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第39話

 ――――JSUSAジェイスーサの豊橋支部には、記者会見を行うような立派な部屋はなく、多くの場合が会議室や放送協会の一室を間借りして放送する事が多い。


 今回の場合は、当事者? である豊橋支部と“本店”と仇名されているJSUSAジェイスーサ東京本部の合同による会見と、記者団への事前発表がなされていたため、押し寄せた報道・新聞関係者達は「何事か?」と浮足だっている。

 それは私も変わりなかった。


麻那花まなかちゃん今日は頑張ってね」


 と無責任にスタッフさんは言うけれど……

 私の心は不安で一杯でした。


(私、声優なんだけどなぁ~)


「はい。精一杯頑張ります!!」


 思わず本音が零れそうになるけど、ぐっと堪えて精一杯の笑みで答える。だって私はアイドル声優だもん!


「ははは、その意気だよ。コメントの中から質問を見つける作業はスタッフこっちの方でするから、あんまり緊張しないでいいよ。

質問する際は、『コニコニ動画の月壬つきみです。以下質問文』って感じで言ってくれればいいから。

 まぁウチが質問出来るとは思えないけどね(笑)

 それにしても麻那花まなかちゃんは本当に運がいい、番組のロケ帰りにこんな事件に遭遇できて、オマケに仕事に出来てるんだから相当持ってるよ」


 何て答えたらいいのか分からなくて……私は愛想笑いを浮かべます。

「そろそろ始まるみたいだ。このタブレットを見ててくれ」


 そう言うとタブレットPCを手渡されたました。

 暫くするとコニコニ動画の生放送が始まり、私を斜め後ろから映した映像が流れ始めました。

 すると、昔見た深夜アニメのオープニングのような弾幕が画面を覆います、その多くはネットミームですが、そのくだらなさに少しだけ気が紛らわされました。


 笑い声が胸元に付けたマイクに拾われたのか、こんなコメントが流れて来ました。


コメント欄

コメント:『声可愛い……』

コメント:『声優みたい』


 マジモンの声優なんですけど! ムカつく……会見前にお喋りしたら印象が悪いよね? だから私はぐっと堪えます。


 暫くすると、キーンと言うハウリング音が鳴り、ざわざわとした会場が一瞬で静寂に包まれました。

 記者たちはスマホやタブレット、施設のモニターを注視する。


『ただ今より、愛知県豊橋市にあるダンジョンで起きた、“モンスターの異常発生”についての記者会見を行います。私は司会進行を担当さて頂く、フリーアナウンサーの平野司ひらのつかさと申します。

 事前にご説明した通り、今回の事に関連性が認められない質問が出された場合には、質問の変更を求めず次の質問者を指名しますので、あらかじめご了承下さい』


 男性がそう告げると、モニターに映された白髪の好々こうこうやと言った風体の男を中央にして中高年の男女が入室する。

 モニター越しに大量のフラッシュが焚かれる、きっと今頃『フラッシュにご注意下さい』とテロップが流れている頃だろうと私は思いを巡らせました。


 好々こうこうやの部下と思われる男性が、原稿を見ながら話し始めました。


『え~っ本日7月27日、愛知県豊橋市にあるダンジョンで“モンスターの異常発生”が御座いました。JSUSAジェイスーサ日本特殊地下構造体協会としましては、規定に伴い探索者を招集し事態対処に努め、本日の20時頃に事態の安定化を確認しました』


 その発表に周囲に居た記者は騒めきました。

 ダンジョンについて余り深く知らない私には、その異常性が良く分かりませんでした。

 なので詳しい人が居そうなコニコニ動画のコメント欄と、Twit〇erを開きました。



――――――――――――――――

  良治      10秒前  ︙ 

鎮静化早くて良かった。

〇   口  ♡3   凸36  <

――――――――――――――――



これじゃない。



――――――――――――――――

 コーヘー     22秒前  ︙ 

モンスターの異常発生ってスタン

ピードの言い換えでスタンピード

と言う事実を隠してるだけやん!

〇   口3  ♡2  凸140  <

――――――――――――――――



――――これだ。



この誤魔化すような言い方に皆ざわついていたんだ!!


コメント欄


コメント:『モンスターの異常発生って……』


コメント:『あ、(察し)』


コメント:『それスタンピードって言わない?』


コメント:『←そうだよぉ(便乗)』


 コニコニ動画のコメント欄にでも同じような事を言っている。爪痕を残したい訳じゃないけど、コレが詭弁だと言う事は私にも理解出来た。


『皆様お静かに! お静かにお願いします!』


 フリーアナウンサーは声を張り上げ、画面の向こうの記者たちを宥めている。

 無論この場も大騒ぎだ。


『ダンジョンは未開の領域ですので、絶対安全とは言えませんが今回のモンスターの異常発生は終息を確認しました。愛知県豊橋市にあるダンジョンにはJSUSAジェイスーサより探索者を派遣し、数か月は監視の強化に励み、ダンジョンのある近隣住民の方々に不安な思いをさせないように奮闘して参ります。また豊橋支部支部長である、容保かたもりより説明させて頂きます』


