「セティ殿ッ!」
戦いを終えて、カリナ達が駆け寄ってくる。
僕は慌てて、手にしている二刀の
「マニーサ! 炎系魔法で
「わかったわ! 《|巨大火炎球《メガ・ファイア》》!」
マニーサは容赦なく最上級の《火炎魔法》繰り出しを徹底的に炎上させている。
加熱滅菌どころか刃ごと溶かしているので、愛用の
「セティお兄ちゃん!」
ヒナが抱きついてきた。
僕は優しく彼女の頭を撫でる。
「……ごめんよ、ヒナ。嫌なモノ見せて……怖かったろ?」
「ヒナは大丈夫だよ、それより怪我はない?」
「ああ、もう傷は塞がった。少し疲れているだけさ」
「大丈夫ぅ、セティ?」
「肩を貸しましょう。カリナも手伝ってください」
「勿論だ」
ミーリエルが僕の顔を覗き込み、安否を気遣ってくれる。
僕はフィアラとカリナの肩を借りてなんとか立ち上がることができた。
そのまま、パイロンのスキル《|牢獄の烙印《プリズン・スティグマ》》の中で、吐血を繰り返しながら倒れているモルスに近づく。
「……セティ、ぐふっ」
先程、奴の問いに答えることにする。
「モルス……自分でも無我夢中で何をしたのか覚えていない。そのダメージは、散々あんたに叩き込まれた『暗殺術』があっての結果だろう……」
僕はあの刹那、『超神速化』を凌駕し、『神』その者になったと言う。
正直、実感はないし『神』という存在がなんなのかわからない。
それに値する絶対的な
「か、完全体の俺が、ここまで完膚なきまでとは……見事だぞ、セティ。流石、我が最愛の息子だ」
モルスの皮肉めいた言葉に、僕は何も答えられない。
これまで散々命を奪ってきた。
今更ってやつだ。
だけどアトゥムは僕の本当に父親だと言う。
本当なら15年前に死んでいたらしいが、それでも肉親であることに変わりない。
僕は唯一の親の身体を傷つけて死に追いやってしまった。
どんな理由があれ、事情があろうと釈明の余地はない。
それは事実なのだから。
モルスは震えながら顔を上げ、そんな僕の顔を見据えている。
フッと笑みを零していた。
だがこれまでのような嘲笑する表情ではない。
とても優しい瞳を向けている。
まるで息子の独り立ちを憂い尊ぶ慈愛に満ちた笑み。
「すっかり人間らしくなりおって……その娘達のおかげか? 仕方のないバカ息子め……親を超えた最後のご褒美だ……セティ、
モルスは言い終えると、突如がくっと顔を伏せた。
息絶えたわけではなく、再び震わせながら僕の方を見上げてくる。
「……セト」
か細い声で、僕の本名を呟く。
彼はモルスの口調ではない。
僕の本当の父親である、アトゥムの人格だ。
「父さん!?」
「……勝ったんだな、モルスという存在に……よく頑張った」
「ごめんなさい……僕は貴方を助けられなかった。それどころか容赦なく傷つけてしまって」
「お前が背負う必要はない。前に進んでほしいって言っただろ? それに、どうやら私は15年前に死んでいたようだからな……こうして話している私とて、本当の私ではないのかもしれんのだ」
確かに父さんの人格はモルスが彼の記憶の下に作った疑似人格だと言っていた。
それでも僕にとっては……。
「貴方は僕にとって本当の父親です」
「嬉しいよ……そしてなんて幸せなんだろう。これで安心して逝ける……皆さん、息子のセト、いやセティをお願いいたします」
父さんの言葉に、彼女達全員が涙ぐんで「はい……」と頷いてくれる。
その反応を見て、父さんは弱々しい微笑を浮かべた。
「……じゃあな、セト。どんな事があっても生きろ……父さんと母さんはそれを願っている……」
「はい、父さん……さよなら」
僕は別れを告げると、父さんは瞳を閉じて力尽きた。
生命活動が終息し、粉砕だれた『魔剣アンサラー』が残骸を残さず消滅する。
こうして感染源モルスとアトゥムは死んだ。
「うっ、うん……ここは? はて、私はどうしていたのでしょう?」
ポンプルに介抱されていた、シスター・ルカが目を覚ました。
意識が戻ったということは、彼女は
「終わった……のか」
僕は支えてくれている、カリナとフィアラから離れる。
まだ回復しきれない足を引きずりながら、アトゥムの遺体に近づいた。
「ありがとう、父さん……僕は前に進みながら生きていきます。どうか安らかに眠ってください」
熱く涙が溢れ出てくる。
頬を濡らしながらも、視線を亡き父親に向けて注いだ。
最後のアトゥムは疑似人格なのか、それともモルスが僕の罪悪感を軽減させるため演じていたのかわからない。
けど僕の心は穏やかだった。
