桜木は暗い夜道を、満月の光があるとはいえ、あり得ない速さで走りながら悩んでいた。
まわりには大勢のゾンビがいるが、ゾンビが反応するより速く動く事が出来る。もし捕まっても、それを振り切る力も手に入れている。
それは、桜木について来ている三人の部下も同じだった。
――このまま戻って、ハルラに失敗しましたと言った場合、すんなり許してもらえるのだろうか。
桜木もこれまでに多くの映画や、アニメを見てきている。
その知識の中の悪の親玉が、部下の失敗を許すところをあまり見た事が無い。
多くの場合、無慈悲に殺されている。
――いっそ、このまま逃げてしまうか。
そんなことを考えていた。
――だが、俺はさっき、大勢の自衛官を殺してしまった。ふふふ、自分だけ助かりたいと言うのか
元々桜木は警察官だった。強い正義感のある方だと自覚している。
その正義感が、他人の命を奪っておいて、自分だけは命が惜しくて逃げるのかと、問いかけてくる。
そんなことを考えていたら、首相官邸に着いてしまった。
「桜木さん、速いですね!! まだかかるかと思いました」
驚いた事にハルラは、首相官邸の前で、帰りを待っていたようだ。
「はっ、任務は失敗しました」
桜木は覚悟を決め、失敗の報告をした。
……俺の人生もここまでか、と思いながら。
なぜなら、ハルラという男は、今まで見てきた映画や、アニメの悪の親玉が、かすむほど狂気がビンビン伝わってくる男なのだ。
そして、持っている力も驚くほど大きい。
今、首相官邸のまわりを、洪水のように埋め尽くすゾンビは、この男が操っているのだ。
「ひゃーーはっはっはっ、そうですか、やっぱり、人数が多すぎましたか? 仕方が無いですね。あれ、部下が半分になっていますね。どうしたのですか?」
「はっ、自衛隊が新兵器を作っていました。二足歩行の炎の剣を操るロボットです。部下達はゾンビを倒すロボットの攻撃に巻き込まれて死にました」
「興味深いですね、桜木さんでも勝てない程なのですか?」
「いえ、ロボットは、私の速さには、ついてこれませんでした。ですが、アンナメーダーマンという、デブが恐ろしく強かった。この私が手も足も出ませんでした」
「ふーん、4倍程度では歯が立たないということですか」
「お、恐れながら、その通りです」
桜木が報告した瞬間、ゾンビ達が、金色、正確には蜂蜜色に輝き消えてしまった。
「ひゃーーはっはっはっ、何ですかこれは、僕の魔力ごとゾンビが消失しました!!」
「お、恐らく、アンナメーダーマンの仕業かと」
「アンナメーダーマンですか! 糞みたいな名前ですね。ここにはお酒も食べ物も何も有りませんでした。僕はとにかくお酒がはやく飲みたい! まずは大阪へ行きます」
「はっ!」
「桜木さん、あなたは身体能力を六倍にしておきました。部下の三人は4倍です。大阪では桜木さんの信頼できる手足になる方を三十人連れて来て下さい。その三十人は2倍にします」
「はっ!!」
「鈴木先生、大阪ではお願いしますよ。一秒でも速く酒を飲ませてください。遅くなったら。大阪がゾンビであふれることになりますからね」
「わ、わかった。すぐに用意する」
桜木は、安堵していた。
何もおとがめが無かったからだ。
それどころか、身体能力をアップしてくれた。
そのためか桜木の中に、ハルラに対する忠誠心のようなものが芽生え始めていた。
そんな桜木の顔を、ハルラは冷たい目で見つめていた。
満月の光を反射するハルラの目が、青白く輝いている。
「ふふふ、移動!」
意味深な笑いと共に、暗い街から、六人の姿が消えた。
「兄弟!! この機動戦闘鎧天夕、中が地獄のように熱い。熱中症になる。なおす事が出来るか?」
避難してきた人達が、落ち着きを取り戻すのを見て、ゲンさんがあの人に話しかけました。
「なるほど、そこまで考えていなかった。スクラップにして新しく作り直そう」
「待ってくれ、スクラップにするのなら、我々に譲ってもらえないだろうか」
寺倉さんがあわてて、あの人に願い出ました。
「あずさ、オリハルコン鋼はまだ余っているか」
「実は、あの大きさのは、もう有りません。こないだのが最後です」
「やっぱり、スクラップにしないと無理なようだな」
「うふふ、でも、あれの倍の大きさの物ならまだ有ります。むしろそっちの方が多いです」
「なんだって」
「あれは元々ダンジョンの攻略達成アイテムです。小さいのはレベル1のダンジョンのもので、私はレベル1のダンジョンは、あまり周回を重ねていません。レベル2の方が多いです」
あずさちゃんは人のいない場所に、赤い鉱石を出しました。
縦横、高さが2倍です。体積は8倍ですね。
横にミスリルの鉱石も出しました。
あの人はそれをすぐに吸収して消しました。
「アダマンタイトも頼む」
「はい!」
あの人はすかさず吸収すると、新型をすぐに出しました。
スタイルが少しシュッと洗練されている気がします。
「丁度、新型を考えついた所だったんだ」
「えっ」
皆が驚いています。
いやいや、旧型も昨日作ったばかりなのに新型って。
「では、新型について説明しよう」
皆の驚きを無視して、あの人は新型の説明に入ります。
こうなっては、聞くしかありませんね。