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第74話 父と子の想い

 夕暮れ時。


「セティ様に皆様、本日は色々とお手伝い頂きありがとうございます」


「いえ、シスター。僕は何もしていません。全部彼女達が善意でしてくれたことです」


 シスター・ルカが僕達に向けて丁寧にお辞儀する。


 あれから女子達は教会の仕事を手伝い、僕は息子の「セト」としてアトゥムと共に過ごしていた。

 まだ少しぎくしゃくしているので、ヒナとシャバゾウには僕と一緒にいてもらうようにお願いする。


 アトゥムも子供好きなだけに、ヒナとは直ぐ打ち解けてシャバゾウも可愛がってくれた。

 普段から警戒心の強い幼竜にしては吠えることなく珍しく懐いている。

 やはりシャバゾウも、僕と通じるモノがアトゥムにあると感じているのだろうか?


 寧ろ召使いであるポンプルの方がびびっている。


「セティ様……モルスの本体が妙な真似をしたら速攻でヤッちゃってくださいっすぅ」


 などと僕の背後に隠れ震えながら、延々と小声で呟いていた。



「これから夕食となりますが、せめてのお礼でどうかセティ様達も召し上がってください」


「わかりました。それではアトゥムさん……いえ、を呼んできます」


 僕は一礼し、ポンプルを連れて部屋から出た。

 今、アトゥムは広場でヒナとシャバゾウの相手をしてくれている筈だ。


 玄関の扉前で、僕は足を止める。


「――ポンプル、パイを呼んできてくれ」


「パイロン様っすか? まさかセティ様……」


 僕は無言で頷いて見せる。


「それとお前のバックの中身を僕に預けてくれ……その中にケールが入っているだろ?」


「ええ、マニーサ様から預かっているっす。薄汚いメス髑髏なんで、お手を汚さないよう取り扱いに注意っす」


 ポンプルはバックに封印された、ケールの頭蓋骨を取り出し手渡した。


『お呼びでしょうか、セティ様……って小人妖精族リトルフ、テメェ誰が薄汚いメス髑髏だぁ!? ばっちり聞こえていたからな!! 今はこうでも肉体が存在した時は絶世の美女と呼ばれ多くの男共から求婚されていたんだぞぉ!! ボケがァ怨み殺すぞ、ヒェェェェイ!!!』


「騒ぐな、ケール。お前には『斥候役』になってもらう。万一、モルスが近づいてもわかるようにな……あとお前、闇魔法が得意だろ? 戦闘になった際、ヒナの視覚と聴覚を奪ってほしい。あの子には見せてはいけない光景だ」


 シャバゾウもいるから二重に網を張れるだろう。


『お任せください、我が主よ。その代わり事を成し遂げたなら、是非に私を第七の嫁に――』


「糞骸骨がうるせーんで、ギリギリまで猿轡さるぐつわしておくっす。セティ様、用がある時に外してくださいっす」


「ありがとう、ポンプル」


 ポンプルは見事な手際でケールの口に布を巻きつける。


『んうっ、ぐーっ! (思念も使えない!? まさか布に魔法が込められてんのか、こしゃくな真似をヒェェェェイ!)』


 どうやらマニーサが施した《魔法布》のようだ。

 まったく余念のない仕事ぶりだな。

 ケールは用意した別の布に包み見えないようにする。


 それからポンプルが立ち去るのを見届け、僕は玄関の扉を開けた。


 正面から裏へと回り、ヒナ達と遊ぶアトゥムと合流する。



「――父さん」


「ああ、セト。シスター・ルカはどうだった?」


「ええ大分落ち着いたようです。彼女達が手伝ってくれたおかげで」


「生徒達がいない休日の教会は特に忙しくてな……普段は私が手伝っているのだが、今日はすっかりあの娘達に甘えてしまった。おかげで数十年ぶりに羽を伸ばすことができたよ、ありがとう」