罪の意識は薄れ、今はただ純粋に父親の死を悲しんでいる。
そして父が残した言葉通り、これからも前を向いて歩きたいと願っている。
僕の大切な仲間であり、家族達と一緒に――。
こうして全てが終わりを告げた。
目覚めたシスター・ルカには、何故かアトゥムに関しての記憶がない。
それは彼女だけではなく、料亭の主人や教え子である生徒達、それに巡礼者まで至っていた。
つまりベルレヘムの町で暮らす全員の記憶からアトゥムの存在が消えてしまったのだ。
どうやら、この田舎町に住む住人の全てが
しかしこのまま放置というわけにもいかず、僕の方からシスター・ルカだけ事の経緯を説明した。
ルカは「そうですか……それでは誰にも告げず、私達だけで丁重に密葬いたしましょう」と言ってくれて、埋葬を手伝いフィアラと共に祈りを捧げてくれる。
おかげで大事にならずに済んだ。
きっと
僕はそれ以上深く考えず、そう割り切りながらベルレヘムの町を出た。
約一ヶ月後。
僕達は神聖国グラーテカに戻ってきた。
別に祖国というわけではないが全てはこの国から始まったので思い入れも強い。
何より事件を解決したことで、マニーサの父親であり宮廷魔術師の大賢者マギウスさんから呼び出されていたこともある。
なんでも至急、王城に来てほしいと言う。
王城、謁見の間にて。
僕達は赤絨毯の上に跪き畏まる。
今回は初顔のパイロンとヒナとシャバゾウも同席していた。
特にヒナはせわしなく動き回るシャバゾウのリードを握り、ちょこんと一緒に座っている。
ちなみにポンプルとケールだけ宿屋で待機させている。
ポンプルも更生したとはいえ、過去の『アルタの蜂起』で共に襲撃した一人なので表沙汰にできない事情があった。
ケールに関しては喋る髑髏なので不気味がられるだろうという理由からだ(雑)。
「よく来てくださいました、セティに皆さん。この度も貴方達に助けられましたね」
王妃用の玉座に座る、イライザ王妃から労いの言葉を頂いた。
彼女の隣には国王用の玉座に腰を降ろす、ロカッタ国王がいる。
モルスに肉体を乗っ取られ劇的に痩せたと聞いたが、リバウンドしたのか相変わらず太ったままだ。
伸長も見たところ以前と変わらない。何故、痩せて太って身長が変わるのかは不明だ。
「いえ、僕達は何も……陛下もご健在で何よりです」
「うん、ありがとう~セティ君! でも僕ぅ、何も覚えてないんだぁ……けどご飯は美味しいし、イライザちゃんも傍にいてくれるからラッキーなんだけどねぇ~ん!」
相変わらず威厳の欠片もない、見た目通りゆるゆるのロカッタ国王。
彼もモルスが消滅したことで、感染者だった頃の記憶がなく、食い意地国王に戻っている。
だけど愛する妻が戻ったことで上機嫌であり、イライザ王妃も元の姿に戻った夫に安堵した様子が見られた。
現に二人は、僕達の前にもかかわらずひたすら手を握り合っている。
本当の夫婦になった。僕にはそう微笑ましく見える。
玉座の隣には宮廷魔術師のマギウスさんが立っており、反対側にはフィアラの母親でメルサナ神殿の教皇ことレイナさんが立っていた。
さらに壁際には懐刀の近臣であるムランド公爵がいる。
彼もモルスに感染者にされた後、辺境の村で保護され無事に戻ってきたらしい。無事で何よりだ。
「それで僕達をお呼びになった用件とは?」
「今回も国に貢献した褒美と……あと、マギウスから聞いておりませんか?」
いきなり言葉を濁す、イライザ女王。
「はい、何も……そうだよね、マニーサ」
「ええ、その通りよ……どういうことでしょうか、お父様?」
王族の前であることもあり、マニーサは口調を変えながら父親に訊ねた。
マギウスは強く咳払いをして見せる。
「ごほん! 私わね、セティ君のことは認めているよ。同じ男としてね……けど父親として複雑な胸中もある……早くして妻を亡くし男手ひとつで育てた愛娘を……そのぅ、取られてしまうみたいな……」
なんだろう、いきなり愚痴りだしたんだけど?
はっきり言わないマギウスさんに、レイラさんは頭を抱えながら溜息を吐く。
「……これだから男親は。陛下それに王妃、ここはわたしがご説明してもよろしいでしょうか?」
「レイラちゃん、いいよ~ん!」
「教皇レイラ、是非に」
二人の許可を貰い、レイラさんは力強く頷いた。
フィアラのお母さんだけあって清楚感溢れる綺麗な女性だ。
そして、
「セティさん! 三日後、この国で娘達と結婚式を挙げるのです!」
え? 今なんと?
結婚式?
僕が……彼女達と?
え? え? え?
「ええええええええええ――っ!!!?」