「おい! デブ! 今日は貸し切りだ。親子連れは帰れ!」
ガラの悪い兄ちゃん数人に入店拒否された。
まあ、でも悪い気がしない。
それは親子連れと言われたからだろうか。
こんな恐ろしい顔をした奴に囲まれているのに、あずさは平気な顔をしている。
慣れとは恐ろしい。
「あずさ、日にちを間違えた様だ。帰ろっか」
「うん」
あずさは少し残念そうな顔をした。
「ま、待ってください!」
車を止めに行っていた柳川が戻ってきた。
「馬鹿野郎!! この人が木田さんだ!」
「!?」
恐い兄ちゃんの顔が見る見る泣きそうになってきた。
柳川も、ゲンを見ている為かすぐに殴ろうとした。
俺はその手を押さえる。
「あずさの前だ」
柳川はハッとした顔になった。
「私は全然平気だよ」
あずさが言った。
――えっ
どういう意味?
「とうさん、はやくー」
俺が固まっているとあずさが、早く行こうと催促した。
綺麗なドレスのあずさは、すでにかわいさより、美しさが勝っている。
「う、うん」
自分の娘にドキドキしている。
美し過ぎる。言って良いものかどうか悩む。
柳川まであずさを見て止まっている。
俺は柳川を肘でつついた。
「あっ、すみません。こちらです」
柳川はもう一度、がらの悪い兄ちゃんを、この間抜け野郎めと言わんばかりの勢いでにらみ付けた。
この柳川もやっぱりすげー恐いんだよなー。最近なれたけど。
案内されたのは、大きな宴会場の様な部屋だった。
そこには、席が三つ空いているだけで、他は全部埋まっている。
ここにいるのは、ゲン配下の幹部なのだろう。
ゲンに近い方が偉いという事だろうか。
「よう、兄弟! 皆が来たいというもんだから、仕方がねえから詰め込ませてもらった」
空いている席はゲンの左隣が二席、右側のダー、ポンの横に一つ。
あずさは迷わずゲンの横に座った。
と言う事で俺はあずさの横に座った。
柳川がポンの横に座ると、料理が運ばれ出した。
柳川は出世して、ゲンの配下のナンバースリーになっている様だ。
「あずさちゃん」
「なに、ゲンおじ様」
「滅茶苦茶きれーじゃねえか」
――な、なにっーー
ゲンの奴、俺が言いたかったことを、するっと言いやがった。
こういう所だよなー。もてる男ともてない男の差は。
だが、ゲンは表情が無い、表情も無しで言われても嬉しくないわな。
「いやだなーー。照れちゃう。でもおじ様に言われると本当にうれしい」
――はーっ。なんでだー
そうか、ゲンは表情が無い代わりに、嘘は言わねえ。
本心とわかるのかー。
ふーっ、やられた。
いまさら「俺も綺麗だと思う」とか言っても遅いな。
「俺も、すげー綺麗だと思う」
「俺もだ、可愛いぜあずさちゃん」
――なにーっ
ダーとポンまでー。
「ありがとう。松田さん、松本さん。とても嬉しいです」
頬を赤らめて、ダーとポンを潤んだ目で見つめている。
ダーとポンまで頬が赤くなっている。
そして、あずさは冷たい目で俺をにらんだ。
「なんだ、兄弟、あずさちゃんに言ってやらなかったのか」
勝ち誇った様に、ダーとポンがニヤニヤしている。
柳川までニヤニヤしている。
くそー俺だって言いたかったんだよー。
「ちっ、そんなことは当たり前すぎて言わねえのさ」
苦し紛れの言い訳をした。
「ほんとー。うれしいー」
あずさが、一番嬉しそうにしてくれた。
なんだ、この可愛い生き物はー。
思わず抱きしめたくなった。
俺は勝ち誇った顔をして。三人の顔を見た。
自分でも、鼻の穴が広がってピクピクしているのがわかる。
酷い顔をしているはずだ。
料理が運ばれると、何も言わずゲンが大皿の焼きそばを取った。
どうやらこれがお気に入りらしい。
そして、むしゃむしゃ、行儀悪く食いだした。
「やってくれ!!」
ゲンが言うと、これが皆の食事をする合図となった。
部屋の外から乾杯の声が聞こえる。
本当にゲン一家が貸し切って宴会するようだ。
会社員時代は、部長の一言とかがあってめんどうくさかったが、ゲンはそういうのは嫌いな様だ。いや知らないのかもしれない。
「中華の回るテーブルは、楽しいね。とうさん! 遊園地みたい」
あずさは嬉しそうに、クルクル回すと、迷わず大皿の唐揚げと、ニラ玉と回鍋肉を取った。
そしてゲンと同じように食べ出した。
あの日を思い出す。
俺は懐かしさで一杯になった。
「おいしーー、こんなに美味しい唐揚げは、はじめてー」
だが、おかしい初めてじゃ無いのに、初めてと言っている。
「この料理も、この料理も、とってもおいしい」
そう言っているあずさの前に、もう一つ料理が運ばれた。
「これは、何の料理かなー」
あずさはおどけながら、一くち口に入れた。
その瞬間、雷に打たれた様に体が震え固まった。
「わああーーーーーーっ」
ここにいる全員が驚く様な大声を出した。
大粒の涙を出しながら,もう一口食べると器をもって俺のひざの上に乗ってきた。
この感じ懐かしい。
「とうさん、私の記憶はここから始まっているの」
「えっ!?」
ポロポロ涙をながしながら、もう一口、器のお粥を口に運んだ。
運ばれた料理は、薄いあの時のお粥だった。
ポンが憶えていて悪戯で出した物だろう。
「懐かしい。とうさん食べさせて、あの日の様に」
俺は、一口ずつ冷まして、ゆっくりあずさの口に運んだ。
「私は、なぜだかこの時より前の記憶が無いの」
よかった。
もどした事も忘れている様だ。
つらい事など忘れてしまった方がいい。