目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第72話 感染源の過去

 次の日の朝、教会学校へと赴いてみる。


 どこの田舎町には必ずある教会。

 学校と併設し無償で教養を学ばせる場所だけあり、多くの子供達が登校していた。



「大勢で押し掛けると怪しまれるからね……僕一人で行くよ」


 仲間達を外で待たせ、僕は他所の子供達に紛れて教会へと入って行く。

 ちなみにヒナとシャバゾウ、それとポンプルには別の広場で遊んでもらっている。



 教会学校の玄関広間に、修道服を身に纏った大人の女性が迎い入れていた。

 とても綺麗な顔立ちをしており、優しそうな淑女という印象だ。


 この人が、シスター・ルカか?

 彼女は僕と目を合わせると爽やかに微笑んできた。


「あら、貴方様は?」


「セティと申します……アトゥムさんはいらっしゃいますか?」


「アトゥム先生? ええ、そこにいらっしゃいますよ」


 ルカはいきなりの来訪者にもかかわらず親切に教えてくれる。

 辺境の田舎町だけに警戒心が薄いのか。


 そして、彼女が示してくれた先に目的の男が子供達に囲まれていた。


 ――アトゥム。


 白髪混じりの長い黒髪、すらりとした長身だが逞しい肉体を宿した初老の男。

 リーエルさんが《先見》したイメージとほぼ同一の容姿だ。


 15年前は鎧を纏っていたが、今は一般人と変わらない服装である。

 一応、子供達に剣を教えているだけに、腰元には両手剣バスタードソードを携えていた。


 アトゥムは多くの子供達から「先生」と呼ばれ慕われている。

 当の本人はニコニコと笑みを浮かべながら対応していた。

 子供好きな様子が伺え、複雑な心境だが見ていて微笑ましい光景だ。


 そのアトゥムと、僕は目が合ってしまう。


 途端、奴は双眸を見開かせながら、子供達をそっちのけで茫然と見据え始める。

 顔色が青ざめ、全身を硬直させ小刻みに震わせた。

 まるで思いがけない怪物と遭遇したような表情に見えた。


 こいつ、僕のことを勘づいたのか?

 実は自分がモルスの『感染源』だと理解している?


 自覚しているなら話が早いかもしれない。

 僕も割り切って始末できるだろう。


 だがどうする?


 シスターや子供の前で決着をつけるわけにはいかない。

 この場は立ち去って、暗殺に移行するべきか……。


「……セ、セトか?」


 アトゥムは唇を震わせながら、僕に向けてそう呼んできた。


 セト? 誰だ?


「……いえ違います。僕はセティという名です」


「そ、そうか……すまない。面影があったんだ……だから会いに来てくれたとばかり」


「面影? 誰にですか?」


「…………」


 僕は訊ねるも、アトゥムは口を噤んで答えようとしない。

 さっぱりわからないが、気まずい空気で周囲の雰囲気が重くなった感じがする。

 何かしたのか、僕は?


 子供達が不思議そうに僕とアトゥムを見比べる中、シスター・ルカは手を叩き始めた。


「それじゃ皆さん! 授業が始まりますので教室に向かってください。アトゥム先生はお客様のご対応をお願いしますね。お互い積り話もあるでしょう」


「……はい。シスター」


 ルカは子供達を誘導し、振り返りざまに片目を閉じて見せる。

 なんだか気を遣われてしまったようだが、僕にはさっぱり意図がわからない。


 広間で二人きりとなってしまった。

 まだアトゥムは僕を見つめている。隙だらけだ。

 今ならキルする絶好のチャンスではあるのだけど……。


「セト……いや、セティ君だったね。お茶でも飲んでいくかい?」


「……はい。是非に」


 僕はアトゥムの案内で客室へと案内された。

 何故かテーブル越しで向き合いながらお茶を楽しんでいる。


 窓からは森林に囲まれた広場の景色が見られており、子供達が遊んでいた。

 本来アトゥムが剣術の稽古を担当する生徒達であり、僕が来たので今は実習扱いらしい。


「すみません、時間を取らせてもらって」


 建前上、一応は謝っておく。


「いや、いいんだ……会いに来てくれて嬉しいよ、セト」


「だから違いますよ、セティです」


「そうか……やはり父さんを恨んでいるんだな。お前になら父さん、殺されてもいいと思っている」


 父さん? 何を言っているんだ?

 殺されてもいいって……まぁ、そのつもりで来たんだけど。


「アトゥムさん、何か勘違いしているようですけど僕はセティです。貴方の息子ではありません。似ているのは同じ極東系の人種だからだと思います」


「……では何しにここに? 私を尋ねに来た理由は?」


「そ、それは……」


 流石に「モルスの本体だからキルしに来た」なんて言えない。

 ケールの情報通り、本人は無自覚なのは確かだ。

 もし始末するなら苦しまないような配慮も必要だ……安楽死なら薬物系が無難だろうか?

