あずさは、次々テーブルの上に食べ物を並べる。
天丼やカツ丼、牛丼もあるが、そのうつわが見た事無い変わった色と模様だ。
ひょっとすると、あれも異世界アイテムなのだろうか。
その後はペットボトルの飲み物を出している。
キンキンに冷えているのか、水滴がいいあんばいに付いていて、冷たくて美味しそうだ。
そして、最後は冷蔵庫の空いたスペースに色々詰め込んでいる。
「ねー、おばさん」
「おば……、なあーに?」
ミサがおばさん呼ばわりされて、怒りたそうだが、怒るのをあきらめて笑顔になった。
そりゃあそうだ、アラサーなんて、子供達から見たらおばさん以外の何者でもない。
――ぎゃーーっ
ミサが鬼の様な顔でにらんでくる。
「あのかわいい、綺麗なおねーさんは誰なんですか?」
「あー、あの子ね。あの子はあずさって言うのよ。あのくそ、不細工でばけ物の様な、おじさんのかわいい娘さんよ」
ちっ、ミサめ、おばさんと言った、仕返しを入れてきた。
「ふーーん、似てないねー」
似てなかろうが、あずさは俺の大事な娘です。
でも、君達も半分すでに俺の娘みたいなもんだから、安心しなさい。
「ねーっ、とうさん」
あずさが、頬を赤らめて、もじもじしながら話しかけてきた。
子供達も、リラ一派も食事に夢中になっているので、手が空いたらしい。
「何?」
改まって言われると、なんだか嫌な予感しかしない。
「遊園地の中へ、一緒に遊びに行こーー!!」
「あーーそんなことか。いいよ」
俺が返事をすると、あずさは俺の手をつかむと、グイグイ引っ張りだした。
ふふふっ、少し大人びてきたけど、まだ小学六年生、可愛いもんです。
美女の手というのは冷たいものだと、思っていたのだけど、あずさの手はとても温かかった。
「こっち、こっち」
グイグイ、引っ張られてたどり着いたのは、入り口ゲートだった。
天紫改で先回りして、ミサが手荷物検査の係員の真似をしている。
「手荷物を拝見します」
ミサが言うので、俺はネズッキーマウスの頭を置いてやった。
「ぎゃーーー!! 臭いキモーーい!!」
やっとこれで、あの頭とお別れです。
「ミサさーん、それお土産なのでお願いしまーす」
「えーーーーっ!!」
せっかく、雰囲気作りの為に出て来たのに踏んだり蹴ったりですね。
「せっかく、せっかく……」
ミサが小声でブツブツ言っています。
人のことを化け物呼ばわりしたバチが当たりました。
「とーさーーん! はやく、はやくーーー!!」
あずさは、手を離して一人で駆け出し、ゲートの中に入り大声で呼んでいます。
完全にはしゃいでいます。
楽しそうです。
…………
…………
「この馬鹿野郎がーーーーっ!!!!」
男の子が、ゲートをくぐってはしゃぎ過ぎた為に、お父さんに殴られています。
三発、四発、結構力一杯殴られています。
そんなに殴らなくてもいいでしょうに。
最後は腹に蹴りを入れました。
そのまま、うずくまりました。
背中がガタガタ震えています。
泣いているようです。
そりゃあ泣くでしょうね。
それだけされればね。
まわりの、親子連れが、ドン引きして、親が子供に見えないようにしています。
ふふふ、これは俺じゃねえか。
あずさの姿が、俺の小学生の時の姿にフラッシュバックしてしまったようだ。
「ぐっ、ぐっ」
俺はあの時、両手で口を押さえて、声を出さないようにしたんだ。
初めて会ったあずさのように。
こういう親は、子供が泣き声を出すと、
「泣くなー!!!」
そう言って、さらに殴ってきますからね。
当然のことです。
口を押さえている手から、ぽたぽたと鼻水が垂れてきました。
地面に落ちると、真っ赤です。
そうでした。鼻血が出ていたのでしたね。可哀想に。
この後、一日中鼻血が止まらなくて困りましたね。
「てめーーっ、新品のよそ行きの服が汚れたじゃねえかー!!」
鼻血を服につけたら、往復ビンタでしたね。
すでに殴られて腫れ、鼻血が出ている俺の顔に容赦無く。
さすがに、途中で母が止めてくれましたね。
「あんた、皆が見てるからーー!!」
そうだよね。家なら。
誰も見ていないなら、気が済むまで殴っていましたよね。
君はよく頑張ったよ。
その後は二度と遊園地なんか行きたいと思いませんでしたよね。
親とは、ずっと出かけていませんでしたが、遊園地と言うことで油断して付いていってしまったんですよね。
楽しみにしていましたからね。ふふふ、前の日は眠れませんでしたよね。
遊園地は悪くないけど、遊園地を憎みましたよね。
その後の遊園地は、まるで砂漠を歩いているようでした。
今は、殴られたことは憶えていますが、どこの遊園地か、どんな風景だったのかも憶えていません。
「とーーさーーん、何をしてるのーー!!」
おっと、いけない、動きが止まってしまった。
俺は、笑顔であずさの横に駆け寄った。
「うわーーーん」
後ろで、ミサが、臭いネズッキーマウスの頭をギュッと抱きしめて泣いている。
強く抱きしめすぎて、灰色の汁がポタポタ垂れている。
すげー臭いぞそれ。大丈夫か。
「見てーーーー!!! お城、お城があるーー!!」
「本当だ。綺麗だなー」
城を見つめる俺の横であずさが腕にしがみついて、嬉しそうに見上げながら見つめてきた。
遊園地は、破壊されずに綺麗なまま残っている。
人だけ綺麗に消してしまった休業日の遊園地のようだ。
明日はまた大勢の人が来て、賑やかになってもおかしくない。
そんな感じがした。