「どうした、セト……いや、セティ君?」
戸惑いを見せる僕に、アトゥムは優しい口調で聞いてくる。
「い、いえ……僕も幼少期の記憶がないので、貴方の話を聞いていると不思議な感じがして……本当に僕は貴方の息子なのでしょうか? 実際に確証もないわけですし……」
せいぜい合致しているのは黒髪と黒瞳くらいか。
しかしヒナといい、極東系の人間なら大抵は同じ系統だ。
「私は一目でキミを息子の『セト』だと気づいた。何故だと思う?」
「わかりません……直感とかでしょうか?」
「それもあるけど……セティ君、キミは妻、いや母さんによく似ているんだ」
「母さんに似ている?」
「ああ特に目つきなんかがね。キミのような穏やかで優しい瞳だった」
「けどそれだけじゃ……」
「勿論、確たる証拠があるわけじゃないし、私の勘であることが多いだろう。けど親子だからね……幼かったキミの姿を片時も忘れたことはない。しっかりと覚えているつもりだ」
客観的に考えてもその可能性は極めて高い。
いや、彼がモルスの本体である『感染源』だとするとそうなのだろう。
――常に保険は掛けておくものだよ、セティ。
モルスの口癖である。
きっと万一、僕に『感染源』を始末しづらい環境を整えていたのかもしれない。
何せ嘗て魔王として災害をもたらしていた存在だ。
強かで入念なる悪魔。
奴なら、それくらいやり兼ねないだろう。
けど、やはり僕はアトゥムを殺せない。
実の父親という理由だけじゃない。
彼は間違いなく、ごく普通の一般人であり善人だ。
普通に暮らしている人を始末するなど、僕の
――どうしたらいい?
僕は椅子から立ち上がる。
「それじゃ会えて良かったです。アトゥムさん」
「もう行くのかい?」
「ええ、仲間達も待たせていますし、生徒さんの迷惑にもなりますから……」
「そうか……セティ君、また会いに来てくれるかい?」
「ええ、しばらく滞在するつもりですし……必ず会いに来ます」
僕は一礼し、客間から出る。
アトゥムに見送られる形で、教会学校を後にした。
……複雑な心境だ。
少し歩くと、待機していた仲間達と合流した。
だが何か様子が可笑しい。
「待たせたね。みんな、どうしたの?」
「セ、セティ君……緊急事態なの、聞いてくれる?」
マニーサが声を震わせながら説明して来る。
つい先程、彼女の父親である「大賢者マギウス」から知らせがあったそうだ。
なんでも昨晩、イライザ王妃の協力でロカッタ国王の肉体を乗っ取っていたモルスを追い詰めたが、まんまと逃げられてしまったらしい。
幸いロカッタ国王は無事であり、介抱された後は元の大食漢ぶりを見せていると言う。
「――お父さんの話だと、セティ君に会いに行くような口振りだったみたいよ。今は
「ムランド公爵? ああ側近の大臣だったね。神聖国グラーテカからだと、どんなに急いでも一ヶ月以上はかかるな。密偵鴉で近くにいる別の
はっきり言って、今の
モルスは他種族に感染できるが、魔物や動物などの肉体を乗っ取ったことはない。
何かしらの制約があることから、感染するにも人型タイプに限られると思う。
逆に言えば一ヶ月の猶予がある。
僕がアトゥムをどう始末するべきかの……。
実際はそんなに放置しておくわけにはいかないが……。
「けどセティ、気を付けるネ。ウイルスは時に爆発的に広まることもあるヨ。きっと早い時期に『
パイロンが真面目な表情で意見してくる。
初めて
僕は「……パイの言う通りだね」と賛同しながら表情を曇らせる。
「それでセティさん、アトゥムという人物と会えましたか?」
「え? うん、フィアラ……さっきまで彼と話していたよ。思いの外、普通……いや寧ろ善人だと思う」
「セティ殿……それでは?」
カリナの問いに、僕は静かに頷いて見せた。
「今のアトゥムに対し、僕は直接手を下すことはできない。元
「だとしたらどうするネ? このまま『
なるほど、パイロンの言う通りだな。
アトゥムがモルスになれば、必然的に僕と戦闘になる。
敵意さえ向けられれば、僕の迷いも変わるかもしれない。
――セティ君、また会いに来てくれるかい?