 どちらにせよ準備する必要がある。


 僕が口籠っている中、アトゥムは首を横に振って見せた。


「いいんだ、もう……国を追われ母さんを失ったばかりに、お前を一人ぼっちに……よく無事に生きてくれた……ううう」


 口元を押さえながら、ぽろぽろと涙を流して声を震わせる、アトゥム。


 すっかり、セトという息子扱いだ。

 彼の口振りから、随分とワケありのようだが……生き別れた的な?


 ここは息子なりきったつもりで聞いてみるのもいいかもしれない。

 どの道、僕は今の段階でアトゥムは殺せない。

 必要かはわからないが、彼を知った上でどう決着をつけるべきか考えるとしよう。


「アトゥムさん、申し訳ございませんが……僕には幼少期の記憶はほとんどありません。幼い頃、孤児院にいて戦果に巻き込まれてから、ある人物に拾われ育てられました。今はランチワゴンという移動式の飲食店を経営しております。こうして貴方を尋ねに来たのは……仲間達と旅を続けている中、お客さんから僕によく似た人がいると聞いたので、もしかしたらという思いで尋ねにきた次第です」


 八割の真実を語り二割の偽りを伝え、会話の流れを誘導する。

 これもモルスから教えられた心理戦の手法だ。


「……そうか。カサブラ王国は滅んだのか……私がいれば、お前だけでも救い出せたのに……すまん」


「カサブラ王国? その国の孤児院に幼い僕を預けたと?」


 僕の問いに、アトゥムは迷いなく頷いた。


「私は嘗て『倭国』の武将だった……16年前、追放を受け赤子のお前と共に、グランドライン大陸に流れついたんだ」


 なんだと!?

 いや待て……あくまで僕が「セト」という人物だった場合だ。

 まずは話を全て聞かなければならない。


 アトゥムは淡々と身の上を語り始める。


 16年前、倭国に仕える武将であり剣聖として名高いアトゥムは、ある近臣から「王家の者を抹殺するように」と依頼を受けたそうだ。

 義を重んじ忠誠心の高いアトゥムは当然拒否したが、妻と当時3歳の息子である「セト」を人質に取られ強制的に命じられていた。


 だがアトゥムは従わず逆に奴らのアジトに乗り込み、謀反を目論む連中の首を刎ねて殲滅させる。

 その際に人質だった妻は殺されてしまうも、息子のセトだけは無事に助けて保護することができた。


 しかし、依頼をした黒幕の重鎮が「アトゥムが謀反を企てている」とでっち上げ、アトゥムは国を追われる身となってしまう。

 そしてグランドライン大陸に流れ着き、セトをカサブラ王国の孤児院に預けて、自分だけ逃走していたそうだ。


 あれから現在に至るまで、クルセイム王国のベルヘルムに流れ着きいたってところか。

 この辺境地の田舎町なら、そう容易く刺客も来ないだろうし、よそ者とてすぐにわかるからな。


「セトよ。当時の私は見知らぬ地でお前を連れて逃げ切る自信はなかった……カサブラ王国はお前の母さんの地元でもあったからね。だからお前だけを預けたんだ。お前の安全を考慮したつもりが……本当にすまない」


「……いえ。お客さん伝手で、倭国での王家暗殺の件は僕も耳にしたことがあります。9年前、実行されて皇帝が変わったことも」


「ああそうだ。何せ、私はその皇帝によってハメられたのだからな」


「そうですか……」


 ということは、アトゥムに王家暗殺を依頼した近臣とは、今の皇帝ってことか……。

 アトゥムが断り、当時の実行犯達を全員始末したから全ての罪を彼に擦り付けた。そんなところだろうか。

 それから7年後、現皇帝は闇九龍ガウロンと接触し、イオ師匠に王家暗殺を依頼した……そう考えれば辻褄が合う。


 だが肝心の部分が腑に落ちない。


「アトゥムさん……グランドライン大陸に来る前、エウロス大陸の魔窟に入ったりしてません?」


「ん? 魔窟かどうかはわからないが、逃走の際に一年間ほどエウロス大陸中の色々な場所をお前と共に点々としていたのは確かだ。中には隠れ蓑にする際、誰も寄り付かないであろう秘境の洞窟にも入ったこともある……それがどうした?」


「いえ、その際に『剣』を拾った記憶とかありませんか?」


「……いや、ないな」


 『魔剣アンサラー』のことを知らないだと?

 あるいは、モルスによってそこの部分だけ記憶が改竄されているかだ。


 もし僕がセトと同一人物だとしたら、当時3歳として今は18歳か……。

 その頃の記憶がないことから、僕もモルスによって記憶を消された可能性がある。


 カサブラ王国が戦果により滅亡した際、モルスが僕を助けたのも偶然でなく計算されていたとしたら……。


 ――最初から全て仕組まれていたということになる。


 モルスが僕の肉体を必要以上に求める理由も、『感染源』であるアトゥムが父親であるということ。

 息子として引き継ぎやすいからかもしれない……。


 これまでバラバラだったピースが埋められていくような感覚。


 まだ憶測の範囲だが……もし真実だとしたら――。



 尚更のこと僕はアトゥムを……実の父親を暗殺キルすることはできるだろうか?

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?