「とうさん、おはようございます」
「あずさ、目が覚めたのか」
「はい、すっかり元気になりました。もう自分で歩けます」
俺がしゃがむと、あずさはぴょんと線路に降りた。
「ここからは、また街になる。目立たない格好に出来ないか?」
「うふふ、できますよ。得意です」
そう言うとあずさは、くるりと回転した。
回転したあずさは、髪がストレートになり、前髪が鼻の頭まで来て目を隠した。
そして、少し猫背になる。
「そ、それは……」
「私は、学校ではいつも、こうです。幼馴染みからは、一年生の時から、ガイコツとあだ名で呼ばれています」
「すごいなー。まるで別人だ」
「これなら、大丈夫ですか?」
「ああ、上出来だ。じゃあ先を急ごう」
俺とあずさが歩こうとしたら、おかみさんがよろけて倒れそうになった。
とっさにおかみさんの脇腹を抱かえて支えた。
「あらら、ごめんよ。ちょっと足下がふらついちまった」
無理もない、昨日の夜から歩きづめだ。
俺は、おかみさんの前でしゃがんで、おんぶの態勢になった。
おかみさんは、赤い顔をして顔をゆっくり左右に動かした。
「はーーっ! まさか、これかー!!」
俺は後ろに回していた手を、前に回した。
その瞬間、おかみさんは俺の腕の中に飛び込んできた。
「悪いねー。少しだけ頼むよ」
「まったく、まいるぜ」
俺がおかみさんを、お姫様抱っこで立ち上がると、あずさの口がへの字になり、ぷくっとほっぺたが膨らんでいる。
そのままの姿勢で少し歩くと、おかみさんはスースーと、気持ちよさそうに眠ってしまった。
しばらく歩くと、胸のあたりが、生暖かい。
見ると、おかみさんが眠ったまま泣いている。
目から大量の涙を流し、鼻水も流している。
その流れ出た、液体があごをつたい、首筋から俺の胸に流れている。
いったい、何の夢を見ているのだか?
母親の胸に抱かれている、幼い自分の夢でも見ているのだろうか。
「やれやれだぜ。こんな姿を見せられたら、見捨てられねーじゃねえか」
「あら、あら、お人好しです事」
どこで憶えるのか、あずさが皮肉を言ってくる。
清水の駅が見えてくると、駅前のロータリーに露店が見える。
露店は国道1号線を歩いている人の為なのだろうけど、ここの駅は国道1号線からも近い。
線路からでも様子がよく見える。
露店の間に、銃を持つ迷彩服の男が目立つ。
「この街もあまり、いい感じがしないな」
「そうですね……」
あずさが少し残念そうだ。
そう清水と言えば、聖地なのである。
あの、まるちゃんの聖地なのだ。
「また、今度にしようか」
「うん」
あずさは納得してくれた。
わざわざ、線路を歩く物好きはいないらしく、線路に見張りがいないので、見つからないうちに駿府を目指すことにした。
ここからなら、ゆっくり歩いても陽が高いうちに駿府に着ける。
途中で何度か休憩を取り、静岡駅に着いた。
駿府城跡は、駅の北口から出るとすぐにわかった。
ロータリーから真っ直ぐ伸びた道の正面に、車が大量に積み重ねられ壁のようになっているのが見える。
「あそこかーー!!」
「すごい!!」
俺と、あずさの声がそろった。
「もう大丈夫だよ」
おかみさんも元気になって、俺の腕から降りた。
「といっても、日が暮れるまで、それほど時間が無い。今日はこのままどこかで休んで、明日から行動しよう」
「じゃあ、まずは、宿でも探すかい」
「ふふふ、俺たちはもう六千円しかない」
「それだけあれば、三人泊まれるさ」
「えっ」
「付いておいで」
おかみさんの後ろをついて行くと、少し寂れた路地に入っていく。
そこに宿と書いた建物があり、呼び込みだろうか女性が立っている。
「親子三人だ!!」
「一人三千円だよ」
「じゃあ、五千円だね」
「……」
「駄目なら他へ行く」
「わかったよ、こっちだ。その代わり食事は……」
食事は無しと言おうとしたようだ。
おかみさんは、それをさえぎるように言った。
「朝だけでいいよ」
「ちっ、わかったよ」
女性は、舌打ちをうつと案内をしてくれた。
「ふふふ、わるいねー。まあ、いい部屋じゃ無いか」
「あんまり。お客が来ないからね。特別だ」
おかみさんは、俺に手を出した。
金を出せと言うことだろう。
俺は六千円を出し、数えようとしたら、全部取られた。
「はいよ! 五千円とチップ千円だよ」
「ふふふ、毎度あり」
女性は部屋を、少し嬉しそうに出て行った。
「あんたは、これで文無しかい」
「そうだ」
「仕方ないねえ。ここからは、あたしが貸してあげるよ。利息は高いから覚悟しな」
「ふふふ、お手柔らかに頼むよ」
「じゃあ、晩ご飯ぐらい、豪勢に外で食べよう。それくらいは、あたしがおごってやるよ」
俺たちは、荷物を置くと外に出かけた。
まあ、荷物といってもかばん二つ、ジャージとメイド服だけだ。
宿のそとに出ると、居酒屋だろうかいくつか提灯が見える。
町並みは近代的だが、雰囲気は江戸時代に戻ったような感じがする。
その中の一つに入った。
「いらっしゃーい、どうぞこちらへ」
開いている席に案内された。
店内は、ガラの悪い男達が、半分位の席を埋めている。
当然、新しく入ってきた客をジロジロ見てくる。
恐ろしい顔をした奴ばかりだ。嫌な予感しかしねえ。