「いえ、お礼は彼女達に言ってください。僕も彼女達には沢山支えられています」


「そうか……しかし、セト。まさかお前に六人も嫁がいるとは、貴族のようで大した出世だ」


「あっいえ……まだ結婚までは……今はランチワゴンの経営で精いっぱいで、はい」


 その話題に触れられると恥ずかしいやら何とも言えなくなる。

 とりあえず「自信がついたらです」と言わせてもらう。


「そうか……セト、お前まだ若い。焦らず、ゆっくりと自分の土台を築けばいい。ただ男としての責任は取らなければならないぞ」


 耳が痛い。

 まさか彼に助言を貰うことになるとは……実際その通りなんだけど。


「……はい。父さん、少し話をしても良いですか?」


「構わんよ」


「ありがとうございます。じゃあヒナ、シャバゾウを連れて裏口の方で待っていてくれないか? もうじきパイお姉ちゃんも迎えに来るからね」


「うん、わかったよ。シャバゾウ、行こ」


 ヒナはシャバゾウを連れて、少し離れた教会の裏口まで行き待機する。

 その光景をアトゥムは微笑ましく見つめていた。


「……いい子だな、あの子は」


「ええ、とても……さっき話ましたよね? あの子は倭国の正統な王家の娘だと」


「ああ……あんな子供を……許せんな」


「はい。僕も事を成し遂げたら、エウロス大陸に赴き『倭国の皇帝』をキルしに行きます。『死神セティ』として……」


「死神セティ?」


「僕の通り名ですよ、父さん……僕の正体は元暗殺組織ハデス最強の暗殺者アサシンです」


「ア、暗殺者アサシン? セト、お前が?」


 驚愕するアトゥムを前に僕は躊躇することなく頷く。

 これまでのことを包み隠さず説明した。



「――そうだったのか。すまない、セト……お前をカサブラ王国に置いていかなければ」


「いいんですよ……全てはモルスという存在が画策したこと。そう考えれば、貴方の矛盾した行動も説明がつきますので」


「矛盾? 私が?」


「ええ、倭国から追われる身となり、幼い僕を連れてグランドライン大陸まで逃げて来た……ここまでは納得できる。しかし、僕をカサブラ王国とやらに預けてから、貴方は真っすぐ、このベルヘルムの地に来てから15年間も動いた形跡がない。追われる身なのにどうしてです?」


「それは……この辺境地なら奴らは追って来ないと思ったから……やはり私のことを恨んでいるのか? 自分の保身でお前を見捨てた形になってしまったから……」


「いえ別に恨んではいません。事実を確認しているのです……貴方に自覚してもらうために――さらにはパイロン」


「パイロン? ああ、お前が紹介してくれた一人、あの真っ白で綺麗な婚約者の少女か?」


「彼女はエウロス大陸の裏社会を支配する闇九龍ガウロンのボスです」


闇九龍ガウロン? 確か暗殺組織だったな……」


「そうです。つい最近まで、王家の生き残りであるヒナをつけ狙っていました。彼女が新しいボスとなったことで、僕と和解してその危険はなくなり今の関係に至っています」


「そうだったのか……知らなかった」


「けど、パイロンがエウロス大陸の暗殺者アサシンであるのは気づいている筈ですよね? あの訛りある独特の喋り方に闇九龍ガウロンの象徴といえる長袍チャンパオといい、追われる身でありながら気づかないのは不自然だ」


「そ、それは……」


 アトゥムは言葉を詰まらせ、頭を抱えている。

 思い出そうとしても思い出せない記憶喪失者のようだ。


「……父さん、貴方が自覚できないのは仕方のないことです。おそらくモルスによって記憶や行動を制限されているのでしょう。『感染源』として……」


「感染源?」


「モルスの本体……それが貴方の正体です。僕は奴との因縁を終わらせるために、『感染源』を殺しにきました」


「つまり私を殺しに来たと?」


 僕は素直に頷いた。


 アトゥムは一瞬だけ目を見開き驚いた様子だったが、直ぐに落ち着き見せ始める。


「……そうか。セト、ありがとう」


「ありがとう?」


「そうだ……前に言ったろ? 私はお前にすまないことをしたと思っている。だからお前になら殺されても良いとさえ思っていた。こうして立派に育ち、綺麗な花嫁達も紹介してくれて、私のことを父と呼んでくれた……父親としてもう思い残すことない。そうだろ?」


 アトゥムは言いながら、腰元の刀剣を鞘ごと地面に引き抜き放り投げる。

 丸腰になり、僕に向けて両手を広げた。


「何を?」


「私を殺してくれ。そして前に進んでほしい、セト」


 意外、いや思った通りかもしれない。

 きっとアトゥムなら、そうするだろうと思った。

 だから彼を父と呼び全てを打ち明けたんだ。


 後は僕の覚悟次第――。


 僕は腰に装備された短剣ダガーの柄に手を添えた。

 切り札である『超神速化』なら無自覚で逝かせてあげることができる。


 だが僕はまだ迷っている……僕の中で彼を父親だと認めているから。

 仮に違っていたとしても、アトゥムなら父親であって欲しいと思っていた。


 短剣ダガーを握る手が、身体が、全身が震えている。


 とっくの前に腹を括っていたのに、こんなのは初めてだ……。


「――セティ、来たヨ」


 裏口の扉が開かれ、パイロンが現れる。


 僕は深呼吸をし、布袋から頭蓋骨のケールを取り出す。

 魔法布で巻かれた猿轡さるぐつわを外して地面に置いた。


「役者は揃った。ヒナへの配慮と索敵を頼むぞ」


『セティ様、お任せを――ん? もう一人、誰かが近づいて来ますぞ?』


 ケールが知らせてきた直後、シャバゾウが「グルルルゥ!」と唸り声を上げ始める。

 強引にヒナの袖を口に咥えて引っ張り、僕の傍に寄ってきた。


「どうした、シャバゾウ……まさか、モルスか!?」


 モルスが近づいて来る!?


 バカな! 奴がグラーテカから逃走して、まだ二日しか経ってないぞ!


 僕達が身構える中、何者かが姿を見せてきた。


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