結婚式はメルサナ神殿で行われることになった。
その前にリハーサルや衣装合わせなどの打ち合わせがあるらしい。
特に一番大変なのは僕だ。
何せ同時に花嫁を五人も迎い入れるのだから。
それに彼女達はどの娘も名高き有力者の娘ばかり。
王族もいれば宗教や風習が異なっており、他種族ならではの文化もある。
つまり僕は花嫁に合わせて衣装替えをして、各々の儀式を行わなければならない。
花婿版のお色直しと言ったところか。
初日、美しい花嫁達を迎い入れる僕に周囲の男達から羨望や嫉妬する視線が注がれていた。
だが目まぐるしく動かなければならない有様に、「うわぁっ……シャレになってない」などと同情する声が次第に聞こえ始める。
そんな中、僕は最後の衣装合わせをしていると、突然控え室の扉が勢いよく開かれた。
「セティお兄ちゃん、見て見てぇ!」
ヒナが入ってくる。
純白のドレスに身を包み、とても綺麗で可愛らしい姿だ。
あれ? これって……ウェディングドレスじゃないか?
「どうしたんだい、ヒナ? そんな格好をして……確か僕の親族として普通のドレスだろ?」
「うん。でも明日、ヒナも花嫁として結婚式に出るって言われたよ」
「はぁ?」
ヒナが説明していると、彼女の衣装を担当する侍女が走って来る。
僕は侍女に「どういうことですか?」と聞いてみた。
「はい、ヒナ様はセティ様とは血の繋がりはないということなので、だったら一緒にどうよってことになりました」
何よ、その雑な説明と理由。
酷いんだけど。
誰だよ、そんなこと言ってるの?
「けど、ヒナはまだ9才なので結婚はどうかと……つーか、普通に犯罪じゃないですか?」
「それはセティ様が実際に手を出されたらアウトですけど、家族として共に暮らすのであれば問題ないかと思います。勿論、ご結婚にはお早い年齢ではありますが、何よりヒナ様も強く望まれていることなので……セティ様も割り切って頂けると助かります」
侍女が言うのは、ヒナは他の女子達のウェディングドレスを見て「自分もお嫁さんになりたい」と言い出したとか。
普段から滅多に我儘を言わない、ヒナ。
女子達からも溺愛されていることもあり、みんなから「だったらヒナも一緒にセティと挙式を上げちゃえば~」的なノリになったようだ。
僕も先日大勢の前で、ヒナにプロポーズ的なことが言ったことが後押しした背景も少なからずあるとか。
別にそういう意味で言ったわけじゃないのに……。
結局、ケールが言っている通り『第六の嫁』扱いじゃないか。
まぁ仕方ない。ヒナの社会勉強だと思って、ここは割り切るか。
「わかったよ。僕もヒナと、ずっと一緒にいたい気持ちに嘘はないからね」
「うん! お兄ちゃん、大好きぃ!」
ヒナは僕の胸に飛び込んでくる。
僕は抱きかかえ、優しく頭を撫でた。
だけど、あくまで兄としてだからね。
いつか本当に好きな男の子ができるまで予行練習であり、代役だと割り切ることにしよう。
しかし、それはそれで寂しい気もする……。
次の日、僕達の結婚式が行われた。
いきなり伯爵の爵位を与えられたこともあり、多くに貴族達が参列している。
親族としてマギウスさんとレイラさん、そしてウォアナ王国の国王やエルフの精霊王が出席していた。
またイライザ王妃やロカッタ国王も同席している。特にロカッタ国王は真っ先に何かのご馳走を食べている姿が気になった。
礼拝堂の祭壇前で、僕はシンプルに黒のタキシード姿で待機する。
しばらくして扉が開けられ、六人の花嫁達が登場し各々の美しいウェディング衣装を披露した。
カリナは一国のお姫様らしい、スカートがふわっと膨らむ豪華なプリンセスのドレス。普段の姫騎士とは明らかにことなる清楚な印象だ。
フィアラは聖母メルサナの紋章が刺繍された長いヴェールを被り、ゆったりとして洗礼されたドレスに身を包んでいる。
ミーリエルは綺麗な花々で作られた冠を頭に載せており、エルフ族ならではの翡翠色に染められた神秘的な衣装を身に纏っていた。
マニーサは無宗教だけあり、スカートの長い純白のウェディングドレスだ。衣装自体は最も普通だが抜群のスタイルを持つ彼女だけに、黄金比率スタイルを誇る曲線が凄いことになっている。
パイロンは『中央華国』の独特刺繍が施された民族衣裳であり、真っ白い長髪をお団子風に編み込んで二つに纏めている。綺麗な顔立ちもあり、とても可愛らしい花嫁姿だ。
ヒナは昨日披露した通りの衣装を着ており、隣には蝶ネクタイをつけたシャバゾウがドヤ顔で一緒に歩いていた。
「みんな、とっても綺麗だよ」
僕は微笑み、花嫁達を迎い入れた。
それから結婚式は慎ましく、しかし僕だけは忙しく行われる。
無事に進行できたのは、召使いのポンプルが影ながらフォローしてくれたことが大きい。
