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第71話 迷いと複雑な胸中

 聖地と呼ばれるクルセイム王国。

 僕達はその国の領土であり、辺境の田舎町ベルレヘムに向かっていた。


 モルスの本体とされる『感染源』、アトゥムという人物に会いに行くため。


 そいつを斃せば全て終わる。


 最強の暗殺者アサシンと恐れられ、『死神セティ』と呼ばれた過去。

 裏切り者として追われる身となった現在。

 どこへ逃げても付きまとう、血塗られた宿命と因果。


 いくら敵をキルしても終わらない負の連鎖。


 無限回廊だと半ば諦めていた生活に終止符を打つことができる。

 ようやく真のスローライフを手に入れることができるんだ。


 けど、ひとつ問題がある。


 どうやらアトゥムという男は、自分が「モルス」だと自覚しておらず一般人として暮らしているらしい。

 悪人なら躊躇せず始末できるが、もし善人として生きているのなら話が変わってしまう。


 今の僕に一般人をキルすることが果たしてできるだろうか……。



「――セティは暗殺者アサシンの頃、どんな仕事をしてきたのカ?」


 旅立った同時に、パイロンがこっそりと僕に訊ねてきた。

 他の女子達なら絶対に聞いてこない禁句タブーでもあるが、同じ暗殺者アサシンとして極めている彼女だからこそ訊ねられる内容だ。


「ん? 依頼者クライアントにもよるけどね……僕の場合、高難易度が多いから、どこぞの裏組織のボスとか悪徳の国王や凶悪な魔物がメインだったね……中には悪行に手をそめている勇者もいたよ。全てモルスがチョイスした仕事ばかりさ。僕が直接依頼を受けたことはない」


「やっぱり普通の庶民はキルしたことはないネ?」


「……ないね。仇討ちの依頼で、情報と証拠を集めた上で始末したことはあるけど」


 それでも法の目を掻い潜る悪人、有力者の力を借りて「逃げ得」しようとした外道ばかりだ。

 罪もない人を殺めたことはないし、得のない殺しは暗殺者アサシンの仕事じゃない。


「ハデスは闇九龍ガウロンと違って仕事を選ばないと聞いたけど案外まともネ」


「確かにそういう一面もある。今思えばモルスの意向で僕に対しての配慮だったかもしれない。より冷徹に無感情でいられるため……これまでの目的にために手段を選ばない他の暗殺者アサシン達を見ていたらそう思えてしまう。『死神セティ』は組織の看板でもあったからね」


「ふ~ん。話を聞く限り所々だけど『千の体を持つ者サウザンド』の配慮とうか愛情みたいなのを感じてしまうヨ。なんかまるで親子ネ」


「……愛情か。まぁ奴の目的は僕の身体みたいだからな。きっと暗殺者アサシンとして育成させるのに必要なプロセスだったんだと思う」


 パイロンじゃないけど、ある意味、親子に近い関係。

 だからモルスにとって、僕のような存在は『子供達』と呼ばれているのだろう。


 しかし終わらせなければならない。

 みんなと幸せに歩むためにも……僕はモルスを斃す。


 変な話、アトゥムという男が極悪人であれば迷う必要はないのだけど……。


 つい、そう願ってしまう僕がいた。




 一週間後。


 クルセイム王国の国境に入る。

 通行証を見せて簡単に入国することができた。


 聖地というだけあり、旅の巡礼者が多いと感じる。

 僕は料理人だが「旅の商人」扱いで簡単なチェックを受け、相応の通行料を納めた。


「セティ様ぁ、わざわざ入国しなくても迂回すれば目的の村に着いたんじゃないっすか?」


 正式に召使いとなった、ポンプルが聞いてきた。


「近道だよ。ベルレヘムの町は王都を越えて、さらに奥へと進んだ辺境の村だからな。まぁ、通行料も払ったから三日間くらい営業してもいいかな」


「そう焦ることないヨ。まずは情報収集しながらスローライフを満喫するネ」


 うん、パイロン。

 平和そうに言っているけど、一番の目的は底をついた食材の購入と、キミの食費を稼ぐことが目的だけどね。

 小柄で華奢なのに一人で10人前は食べるなんて……どれだけ大食いなんだよ。



 そう思惑を秘めつつ、王都へ向った。


 セクシーなメイド服姿で営業する女子達の勧誘スキルと、吟遊詩人バードとして才能があるポンプルの歌と踊りのパフォーマンスにより、ランチワゴンはこれ  までにない程の大盛況ぶりであった。

 何より大人だけじゃなく、子供が増えたことが嬉しい。



 予定通り三日ほど営業を行った後、さらに三日ほどかけて目的地であるベルレヘムに辿り着いた。


「……ここが、ベルレヘムの町か」


 僕は周囲の景色を見渡した。

 辛うじて商店や露店は並んでいるも、ほぼ村と言った方が正しいのかもしれない。

 人通りも少なく、とても静かな場所だ。


 だが僕にとって言わば最終目的地。


 そう思うと、どことなく緊張感が漂ってしまう。


(以前はどんなに窮地でも常に冷静でいられたのにな……)