本当に変われるのか?
本当は殺したくないんじゃないか?
自分の父親かもしれない人を――。
僕には身寄りがいない。ずっとそう思っていた。
唯一の親代わりのモルスに心を壊され、一流の
あの頃なら迷わず殺せた。
けど今の僕は……ましてや、唯一の肉親かもしれない人を……。
「ねぇ、セティ。アトゥムって人と、どんな話をしたのぅ?」
ミーリエルが屈託のない表情で訊ねてくる。
皆が神妙な表情を浮かべる中、エルフ族らしい彼女のキャラか。
迷走ぎみの僕を一拍置かせて落ち着かせてくれる。
ここは全て正直に話して、情報共有しながら彼女達の意見を聞いた方が良いかもしれない。
僕の感情を取り戻してくれた彼女達だからこそ――。
束の間。
みんな僕の話で驚きを隠せないでいる。
無理もない。
当事者の僕も半信半疑だ。だから冷静でいられる部分もある。
「……セティ殿の父親かもしれぬと? そのアトゥムという人物が?」
カリナの問いに、僕は正直に頷いた。
「セティ君、そんな人と戦えるの?」
「今は無理だと思う……でもパイが言うように、モルスとなれば気持ちも変われると思う。そう訓練されているからね」
僕はマニーサに心境を正直に打ち明ける。
「聖母メルサナの教えで『より多くの民を救うため、罪を憎み迷わず元凶を断つ』と教えがあります。ですがご自分の身内となると話が変わりますね……ましてや当人は無自覚で操られている身。セティさんが迷われている気持ちは痛いほどわかります。ですが、わたしはセティさんを信じています。貴方の下した決断に従いましょう!」
「あたし達はみんなセティの味方だからね! どんなことになろうと、ずっと一緒だよぉ!」
「当然だ、ミーリ! 我らは常にセティ殿と共にある! たとえ如何なる場面でもだ!」
「そうね、セティ君だけに全てを背負わせないわ! 一蓮托生よ!」
フィアラは両手を合わせながら祈りを捧げ、ミーリエルとカリナとマニーサが勇気を与えてくれる。
常に味方でいてくれる彼女達。
そんな健気な姿に、つい目頭が熱くなってしまう。
「ありがとう、二人共。みんなのおかげで今の僕がいる。こうして悩めるのも、きっと普通のことなんだろうね」
僕の言葉に、女子達は微笑を浮かべ頷いてくれた。
こうして彼女達と思いを交し合うことで、僕は独りじゃないと実感できる。
『死神セティ』以外の存在意義を与えてくれた大切な存在。
大切だからこそ、自分の弱い部分も見せることもできるんだと思う。
「にしても、倭国の皇帝はやっぱり糞ネ! セティ、とっとと『
「そうだね、パイ……僕個人も思うところがある。必ず
アトゥムにあらぬ罪を背負わせ追放し、彼の妻を殺した張本人。
おまけにヒナを抹殺しようとし、イオ師匠の件もある。
僕がアトゥムの息子とか関係なくてもキルする理由は十分にある奴だ。
こうして彼女達に打ち明けたおかげで気持ちが楽になった。
たとえどのような結末だろうと、彼女達なら信じてついて来てくれる。
後は僕自身のけじめをつけよう。
アトゥムのためにも――。
二日後。
教会学校は休日だが、信者達が祈りを捧げるため頻繁に出入りしている。
僕は事前にアポを入れ、アトゥムに会いに向かった。
今度はヒナとシャバゾウも連れて全員で訪れる。
管理人であるシスター・ルカは来訪する信者達の応対をする中、アトゥムが直々に出迎えてくれた。
「よく来てくれたね、セティ君。そちらの方々が、キミが話していたお仲間さんかい?」
「ええ、僕の大切な家族達です――父さん」
「父さん? 私をそう呼んでくれるのか、セティ君……」
「はい。僕のことはセトと呼んでください」
せめて今日一日だけでも、僕は彼の息子である「セト」を演じることにした。