諸事情により顔バレしてはいけない彼は、自ら覆面と被り黒子として動いてくれた。
特に衣装替えには大いに貢献してくれたのは確かだ。
かくして無事に結婚式は終了した。
ドキドキの初夜にて。
僕は伯爵として、イライザ王妃の計らいもあり神聖国グラーテカの中で最も豪華な宿泊施設に泊まることになった。
なんでも今夜だけの貸し切りらしい。
つまり夜通し一生懸命に激しく頑張れという意味だ。
ここでもポンプルの粋な計らいで、僕達が寝泊まりするスイートルームから離れた部屋で一緒に寝てもらっている。
自称、第七の嫁であるケールも僕達と同じ部屋がいいとゴネていたが、例の《魔法布》で封印して黙ってもらった。
そしていよいよと思ったが……ここに来て問題が発生する。
「皆の者、ここは公平にジャンケンといこうではないか? 文句あるまいな!」
「却下です。カリナは反射神経を活かし後出しする可能性があります。ここは数え歌、『聖母メルサナ様の仰る通り』で決めましょう!」
「そんなのいや~だよぉ! よくわかないけど……どうせ信仰心なんちゃらで、フィアラの独り勝ちでしょ? マニーサ、何か公平で決められるアイデアとかないの?」
「わかったわ、ミーリ。やっぱりくじ引きが妥当よね。こんなこともあろうかと、セティ君用の精力剤を調合していたと同時に、魔法でくじを生成したわ! 引いて当てたら最初よ!」
「なんか、おっぱい魔術師が目を血走らせてイカサマしようと画策しているヨ! てかアナタ達、とっとと順番決めるネ! 決められないなら、新参者のアタシが先にセティと子作り始めるヨ! いいのカ!?」
どうやら誰が最初に僕と寝屋を共にするかで揉めているようだ。
「……あのぅ。みんなデリケートな話だし、僕は廊下で待ってようか?」
「「「「「それじゃ意味ないでしょ!!!?」」」」」
何故か凄く怒られてしまう。
僕は「ひぃっ!」と喉を鳴らし、ベッドの上で縮こまる。
それから最初順番が決まり、夜の営みが始まった。
流石に詳しく語れない。だって恥ずかしいから。
ただ言えることは、みんな甲乙つけがたく、とても素敵で夢のようなひと時であったこと。
お互い、より愛が深まった初夜だったと思う。
そうして昇る朝陽を窓辺から眺め、僕は男として身も心も一人前以上になったと実感した。
あれから一週間後。
僕達はいよいよエウロス大陸に向けた旅立つことになった。
「途中、船で移動しなきゃいけないね。けど密航する必要もないだろう。堂々と倭国に入国して、まずは皇帝とやらの顔を拝んでやろう」
「セティ、夫となった途端すっかり強気ネ。童貞卒業したからカ? 今じゃ『絶倫セティ』の通り名で呼んでもいいヨ!」
「よくないよ、パイ……キミも妻なんだから、夫を辱めるような通り名で呼ぼうとするのはやめてくれる? それにどうせ、僕が来ることは皇帝にバレるだろ? だったら思いっきり恐怖を煽ってやるのも手さ」
「なるほど、まずは動揺を誘うってわけネ。けど先に
「わかった約束は守ろう。そして必ず決着をつける……ヒナや民達のためにも」
僕が誓を立てる中、カリナ達が近づいてくる。
「我が夫よ、出発の準備が整ったぞ。いつでも可能だ」
「ありがとう、カリナ。助かるよ」
「旦那様、たとえどのような道だろうと、わたし達は永久に貴方と共に歩みましょう」
「そうだね、フィアラ……キミ達が傍にいてくれるだけで、僕は百人力さ」
「ダーリン、ちゃちゃと片付けて、あたし達のお家に帰ろうねぇ!」
「勿論だ、ミーリ。けど、ダーリンって呼ばれるの、なんだか恥ずかしいよ」
「アナタの要望通り、エウロスに辿り着いたらマーキングを施すわ。《転移魔法》用のね。そうすれば、荷馬車ごと移動が自在にできるようになるわ」
「マニーサ、本当かい? それは助かるよ!」
歓喜する僕に、ヒナは不思議そうな表情で見つめている。
「セティお兄ちゃん、向こうでもランチワゴンの営業をするの?」
「勿論だよ……だって僕にとってスローライフの代名詞だからね。どこに行くのも一緒さ。みんなと共にね」
僕の言葉に、全員が快く頷いてくれた。
嬉しくて自然と笑みが零れる。
そして雲一つない蒼穹を見上げた。
エウロス大陸は見知らぬ大陸地であり、何が待ち受けているかわからない。
きっとイレギュラーな事態も発生するだろう。
けど家族達との絆があれば怖いものなどない。
どんな障害だろうと乗り越えてみせる。
それに戻って来たら、領主として仕事も山積みらしいからな。
ランチワゴンの傍ら携わっていかなければならない。
妻達とのスローライフを目指すため、これからもっと頑張らないと。
僕は心を弾せる。
「さてと、次の冒険に出発だ――」
偽勇者を解雇された最強の暗殺者はスローライフを目指します~その頃、仲間の婚約者たちは本物の勇者を見限り彼の後を追うのでした。
《完結》