 ここでようやく、こちらのスタジオにスポットライトが当たる。


『ご紹介に預かりました。豊橋支部支部長の高須たかす容保と申します。

 本日27日午前に複数の探索者から『大勢の探索者から大量のモンスターがいる』と報告を受けた職員が、有力な探索者を招集し事態に対処。

異常発生とみられるモンスターの殲滅を確認しました。

 いずれのモンスターもLv0~1の脅威度であるため万が一、ダンジョン外部に流出した場合でも、ダンジョン由来の成分を用いない通常兵器で殲滅可能なレベルでした。そのため問題はない。とJSUSAは判断致しました』


 会場からわっと歓声が上がる。


『また承諾済みの事だとは思いますが、ダンジョンでは日々死傷者が出ております。

 豊橋市支部といたしましては、今回の事故で亡くなられた方々の冥福を祈ると共に、慰霊祭の開催をさせていただきたく存じます。黙禱――――』


 豊橋支部支部長の一声で会場に沈黙が訪れる。


『ありがとうございます。我々豊橋市支部といたしましては、本部のご協力の元でモンスターの異常発生の原因を究明に努めていきたいと考えております』


『ありがとうございました。続いて質疑応答に移らせて頂きます。』


 すると記者達は我先にとアピールに努める。


『ではそちらの方……』


 選ばれた記者はと小さく気合を入れ、手渡されたマイクに口を近付ける。


『毎週新聞の近藤です。今回のスタンピードの収束に協力した主なメンバーを教えて頂きたい』


『えーっ、先ずスタンピードではなくモンスターの異常発生と訂正させて頂きまして、ご質問に答えさせて頂きます。

 許諾を得ている方々のみになりますが……オーガーズ、三河フェニクス、豊橋天狗、そして偶然近くに遊びに来られていた。

スリーフッドレーベンズのメンバー立花たちばな銀雪しらゆきさん等の方々です』


 その声でカメラマンや記者……私を含めた人々は驚きの声を漏らした。

 日本有数の探索者パーティーの一角、それに所属するメンバーがその場に居たと言うのだから安心感が違う。


コメント欄


コメント:『知らないパーティーばっかりだwwww』


コメント:『階段下に住んでる男の子に由来してるの草』


コメント:『いや豊橋にはテング伝説あるから……ローリング先生関係ないやろ!』


コメント:『鬼祭りかな?』


コメント:『球技もあるし……』


コメント:『マジで立花さん居たんだ』


コメント:『ダディャーナザンww』


コメント:『ダディーは見てるだけとか原作再現かよ!』


コメント:『三足烏が居るなら安心』


『ありがとうございました。しかし、スタンピードをモンスターの異常発生と言うのは些か……』


『では次の方……そちらの方』


 毎週新聞の記者の抗議など、露程も気にせずに次に移る。


コメント欄


コメント:『wwww』


コメント:『スタンピードでない。と一応言ってるんだから説明ぐらい聞けやタコ』


コメント:『流石に暴論で草』


コメント:『切り捨てられる毎週新聞』


コメント:『西スポはまだか』


コメント:『いや あれはスタンピードだ。私がそう判断したからだ』


コメント:『ダブスタクソ親父総裁いて草』


『購買新聞の遠藤です。今回のスタンピードの原因は何だったのでしょうか?』


『先ずスタンピードではなくモンスターの異常発生とさせて頂きまして、「スタンピードの原因」についてというご質問に答えさせて頂きます」


 支部長さんは今回の出来事は、購買新聞の遠藤記者の質問するスタンピードではなく、モンスターの異常発生だけど質問には答えると説明すると、焦った様子もなく流暢に答え始めた。


「スタンピードの原因については、現在世界中で調査中の問題です。解明出来ればそれこそ世紀の大発見ですよ。

 私個人としても是非解明してもらいものです。説に付いては幾つかある論文をご覧ください。英語で書かれていますが近年の翻訳技術は素晴らしいので、読むだけでしたら何方でもできますよ? おっと失礼、戦前・戦後直ぐの文屋は高卒でもなれましたが昨今は一流大学卒が多いのでしたな……翻訳サイトなど使わずとも英語新聞程度は読めるでしょう? 一流大卒の方なら論文も読むだけならできるのでは?』 


『くっ……』


 悔しそうな表情を浮かべ、質問者は席に座った。


『では次の方では、眼鏡の女性で……』


コメント欄


コメント:『www』


コメント:『キレッキレで草』


コメント:『つまんねぇ事聞くなよ!』


コメント:『おしりには蒙古斑が残っている血塗れの落語家いない?』


コメント:『次はくぅるびゆてぃーな眼鏡メガネとか女子落語過ぎない?』


コメント:『wwwなついww』


コメント:『うるせェ!!!  いこう!!!!』


コメント:『麦わらいて草』


『旭日新聞の藤堂です。今回の被害状況について教えてください。』


『現在調査中でありますが、現在の所……怪我人多数、死者3名と言う被害状況であります』

『お答えいただきありがとうございます』


『では次に質問の有る方……そちらの方』


『日本産業経済新聞の新藤ともうします。もしダンジョンでスタンピードに遭遇してしまった場合はどうするべきでしょうか?』


『……難しい質問ですね……Lvの差があればある程度の数の差は跳ね除ける事が出来ますが、無理をせず一度逃げてください』


 その言葉に会場の全員が疑問符を浮かべました。

 しかし、流石はプロの新聞記者。混乱状態を自力で解除すると質問を続けます。


『……例えそれが誰かを見捨てる事になってでもですか?』


『はい。二次遭難をしては意味がありません。襲われているパーティーを助けるべきと、講習では教えています。がそれも全ては命あっての物種です。ですから時には見捨てる勇気や決断も必要であると私は考えています』


