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第十九話 余名一年

それは巨大隕石の衝突という内容でした。

十二ヶ月後に衝突すると、著名な学者数名が実名で発表しました。

このまま隠していてはいけないと判断したようです。

最初は、半信半疑だったメディアも、それが真実だとわかると一斉に報道をはじめます。


飛来する隕石はジャイアントインパクトの時の半分ほどの大きさですが、地球に直撃すると予想されています。衝突の確率は99.999パーセント。

何年か前に発見されていたのですが、ひた隠しにされてきたらしい。

大きすぎて対処出来ないのです。


余命一年の宣告を受けた地球。

半年間、人類はそれでも平静でした。

でも、六ヶ月を切る頃になると、各地で少しずつ暴動がはじまり、自殺者も急増します。


「くそう、俺があそこに行けたのなら」


とうさんは、ニュースで自殺者の人数を目にする度つぶやく。

普段テレビを全く見ないとうさんが、最近は、つけっぱなしにしています。

テレビの画面の端に、地球最期の日までのカウントダウンが表示され、自殺者や世界で起きている暴動が表示されるからです。


「行ってくる」


とうさんはそれでも暗くなると、いつも通りの黒のジャージと黒いヘルメットで仕事に出かけます。

私は、とうさんがいなくなるのを待って柳川さんに会った。


「柳川さん、お願いがあります」


「何だいあずさちゃん、改まって」


「もし、持っているのなら、私の昔の写真を見せて下さい」


「ちょっとまって、あるはずだから」


そう言うと、柳川さんはスマホを操作した。


「あったあった、これのはずだ」


写真のホルダーを開いて私にスマホを渡してくれた。

そこには、みすぼらしい、いいえ、みすぼらしすぎる男の子の姿があった。


――ふふふ、柳川さんでもこんなミスをするんだ。別人の写真を出しているわ。


私は写真を見てそんな事を思った。

でも、あまりにも貧相な男の子の姿を見て、心を奪われ目が離せなくなった。

男の子の姿は、ボサボサの髪に沢山のはげ、すすけたティーシャツを着て、紺のボロボロの半ズボンに裸足で立っている。

顔の表情はうつろで、まるで死人、痩せこけて恐怖を感じます。


薄暗いところで会ったら悲鳴を上げそうです。恐い。

手足もガリガリで骨と皮しかない。

肌の色も悪い。お風呂に何日も入っていないようにも見えます。


――きったない、かわいげの無い子供


そんな印象を持った。

そして、次の写真に移った。


驚愕の写真が出て来た。

股の所が真っ黄色になった汚いパンツ一丁の、子供の姿があった。

全身あざだらけで痛々しい。骨と皮だけの腕と足も良く見ると、やはりあざだらけでこの子供がどんな人生を歩んできたのか、悲しくなってくる。


――酷い!!


私は、とうさんに甘やかされて生活できて幸せ者だと思った。

この男の子は、可愛くないから誰からも愛されなかったのかな、そう思った。そして、とても可哀想に感じた。


「あの、柳川さん。この写真じゃ無くて、私の写真をお願いしたのですが……」


「!?」


柳川さんは、すごく驚いた顔をした。


――まさか!!


私はスマホを両手に持ったまま、ストンと腰が抜けた。


――とうさんはこんな汚い、かわいげの無い子供を、いつもいつも片時も離れずそばにいて、やさしく愛おしく大切に扱ってくれたのです。


私は、それほど涙もろくない方です。

でも、この時は感謝と感動とそれ以外にも言葉に出来ない感情があふれ出てしまい、大声で泣いてしまいました。


「うわあああああああーーーーーーーーん!!!!!! うわーーーん!! うううううっ」


涙が止めどなく流れ、しばらく泣く事を止められませんでした。


「……」


そんな私を、柳川さんは何も言わず見守ってくれています。

私は涙が止っても、しばらく思考が戻って来ませんでした。


……私は、とうさんを心から深く深く、愛してしまったようです。




「柳川さん、私はずっと隠していた秘密があります」


「えっ!?」


「それを、今日とうさんに全部話そうと思います」


私は、とうさんなら秘密を打ち明けても、やさしく受け入れてくれると確信しました。

むしろ、今日まで隠していた事を怒られそうな気がしてきました。


ずっと秘密を打ち明ける勇気が出ませんでしたが、迷いが全部吹っ飛びました。

写真を見せてもらってよかった。本当によかった。そう思っています。


「俺も立ち会ってもいいかな?」


「どうしようかなー。柳川さんならいいかな、でも、絶対秘密ですよ」


「ふふふ、わかりました」




「ただいまー!」


ふふふ、私から秘密を打ち明けられるとも知らずに、とうさんがのんきに帰って来ました。


「とうさん、こっちへ来て、座って下さい」


「えっ!?」


社長室の応接セットの、私の前のソファーを指さします。

私の横には柳川さんが座っています。

広い社長室で三人だけの密談が始まります。


とうさんは目をキョロキョロさせて、挙動不審になりながらソファーに座りました。

怒られるとでも思っている様です。


「とうさん、隕石の所へ行きたいですか」


とうさんは大きくうなずいた。


「無理だとは、わかっているのだけど行きたい。行って、力が足りないかもしれないが全力で隕石を消し去りたい」


「木田さんなら、行けば消せるさ」


柳川さんが、言いました。


「ふふふ、やってみなければわからない。でも行く事が出来ない。なさけない」


「とうさん、私の秘密を聞いて下さい」


私のいつにない真剣な雰囲気を感じて、とうさんはつばをゴクリと飲み込んだ。

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