 これも感情が戻った影響だと割り切る。


「セティ、この町でも営業するのぅ?」


 ミーリエルが聞いてくる。

 僕は首を横に振るった。


「いや、ここでは旅人として宿に泊まろう……なんか人に見られている気がする」


 通り過ぎる人々が、いちいち僕達を見入っている。

 不信感というより物珍しさからだ。

 どうやら、このランチワゴンの荷馬車が珍しいようだ。

 きっと旅人でさえ滅多に訪れることもない町なのだろう。


「ではセティさん、宿を確保した後で目的の人物を探しましょうか?」


「そうだね、フィアラ。食事をしながらでもいいだろう。これだけ静かで人が少ないからね、きっと直ぐに見つかるよ」


 僕の提案にみんなは頷いてくれる。



 それから宿泊する宿屋を確保し、たった一軒しかない料亭に入った。

 店の主人に目的の人物について尋ねてみると。


「――ああ、アトゥム先生ね。教会学校に行けば会えると思うよ」


 小さな町だけに、あっさりと有力な情報を獲得した。


「教会学校? 先生?」


 僕が聞き返すと主人は気前良さそうに頷く。


「そうさ。何せ、子供達を相手に勉学と剣術を教えているからね。10年以上前から、そこで住み込みで働いている筈だよ」


「……そうですか。それでどんな人なんですか?」


「剣の腕は立つようだけど、物静かで穏やかな人だよ。子供達にも慕われているしね……そういや、兄ちゃんによく似ているかもしれない」


「僕に?」


「ああ雰囲気ってのかな……同じ極東系ってこともあるけど、なんかワケありっぽいところとかかな? いや、すまん。気を悪くしないでくれよ、ヘイお待ち!」


 店の主人は謝罪しながら、注文した料理を提供してくれる。

 僕達は円卓を取り囲む形で食べ始めた。


「極東系ってことはエウロス大陸の人って意味よね……セティ君は自分が生まれた場所や国とかってわからないのよね?」


 マニーサの問いに、僕は正直に頷いて見せる。


「……うん。どこかの国で戦災孤児だった記憶はある。けど、グランドライン大陸だからね。僕はエウロス大陸出身ではないと思うよ」


「パイの話だと、そのアトゥムがエウロス大陸も魔窟で封印を解き『感染源』となったのは約15年前……セティ殿は年齢もわからないとはいえ、時系列的にも合致しそうにないな」


「そうだね、カリナ。自分では18歳か20歳くらいだと思っている」


「でも、アトゥムっておじちゃん……若い頃はセティお兄ちゃんに似ていたよね?」


 ヒナはずっと同じことを言っている。

 そんなに似ているだろうか?


「会ってみないとわからないね……けど教会学校で教師をやっているってことは善人か。厄介だな……パイ、どう思う?」


 僕は同じ暗殺者アサシンである彼女に話題を振ってみる。


「ほふえ? セティ、いくら夫でもアタシの分はあげないネ」


「……ごめん。聞いた僕が間違っていたよ」


 今は食い気を優先している、パイロンさん。

 僕は口いっぱいに食べ物を頬張る彼女に向けて溜息を吐いた。


 次に魔力が込められた鞄から、髑髏のオブジェを取り出し円卓に置いた。

 元『四柱地獄フォース・ヘルズ』の一人にして『魔賢者ケール』だ。

 普段はマニーサの魔法で鞄の中に封印されている。


「ケールは、お前なら何か知っているんだろ?」


『アトゥムについてですか? 存在だけで人格までは……以前に申した通り、モルスの本体を探る行為は究極の禁句タブーでしたので……それより、セティ様。私の力が必要ならば、是非に私を貴方様の第七の嫁に――』


「遠慮しておく。また用があれば取り出すよ」


 僕は有無を言わず、ケールを鞄の中に収納した。


 最後に一応、ポンプルにも聞いてみたが「セティ様、迷うことないっす! 問答無用でヤッちゃいましょうっす!」と短絡的な小人妖精リトルフぶりを発揮している。

 うちの暗殺チームはポンコツばかりだと改めて理解した。


 食事を終えた後、店の主人にこんな事も言われた。


「兄ちゃん。アトゥム先生に会いづらいなら、シスター・ルカを尋ねるといい」


「シスター・ルカ?」


「教会学校の責任者さ。どういうわけか、昔から神父はいないんだ」


「わかりました。ありがとうございます」


 どうやら店の主人も僕がアトゥムを尋ねにきた身内だと思い込んでいるようだ。


 僕は複雑な胸中を抱いたまま主人にお礼を言い、料亭を後にした。


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