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0062 母の面影

橋を渡り終ると、看板がある。

この先、清水まで宿場はありません。となっている。

反対側を見ると、清水連合最後の宿場。となっている。

まだ太陽は夕日にもなっていないけど、ここで宿泊しないといけないようだ。

まあ、飛んで行けばすぐなのだが、今回は密偵なので宿泊しようと思う。


看板を過ぎたら、すぐにインターチェンジがあり、そこを降りると人がちらほらいる。

露店が出ていて色々売っている。

一番多い露店が海産物の焼いたものを売っている店だ。

店の商品には金額が書いてある。

貨幣経済はやっぱり便利で活気が出るようだ。


泊まるところを探すと、マンションやアパートの壁に大きく旅館、宿などと書いてある。


「どこにしようか?」


そう言ってあずさを見ると。


「……」


無言で一点を見つめている。

そして、少しもじもじしだした。

ま、まさか、おしっこか。

たぶん違う。美少女はおしっこをしない。ついでにおならもしない。

あずさのおならは聞いた事が無い。


あずさの視線の先を見ると、一人の女性がいる。

女性は、真っ赤に塗った民家の前に立っていた。

民家は通りの裏にあり、あまり目立たないところにある。

普通なら見落とすような所なのだが、あずさは見落とさなかったようだ。


「あの人が気になるのか?」


あずさは俺の言葉を聞くと、余計にもじもじしだした。


「うん! なんだかわからないけど、ドキドキします」


俺はあずさの手を引き女性のところへ進んでいった。

俺一人なら声をかけることは出来ないが、あずさと一緒なので頑張るしか無い。


「あのーーっ」


「あら、お客さんかしら……って、こぶ付きじゃないか。冷やかしなら帰っておくれ」


女性は、ミサと坂本さんを足して二で割ったような体つきで、顔は坂本さんより吊り目で、意地悪なおばさんのような感じだ。


「冷やかしではない、何かお店なら利用したい。……痛たた」


俺がそう言ったら、女性は俺の耳を引っ張った。

そして、あずさに聞こえないようにヒソヒソ声でささやいた。


「ここは娼館だよ。他を探しな」


娼館なら何もしなけりゃ、宿屋みたいなもんだ。


「ふふふ、この子が、アンタに一目惚れだ、泊めてくれないか」


俺がそう言うと、あずさのもじもじがより一層酷くなり、真っ赤な顔になり、俺の腕をギュッと強く抱きしめた。


「はーーっ、なんと可愛い子なんだ。まるでお人形さんのようじゃないか!」


女性があずさの顔をのぞき込むと、あずさは人見知りの幼女のように、俺の後ろに隠れた。


「一泊、一万八千円だ」


俺は、カンパのお金を数えた。

二万四千円もあった。

女性に一万八千円を渡した。

女性は、人目に付かないようにこっそり、家の中に入れてくれた。

家の中は、何の変哲もない普通の二階建ての民家だった。


俺たちは二階に案内された。


「晩ご飯と朝ご飯はサービスしてやるよ、食べるかい」


「食べます」


あずさが即答した。

食事は、お魚とご飯でした。

まずまず美味しく食べられた。

ご飯を食べると、あずさはすぐに眠そうになり、布団を催促して横になった。ずっと歩きだったし、疲れていたのだろう。


その時、女性に腕枕をせがんだ。

女性もまんざらじゃないようで、すぐにそれに応じて横になった。


「すーー、すーー」


「あらまあ、もう眠ってしまったよ。腕を取られてしまって、これでは何にも出来ないよ」


「そのままにしてくれて、いいさ」


あたりは、夕日が沈みかかり、かなり暗くなっていた。

まわりに電気は来ていないようだ。

大通りの宿屋の前に火が焚かれだした。


「あんたは、無理矢理やらされているのか」


「最初はそうだったさ。でも今は、気ままに一人でやっているのさ」


「そうか」


「みかじめ料を払えば、特に問題も起きないし、トラブルがあっても守ってもらえる。気ままにやっているよ」


「やったー、アンナメーダーマン!! かっこいい! 大好きー!!」


あずさがはっきりした口調で、寝言を言った。

何の夢を見ているのだか。


「アンナメーダーマン? 何だいそれは?」


「隕石騒ぎが起きる前にやっていた、テレビのヒーロー番組じゃないのかな」


「そんなのやっていたかねー」


「ひっ、ひっ、嫌!! や、やめてーーー、やめておかあさーーん!! やめて下さいおかーさん!! うわあああーーーん!!」


あずさが、眠ったまま泣きだした。


「びっくりしたねー。これが寝言かい」


「初めてだ、あずさがこんな寝言を言うのは」


「えっ!?」


「あずさは、六歳より前の記憶を失っている。親の記憶はないんだ」


そうか、わかった。

この女性にあずさは、母親を無意識に感じていたんだ。

蓋をしていた記憶の断片が無意識に出てしまったのではないのだろうか。


「じゃあ、なんで?」


「あんたに、あずさは母親の面影を感じたのかもしれない」


「なんだって、嬉しいじゃないか! でも、今の寝言、あまりいい親じゃなかったのかねえ」


「ああ、ひどい虐待を受けていた」


「何てことだろう、こんな可愛い少女に……」


「抱きしめて、頭を撫でてやってくれないか」


「これでいいのかい」


あずさは、泣きじゃくっていたが、だんだん落ち着きを取り戻し、静かな寝息を立て始めた。


「ありがとう。落ち着いたようだ」


「この子の母親はどうしたんだい?」


「行方不明さ」


「……そうかい」


「とうさん! 大好き!! 絶対国立大学に行ってお嫁さんになるんだからーーー!!!!」


「ぷっ、あんたは良い父親なんだね」


「ははは、俺を見てくれ、こんなデブでぶおとこだ。おまけに貧乏、苦労ばかりかけている底辺おじさん。ダメな豚だよ」


「こんな美少女に、大好きと言わせるんだ、ただの豚じゃないさ」


「ははははは、あんた、いい人だな」


俺は、あの赤い豚を思い出して笑えて来た。


「あたしの方こそいい人なんてガラじゃ無いさ」


女性は暗い表情になった。

この人も色々あったのだろう。


「さがせーーー!!!! さがせーーーー!!!!!!」


大通りから大きな声が聞こえてきた。

窓からのぞくと、松明を持っているのか、沢山の火の光があたりをオレンジ色に照らしている。


「いったい、何があったんだ?」


俺は光を見つめた。

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