コメント欄


コメント:『戦わなければ生き残れない!』


コメント:『運命の切り札をつかみ取れ!』


コメント:『綺麗ごとだけじゃ無理って事だな……』


コメント:『バトルロイヤルしてるライダー居て草』


コメント:『最後にジョーカー生き残ってるのも居るぞ』


コメント:『全部主人公が一大事で草』


『弱者を助けるのは、力を持つ者の責務なのでは?』


 質問者ではない新聞社の記者が野次を飛ばします。


『ノブレス・オブリージュのような考え方は素晴らしいですが、それは現実的ではありません。探索者は使い潰される存在ではないのです。

彼らは才ある者です、天より与えらた才を通し社会に還元していますから、欧米の価値観での義務は果たしていると言えるでしょう。

 古代ローマでは貴族や地主は橋や道、公衆浴場を自費で作ったと言います。カエサルや街道を整備したアッピウスが有名でしょうか? 

 武力と言う才能を持つ彼ら探索者に、ノブレス・オブリージュを説くのならば、あなたは彼ら以上に社会貢献を果たしているのでしょうか? 

英国の記録にはこうあります。『確かに、貴族が義務を負うのならば、王族はそれに比してより多くの義務を負わねばならない』と……とても昨今のメディアにそれが出来ているとは私には思えません』


『あ、ありがとうございました。』


コメント欄


コメント:『殴られたら倍返しするスタイルスコ』


コメント:『マスゴミで草』


コメント:『お得意のヨーロッパではを、先に使われて殴られてて草』


コメント:『意気揚々と噛みついたらボコボコにされてて草』


コメント:『蚊の無くような声だけど大丈夫そwwwww』


コメント:『いつも投げてるボールが帰ってきて今どんな気持ち? ねぇ今どんな気持ち?』


『では次にご質問の有る方……ではそちらの女性で……』


 予想外な事に私が指名された。

コニコニ動画は国内動画サイトのため、少し的外れな質問をしても許される風潮がある。


 いわゆる飛ばし記事になるような質問をする事が多いからだ。

 私は緊張で振える身体を押さえつけて、タブレットに移った原稿をナレーションのように読み上げました。


『コニコニ動画の月壬つきみです。ネット上では事態を終息に導いたのは、刀剣を持ったソロの探索者との声がありますがそれは事実でしょうか?』


コメント欄


コメント:『飛ばしネタ過ぎるだろww』


コメント:『ドラゴンころし持ってそう』


コメント:『モン狩りのハンターかな?』


コメント:『いや無双ゲーの主人公だろww』


コメント:『月壬って声優の月壬つきみ麻那花まなかちゃんか?』


コメント:『どこの二次元の主人公だよ!』


 私の声で気づいた人も居るみたいだけど構いません。


『一部事実です。』


『『『おおおおおお』』』


会場は歓声に包まれました。


『彼は単身で少女を救い、モンスターを退けましたが、全て倒した訳ではありません。彼の行動は勇気のあるモノですが、大人としては死んだらどうするんだ? と褒めるか怒るか迷うところですね……ここ笑いどころですよ?』


 と、言うと会場がどっと沸いた。


コメント欄


コメント:『マジか!』


コメント:『ゲームの主人公やん』


コメント:『惚れるやろ……』


 コメント欄は加速していきます……


『その人物のお名前は?』


 私の質問中なのに他の記者が割り込んで声を上げます。


『プライバシー保護のため、公開出来かねます』


 すると……『知る権利の侵害だ!』などと喚く人が出ました。


『あくまでも一般人ですので……訴訟覚悟で御得の取材をされればよろしい』


 と一蹴すると喚いて人たちは静かになりました。


『月壬さん申し訳ない。あなたの質問の時間だったと言うのに……』


 申し訳なさそうな声音で支部長さんが謝罪してくれました。


『いえ。本業の記者でない私の質問の仕方がいけなかったんです。

支部長さんが謝る事ではありません。差し支えなければ少女を救った彼と言うのは男性でしょうか?』


『……月壬さんへの謝罪の意味を含めて、コニコニ動画さんにお話ししましょう? プロ記者の方々はみっともなく記事に書いたりはしませんよね?』


 と少し意地悪を言うと……『男性です』と答えました。

 少女漫画や乙女ゲーが大好きな私にとっては、物語の中から出て来たスパダリのようです。


『特別にご回答いただきありがとうございます。』


 私はお礼をいいました。


『いえいえ。次の方……』


 こうして記者会見はつつがなく進んでいきました。

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