、どうぞこちらへ」


開いている席に案内された。

店内は、ガラの悪い男達が、半分位の席を埋めている。

当然、新しく入ってきた客をジロジロ見てくる。

恐ろしい顔をした奴ばかりだ。嫌な予感しかしねえ。

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